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チシマくん

彼を思い出す時は横顔。
遠くを見る目線の先には海や森。

「ピピッ」

かすかな鳥の鳴き声がするやいなや呪文のように鳥の名前をつぶやき双眼鏡で鳥を探す。

大学の同級生である彼とはサークルが一緒だった。

ゼニガタアザラシ研究会。

その名のとおり、北海道に生息するゼニガタアザラシの調査研究を行うサークルだ。

高校を卒業したてのわたしは、野生動物の研究に興味があり意気揚々とこのサークルに入った。

サークルでの最初の活動はゴールデンウィークの無人島での調査。

寝袋やザックを買いそろえ、先輩の車に乗せてもらい出発。
その日は帯広から根室まで移動し、大学OBの家で皆でどんちゃん騒ぎ。

早朝、無人島に向かい出発。
港から地元の漁師さんの小舟に乗せてもらいモユルリ島と呼ばれている周囲4キロほどの島へと向かった。
島には同じ下宿の先輩と友達、そしてチシマくんの四人で入った。

授業はすぐ登山にでも行くようなアウトドアな服装で受講し、寝ぐせは当たり前、いつもザックを背負いともすれば少し匂う、不潔な印象を与えるチシマくんとは同じテントで三泊を過ごした

昼間は、草原で木も生えない鳥しかいないような島を一周し、沿岸部を双眼鏡でアザラシを探す調査の日々。

地方の中堅都市からきた私は慣れない体験に、環境に、理想と現実に、適応するのがやっとの中、チシマくんはひょうひょうと自分の時間を生きていた。

彼のお目当てはアザラシというより海鳥。
特にエトピリカを見たかったようで、冒頭の記述のように、常に双眼鏡片手に鳥を追いひとりただただ楽しそうだった。

かくゆう私はモユルリ島では先輩に襲われかけ五月病になり、ゼニケンからもすっかり足が遠のき、そのままサークルを辞めてしまった。

チシマくんとは、その後研究室も隣だったがお互い特に接点もないまま卒業してしまった。

そんなチシマくんが亡くなったことを先日知った。

共通の後輩が大学の先輩が亡くなった話をSNSにあげていて誰のことか気になり尋ねたらチシマくんだった。

わたしが学生結婚し、離婚し、再婚し、子供を産んで、子育てに明け暮れる20年の年月の間、彼は淡々と自分の好きに向き合い立派な研究者になっていたことを知った。

研究論文や著書も沢山あり、自分に正直に、誠実に、真摯に向き合い続けた彼の人生は尊敬に値する。

濃密な好きに囲まれた人生。
生き急ぎ早すぎる死。

春に余命宣告を受けていた彼は、
周囲がそのことを忘れ、健康体と油断するほど精力的に活動していたそうだ。

彼の訃報を聞いた時、嫌な思いをしたことから蓋をしていた無人島での思い出が溢れ出てきた。
今もしも彼に会ったら、わたしは彼に鳥のこと、研究のことをたくさん質問するだろう。

もう二度とくることのないそんな光景を想像をし早すぎる同級生の死に少し泣いた。

#エッセイ #早死 #エトピリカ #無人島 #同級生

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