自分にとって大切なものは自分で決めていい。そして、それはプライスレスである。(風に舞いあがるビニールシート/森絵都)


この小説を読んで真っ先に思い出した言葉がある。

「自分が良いと思ったものは誰が何と言おうと良いものだから信じて」

これは、大学生の頃に行ったおいしくるメロンパンのライブでナカシマさんが言っていた言葉だ。

自分が生きる意味とも言えるような心の支えみたいなものを人はそれぞれ持っていると思う。
生きていくのに絶対必須とは言えないまでも、ポッと心に明かりを灯してくれるようなもの。
それがないと人生に陰りを生じさせるようなもの。

「器を探して」の中にあったように、億単位のお金を動かすビジネスが多くの人々を喜ばせているとは限らないけれど、たとえばスイーツのように500円とか1000円で得られる喜びはたくさんあるし、むしろ日々そういったものに救われて生きているのではないか。
そういったものは、どこか遠い億単位のビジネスよりもずっと自分に幸せをもたらすし、値段以上の価値がある。

自分にとって大切なものは自分で決めていい。
そしてそれはプライスレスである。


それを極めたような人が、「犬の散歩」の中で恵利子が話していた牛丼を基準に世界を見ている先輩だと思う。
恵利子が思ったのと同じように、牛丼に全てを置き換えて生きられるほど確固として愛せるものがあるというのは本当にうらやましい。
おそらくそれくらい自分の「好き」がはっきりしている人は、人に振り回されたり周りの評価を気にして生きたりしていないだろうから。
それくらい愛せる何かを日常の中に見つけられることはとても幸せなことだと思う。

大切なものを以ってしても、どうしようもなくつらいときは、表題作の「風に舞いあがるビニールシート」を読んでほしい。
途上国で次々と飛ばされてしまう「ビニールシート」を掴むために必死に働くエドの話を読めば、そうした大切なものを心に持てる日常があるということがどれほど幸せなのか気付くだろう。


「もう君は聞き飽きたと思うけど、僕はいろんな国の難民キャンプで、ビニールシートみたいに軽々と吹き飛ばされていくものたちを見てきたんだ。人の命も、尊厳も、ささやかな幸福も、ビニールシートみたいに簡単に舞いあがり、もみくしゃになって飛ばされていくところを、さ。真っ先に飛ばされるのは弱い立場の人たちだ。(中略)誰かが手をさしのべて助けなければならない。どれだけ手があっても足りないほどなんだ。だから僕は思うんだよ、自分の子供を育てる時間や労力があるのなら、すでに生まれた彼らのためにそれを捧げるべきだって。それが、富めるものばかりがますます富んでいくこの世界のシステムに加担してる僕らの責任だって」(p.309)


この話を読んで思い出したのが、大学生のときに難民が暮らすフランスの施設にボランティアに行ったときのことだ。
西アジアやアフリカなどからの難民と3週間生活を共にしたのだが、彼らからここにたどり着くまでに別れた友達や家族の話、今現在妻や子供と離れ離れになっている話などを聞いたときはどうしようもなく胸が痛んだ。
しかし、彼らの普段の振る舞いは、そんなことを微塵も感じさせないほど明るく、何度元気付けられたかわからない。
到底計り知れないほどの苦難を経験をしてきた彼らがいつも私に元気をくれたのに、私はこの恵まれ過ぎた環境で何をクヨクヨ悩んでいるのだろう。
エドの話を聞いて私自身ハッとさせられた。

何かに悩んでいる人、迷っている人にぜひおすすめしたい1冊。

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