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本能的に旅人 第十三話

星と身体


乾いた宇宙に青く浮かぶ地球。

地球という船に乗っていると、地球が回転しているようには全くみえない。私たちの体で何十兆もの細胞が常に振動しているとは分からない。

周りにある無数の星も、見ようとしない限り気がつかない。

今からデッキのすべての明かりを消して空を見上げる「星を見る会」が開催される。今夜が雲のない夜で良かった。

星を見る会を私のように待ち遠しく思っていた人たちが、ちらほらデッキに集まってきた。

ジャンベのケンちゃん、地図に詳しい白髭のおじいさん、画家のたまこちゃん、獣医さん、DJマヒロ、ベビーシッターのみかんちゃん、それに同部屋のサアヤ。

船で出会ったみんなが、開始時刻の夜十時を待ちながら寝転んで夜空を見上げている。


「ハイジ、やっぱり来てたんだね」

チリで共に行動していたしのちゃんが話しかけてくれて、一緒に木目が気持ち良いデッキの床に寝転ぶ。

木の温もりがだんだん肌に馴染んでくるのを感じていると、彼女が言った。

「南半球から見る空は、北半球から見る空と違うよねぇ」

「だよね。あまり感覚ないけど、日本の地面から見たら反対側にいるんだよね」

私たちの上を、潮風がこの貴重な時間を祝福するように吹き抜けていく。

「あ! 電気が消える」

誰かが言うと、パタパタと順番に人工的な光が消えていく。毎晩甲板で営業していた「波平」という居酒屋の電気も、街灯のようにデッキの真ん中で立っていた明かりも、足元を照らす小さな電球の光も。

一気に暗くなり、「わぁっ」と歓声が上がる中、しのちゃんが静かに言った。

「真っ暗なはずの夜を照らすために発明された電気も偉大だね」

「確かにそうだね。電気がないと本当に真っ暗」

目が慣れるまではすごく明るい星しか見えていなかったけど、徐々におびただしい数の星に包まれている事に気づいて、私は感動して言った。

「すごい。星ってこんなにたくさんあったんだ」

「本当だね! 星座とか重なりあって全然分からないくらい、星が空を埋め尽くしてる」

満天の星空に吸い込まれそう。

いま私たちが乗っている地球も、この星々のうちの一粒だ。

「あれ? なんだろう。衛星にしては変な動き」

しのちゃんが四角を描くように高速で移動している星をみつけて言った。

「本当だ。宇宙船?」

同じものを見ている人たちが口々に言いあっている。

地球にしか生き物がいないなんてわけはない。

こんなに広く、ほとんどが解明されていない宇宙のどこかに、きっと意思をもって動くものはいるはず。

ここまで二か月くらい船に乗っている間、真昼に小さな円盤が手でつかめそうなほど近くに来たり、階段を素早く上るような動きの光を見たりしてきた私たちだから、人間以上に高等な生物がいることは疑いようのないことだと思っている。


空いっぱいにちりばめられた星を眺めながら寝転ぶ。

どこから来てどこへ行くと知らず、星たちと同じ成分でできているこの体。

宇宙から見たひとりの人間は、地球にとっては小さな細胞のひとつにすぎないのだろう。

でもだからこそ、たとえ何をも成し遂げなくとも、ただここに在るというだけで、尊い。


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