この料理、この人のレシピ。〜お好み焼き編〜
もう15,16年前になるだろうか。私はある大学の研究室に向かっていた。まだ会社員で、大学広報誌の取材を担当していたころ。研究紹介のページに登場するA先生のインタビューが目的だった。
先生は魚を実験動物として使っている。魚類好きの私はこの取材をたのしみにしていた。
先生にうかがいたいことは研究内容以外に、もう一つあった。先生の作る「お好み焼き」についてだ。
取材の準備で研究室のホームページをのぞくと、研究室日記がアップされていた。学生が思い思いに研究室での日々をつづっている。
そこに書かれていることから推測するに、A先生の作るお好み焼きは絶品らしい。
お好み焼き大好き人間としては、研究内容に加えて、ぜひこの話も聞かねば……! そう意気込んでインタビューに出かけたのだった。
そして当日。取材を無事終えた私は、帰り支度をしながら切り出した。
「先生はお好み焼きを作るのが上手だそうですね。どんなお好み焼きなんですか」
先生はとくに驚くことなく、話にのってくださった。研究室の学生に好評なこと。合宿でふるまうとみんなが喜んでくれること。わたしの鼻息がよほど荒かったのだろう。「あとでレシピをお送りしますよ」とまでおっしゃってくださった。
そしてその言葉どおり、お好み焼きのレシピがメールで送られてきた。
件名は「ビールに合う関西風お好み焼き」。
工程は1から12まで。素材の切り方、生地の固さ加減、使う油、成形のしかたなど、驚くほど細かく書かれている。わたしがつくるときの再現性まで考えてくださったのかもしれない。
12の工程のあとに続いて、7つの「補足」もあった。そのうちのひとつに「天かすがないときは、お好み焼きは作らないこと」とある。天かすは、先生にとってお好み焼きをお好み焼きたらしめるものなのだろう。これは「鉄の掟」なのだと理解した。
先生のお好み焼きをレシピ通りに作ってみた。小麦粉は最小限しか入れない。生地はキャベツ同士がくっつくかくっつかないかぐらい」とある。そのためか、食べ終わったあと胃がもたれない。飽きない。何枚でもいけそうな感じだ。
先生のレシピでは、市販のお好み焼きソースはつかわない。各種ソースやケチャップを混ぜたものをかける。
さらにはマヨネーズも不要だとある。そういえば「本当においしいお好み焼きにはマヨネーズなどいらない」と取材当日に力説しておられた。何枚でも食べられそうな気がしてしまうのは、マヨネーズをかけないからかもしれない。
以来、ほぼA先生から教わったとおりのレシピでお好み焼きを作り続けている。わたしはマヨネーズが好きなので、最初はソースだけで食べ、後半はマヨネーズを少しだけかける。先生ごめんなさい。
ただし、「揚げ玉がないときは、お好み焼きをつくらないほうがいい」という「鉄の掟」は死守して、常に揚げ玉は冷凍庫にストックしている。