見出し画像

【連載小説】 オレンジロード11

ぼやきながら隣にへたり込んだ健太の顔がパッと明るくなった。
「兄ちゃん、これだよ」
健太は、盤の上から青い球体を拾い上げた。

「なんで気がつかなかったんだろう。さっき調べたのに……」
健太は、指で摘んだ小さな青い玉をまじまじと見ている。
満足したような、その表情はプロの鑑定士と変わらない。

盤の上には、同じような大きさの青色の玉が載っている。
色と形が似ているという理由もあるが、最初に「この中には、ない」と思い込んでしまったから、見つからなかったのだろう。
先入観は目を曇らす。そして、そこから抜け出すのは難しい。
そう言ったのも、物理の新田先生だ。

健太は嬉しそうに目尻を垂らして、お気に入りの玉から順に盤の上に並べ始めた。
「こうすれば、見落とすことはないよ」
健太は自慢するように、八つの玉青いが綺麗に並んだ盤を僕に見せた。

昨夜、見つけたという大切な玉は一番左端にある。
どこかで見たような青色だった。紫がかった青で、その表面に光沢を帯びた小さな粒が散りばめてある。
健太がその玉をそっと摘み上げ、僕の顔の前にかざした。

次の瞬間、僕の頭の奥で何かがキラリと光り、それが消えると、ふぞろいな四つの円が浮かび上がった。
それは佐藤がくれたメモの端に書いてあった、歪な四つの円だった。

僕は、慌てて立ち上がり、机に向かった。
健太は僕のただならぬ様子に何事かと眉根を寄せながらメモを覗き込んだ。
「兄ちゃん、どうしたの?」

健太の問いには応えず、四つの円を見つめ続けた。
電車の運行妨害事件は、全部で四件。
手口や場所、時間が類似していたから、それらを一つのグループと考えた。青色の欠片が、他の青色の中に紛れ込むと見つけにくくなるように、この四件の中にも異質のものが紛れ込んでいるのかもしれない。

僕の自転車の件は、他の事件と違うではないか。
前の三件が、どこから自転車を調達したかは知らないが、この家から犯行現場までの距離は決して短くないことはわかっている。
線路の近辺にも、鍵を掛け忘れた自転車や鍵を壊しやすい自転車なんていくらでもあったはずだ。どうして、僕の自転車を選ぶ必要があったのだろう。

「僕の自転車の件は、他の事件とは別かもしれない」
健太は「ふうん」と声が聞こえてきそうな表情を浮かべ、メモを覗き込んでいる。
「これが事件の時間なの……。でも、不思議だよね。兄ちゃんの自転車は鍵が掛けてあったのに、そんなに短かい時間で盗めるなんて」
「鍵が掛かっていたのか?」
「昨日、帰ってきたとき、兄ちゃんの自転車が邪魔だったから、動かしたんだよ。鍵が掛けてあったから、持ち上げたんだ」

やはり、鍵を掛けたという記憶は間違っていなかった。
「それは何時頃だ?」
「レイちゃんの家を出たのが六時半だから、六時四十分頃かな」

自転車を線路内に入れたのは、前の電車が通過した直後と考えれば七時十分過ぎ。健太が最後に自転車を目撃した時刻からは三十分しかない。
この家から犯行現場までは、自転車を飛ばせば十分程度。三十分のうち自転車の輸送に十分費やすとして残りは二十分。
その間に、鍵の鍵を解除したことになる。

鍵は四桁の数字を揃えて解除する仕組みで、各桁にはゼロから九までの十種類の数字が入る。組合せ総数は十の四乗で一万通り。
すべて試すには、一回が五秒としても五万秒、つまり十四時間近くかかってしまう。その十分の一でも一時間以上かかる。とても二十分以内で、できるはずはない。
考えられることは一つしかなかった。
犯人は、僕の自転車の鍵の番号を知っていたのだ。

「なんで早く言わなかったんだよ」
「大事なことだったの……。兄ちゃんは知っていると思っていたんだけど」
刑事と話している最中、健太はトイレに駆け込んだから、鍵のことは聞いていなかったのだろう。

鍵の番号なら家族全員が知っている。
それ以外に知っている人間は誰だろう。
いずれにせよ、この家の誰かの口から洩れたのは間違いない。少なくとも僕ではない。

「健太、正直に言ってくれ。兄ちゃんの鍵の番号を誰かに話したことがあるか?」
健太は、首を強く横に振った。
弟は決しておしゃべりではない。そして、父さんも口が堅い人間だ。
残された人物は……。
僕は、急いで一階の居間に降りた。

オレンジロード12へ続きます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?