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お粥やの物語番外編 第1章4-3 謙太の呟きと神さんたちの内緒話

【賢者の言葉】
「恐れは逃げると倍になるが、立ち向かえば半分になる」

ウィンストン・チャーチル

【謙太の呟き】
少女の幻影は、逃げようとしたから現れた……。
そう、僕は逃げている。認めたくないけれどそれは事実だ。
だって、仕方ないじゃないか。
会社をクビになり、社宅を追い出され、今晩の寝る場所にさえ困っているんだから。

この世界は広いけれど、僕が逃げ込める場所なんてどこにもない気がする。

「カッコ悪くても、あがいてみろ」と祖父が僕の頭を優しく撫でたのは、孫が学校でいじめられていると知ったときだ。
「一生懸命あがくのは、カッコいい。おじいちゃんを見ればわかるだろう」
目を点にして首を傾げた孫の頭を、祖父はゴシゴシと撫で続けた。

諦めたくはない……。
諦めるとしても、それはもう少し先でいい。やれることをやってから……。
カッコ悪い僕が、これ以上、カッコ悪くなることはないだろう。
それなら、どこまでも、どこまでも、あがいてやる。

よし、と気合を入れると、お腹の底から「くぅ~」と情けない音が響いた。


【神さんたちの内緒話】
「おっ、こいつやる気を出したみたいだな。まあ、思うだけなら誰にでもできるがな」
「少しくらい温かい目で見てやっても罰は当たりませんよ」
「随分と余裕だな」
「いままで何度失敗したと思っているんですか。いまさら、一つ失敗が増えたからと言ってどうということもありません」

「失敗した回数を、山さんは知っているのか」
「五十までは数えていましたが、面倒になって……。その倍くらいですか」
「九十九だよ。こいつで失敗したら記念すべき百人目になる」
「それって、まずくないですか……」
「そう、三桁の大台に乗ったら面倒だ。下手をしたら、お粥やの粥飯を食えなくなるぞ」
「それなら、彼にはなにがなんでも頑張ってもらわないと……」

神山はコホンと咳払いしてから、声を張り上げた。
「小僧、気合を入れて頑張りなさい。さもないと、地獄に突き落としますよ。針の山は痛い。血の池は気持ち悪いです。鬼たちに捕まったら、それはそれは大変だから……」

「山さん、そう熱くならないで」
「何を悠長なことを言っているんですか。我々の未来が掛かっているんです」
「わかったから、少し落ち着いてくれよ」

神河に肩を叩かれても、神山の息は荒いままだった。


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