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絵本が読めるこども食堂るるごはん

#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門

第一話 みるく紅茶色のうさぎ
第二話 あじさい色のカエル
第三話 なつぞら色の羽 

第二話 あじさい色のカエル

作 Sumiyo

『絵本が読めるこども食堂るるごはん』を出て
川沿いの道を数メートル歩くと商店街の入口があります。

アーチ看板には『さくらみる商店街』と書かれており、
それをくぐると両側にかばん屋さん、お惣菜屋さん、
漢方薬局、パン屋さん、文具屋さん、おもちゃ屋さん、
洋服屋さんなどが並び、
文具屋さんとお惣菜屋さんの間の狭い道は
小学校へ続くゆるい坂になっていて、
坂道をのぼっていくと小学校の正門に到着します。

商店街の入口は川に面していますが
出口の先は山です。

出口のアーチ看板を出るとすぐ公園が広がっていて、
その奥から細い山道が続いていました。

公園は都会みたいにきちんと手入れされておらず、
休日でもほとんど遊びに行くひとはいませんでした。

長年雨ざらしになったことで赤錆びが浮きだした
ブランコと滑り台。
白いペンキが乾いてひび割れ朽ちかけた
木製のベンチは、
サアサア伸びた背の高い雑草に足元を覆われたまま、
梅雨晴れ間の弱い陽射しを静かに吸い込んでいます。

けれども時折、
小学校の図画工作の時間にこどもたちが
写生に来ることはありました。

また、小学校裏に建つ保育園の園児たちの
お散歩コースでもあります。

ただ広いだけの公園ですが、
梅雨時期には片隅にたくさん野生のあじさいが
咲きました。
雨が続く六月は青紫色が
とてもきれいで、こどもたちは
その場所を「あじさい園」と呼んでいます。

小学一年生のつよちゃんは
きょう、生まれてはじめて寄り道をしました。
放課後、学童クラブの帰りに
ランドセルを背負ったまま、
あじさい園にひとりで来たのです。
鉛色の絵具をバケツに溶いたときみたいに
雨雲が低く空を動いています。

あじさいをぼんやり眺めていたら、
同じ青紫色をしたカエルが、
地面からこちらを見上げているのが
目に入りました。
「わっ」
つよちゃんは驚いて飛び上がりましたが、
よく見ると、足の親指くらいの身長の
小さくてかわいらしいカエル。
「なあんだ」
と笑顔になりました。

いつもなら今頃は
『絵本が読めるこども食堂るるごはん』で
おとうとと座ってごはんを食べている時間。

放課後に学童クラブで宿題をすませて
小学校の裏にある保育園へ行き、
おとうととるるごはんでごはんを食べたら
手をつないで一緒におうちに帰るのが
毎日のきまりなのです。

おとうさんとおかあさんは以前
『さくらみる珈琲』という小さな喫茶店を
川沿いで経営していましたが、
隣町に安くて巨大なカフェができたことで
お客様が減ってしまったため
お店をいったんお休みすることにしました。
いまはふたりとも、隣町のそのカフェで
夜中まで働いています。

もう一度、お客様がたくさん集まる
『さくらみる珈琲』の開店を夢見て
一生懸命にお金を貯めているのです。

つよちゃんはいつでも、
「おとうとのめんどうは、にいちゃんであるぼくが
ちゃんとみるから!」
と、胸を張って言っていたのに
今朝、兄弟げんかをしてしまったのです。
兄弟げんかなんて初めてかもしれません。

いちばん好きなアニメの主人公が
昨夜の放送ではじめて敵から逃げ出したのです。

主人公は誰よりも強く、
「俺はいつだって逃げない正義のヒーロー!」
と、毎週言っていたのに、
ともだちを守るためにふたりで逃げたのです。
朝、保育園へ行く途中でその主人公のことを、
「にいちゃん、きのうあいつ弱虫だったね。逃げたもん」
と、おとうとが笑いながら言いました。

「弱虫なんかじゃない!」
つないでいた手を振りほどいて怒った声を出すと
園長先生がなにごとかと保育園から出てきました。
けんかなどしたことがない仲良し兄弟なのです。
そのアニメには、ものすごく気が弱くて
すぐ泣き出すちびっこのカエル探偵が登場します。

大好きな主人公が「弱虫」と
言われたことが悔しくて、
保育園に入っていくおとうとの背中に、
「おまえだって泣き虫だろ? あのちっちゃいカエル探偵みたいにさ!」
そう叫ぶと走って小学校へ行ったのです。

なあんだそんなつまらないことで
けんかするなんて・・・。

と、よいこのみなさんは思うかもしれませんが、
大好きなひとの悪口を言われたら
誰だって腹が立つのじゃないかしら。

学童クラブで宿題を終えたら、
すぐ保育園に行かなくてはならないのに、
まだイライラもやもやしていて、
気がつくと保育園からずうっと離れた
あじさい園まで歩いてきていたのです。

小さなカエルは背中がしっとりうるおい、
あじさい色のグミみたい。
靴で地面をとんと鳴らしても逃げません。
お砂糖で甘く煮た黒豆と同じくらいつるんとした
丸い瞳をしています。
つよちゃんは、しゃがんでカエルに言いました。
「ぼくね、ほんのちょっとだけ寄り道してるだけなんだ。
これからちゃんと保育園に行くからね。
おとうとが待ってるの。おまえもおうちにおかえり」
カエルは地面に両手をついて
頭をぴこぴこ下げました。
「ぷぷ。なんか、かわりにあやまってるみたい」
思わず吹き出すと気分がすーっとして、
「ほんとはね、ぼく、おとうとと
すごい仲良しなんだよ。さあていますぐ出発だ」
つよちゃんは立ち上がり、軽い足取りで歩きだしました。
商店街へ戻ると小学生はみんな下校した後で、
お店の多くはもうシャッターを閉めたため、
しんとしています。

そのとき、あじさい園からあのカエルが
追いかけてきていることに気がつきました。
おとうとの保育園の制服もよく似た青紫色なので
なんだか気になり、
何度も振り返っては立ち止まると
カエルも立ち止まります。
そして首をかしげてまんまるの黒い瞳で見つめるのです。

「ついてきちゃだめだよ。おまえのおうちはあじさい園なの」
公園を指さすとカエルはぴことうなずきました。
小学校の裏を通って保育園に到着しましたが、
いつもは開いている門が固く閉じられています。
鍵がかけられたようでした。
(えっ?鍵が?)
橙(だいだい)色のペンキで塗られた動物園の檻みたいな門を
がちゃがちゃ揺らしましたがまったく開きません。

ぼくがいつもの時間に遅れたから?
おとうさんかおかあさんが連れて帰った?

いいえ、いまはふたりともお仕事中のはずです。
(だれも来れるはずない! ・・・
じゃあ、ぼくのおとうとはどこ?)
心配なきもちが綿菓子のように
もくもくふくれあがり、
じっとしていられずに力いっぱい地面を蹴ると
全速力で駆け出しました。

(ひとりで食堂に? そうだ。きっとそう。
でも、もしひとりで家に帰ったとしたら・・・?
そんなの迷子になっちゃうよ!)
走るたび背中でランドセルが上下して
教科書や筆箱が飛び跳ねる音がします。
心もどこどこ音をたてました。
そしてその後ろをカエルが夢中で走ってきます。

『絵本が読めるこども食堂るるごはん』
へ着くと急いで戸を開けました。
「おかえり。あれ、きょうはひとり?」
絵本喫茶室のお客さんが、
コーヒーを飲みながらのんびり聞きました。
商店街のお惣菜屋さんのご主人でした。
店長さんはちょっと買い物に出ているということです。
「ぼくのおとうと、来ていませんか?」
つよちゃんが息をはずませて聞くと、お惣菜屋さんは
「あおちゃん? ううん。きょうは来てないねえ。
商店街でも見なかったな」
と言いました。

(ぼくがちゃんといつもの時間に行かなかったからだ!
ぼくのせいだ! 寄り道なんかしたから・・・
にいちゃんなのに!)
呼吸が細かく速くなり、
膝が震えてランドセルを背負ったまま
絵本喫茶室の椅子に座り込みました。

すると目の前のテーブルの上にカエルが
ちょこんと座り、澄んだ瞳で見ています。

つよちゃんは、じーっとカエルを見つめました。
「おまえ・・・もしかして・・・。
ぼくのおとうとなの? まさか。
でも・・・おまえが、あおちゃんなの?」
カエルは、うんうんうなずきます。
「ぼくがあんなこと言ったから?
ちびっこのカエル探偵みたいって言ったから?
・・・ごめん。ごめんな。
どうしよう。うえーん!」
泣き声は、るるごはんに響き渡り、
二階で宿題の算数ドリルをしていたまめちゃんが
おりてきました。
「どうしたの? なに、そのカエルくん」
「おとうとがカエルになっちゃったあ!」
まめちゃんは、
(そんなことってある?)
と、つぶやいて、おとなしいカエルを見ました。
ときどきゆっくりまばたきする
くるんとした瞳がキュートです。
そういえば、あおちゃんも、
こんなぱっちりした目をしていたっけ・・・
と思いました。
「カエルに直接聞いてみるしかないよっ」
「えっ、直接って?」
「こっち来て!ウォルナッツ!」
まめちゃんがこぐまの店員さんを呼ぶと、
「ご用でございますか? ぼっちゃま」
洗剤で泡だらけになった手をエプロンで拭きながら、
食堂のお手伝いをしていたウォルナッツが来ました。
「ウォルナッツ、このカエルくんが本当に
つよちゃんのおとうとなのかどうか聞いて!」
まめちゃんが言いました。
(まめちゃんはこぐまとしゃべれるんだよ)
クラスのあの噂は本当だったの?
つよちゃんは一瞬涙が止まりました。
「承知いたしました、ぼっちゃまがた。
このウォルナッツにおまかせくださいませ。
しかしながらさきほどから、こちらのカエル様、
にいちゃん、にいちゃん、と呼んでおられますが」
「えーーーっ! やっぱり! おとうとなの? このカエルくん」
まめちゃんが言うと、
それを聞いたつよちゃんは再び泣き出して
カエルに顔を近づけました。
「あんなこと言うつもりなかったんだよ!
あれは取り消す。だから元に戻ってよーう」
「おなかすいた・・・とも、おっしゃっておりますね、
ちびっこカエル様は」
ウォルナッツが言いました。
「わかった。たしかおとうとはポテトフライが好きだよね。
店長さんが帰ってきたら作ってもらおうよ!」
まめちゃんがこのように提案しましたが
ウォルナッツは残念そうに、
「いいえ、ぼっちゃま。カエルというのは
ポテトフライやハンバーグを
食べないのでございますよ。
ごはんといえば、たとえば虫とか・・」
と、うつむきました。
「虫ィ!?」
ウォルナッツはキリッと顔を上げて、
「大丈夫でございます。ぼっちゃまがた。
カエル様のお食事は、わたくし
このウォルナッツが川べりで集めてまいります。
いまの時期は木の茂みなどに
コバエなどたくさんおるでしょうから
どうぞおまかせくださいませ」
「・・・つよちゃんのおとうとは
生きた虫がごちそうになっちゃったのか・・・」
まめちゃんがつぶやくと、
つよちゃんはまた涙。
「虫って。。。 ぼくのおとうとはね、
ぼくとおんなじでポテトフライと
チョコアイスが好きなんだよ?
なのに虫? ・・・
だいたい生きた虫って・・・
うちにはカブトムシのタローだっているんだよ?」

そのとき、お店の戸がごろごろ開きました。
保育園の制服を着たおとうとのあおちゃんと
園長先生が入ってきました。
園長先生は近所の人たちから「おばあちゃん先生」と
慕われているおっとりしたお年寄りの先生です。

「あおちゃんっ!」
つよちゃんは、おとうとに駆け寄って
ぎうと抱きしめると涙がいっぱいでました。
「にいちゃーん!」
おとうともつよちゃんの
おなかに抱きついて泣き出しました。
あおちゃんは保育園でつよちゃんを
ずっと待っていたのですが、
おともだちが次々に帰ってしまい
園長先生とふたりきりになったので
心細かったのです。

保育園の門が閉まっていたのは
夕方急に鍵がこわれたからで、
さっき門を揺らしたとき、
園長先生は急いで外へ出たのだけれど、
つよちゃんが、あっという間に
駆け出したので、声をかけるひまがなかった
ということでした。
「きっと何かのご用で先にるるごはんへ行ったのね」
それで園長先生はあおちゃんを励ましながら
るるごはんへ連れてきてくれたのです。
つよちゃんは涙を拭いて、
「よかったあ。朝、言ったことは取り消す。
ごめんなあおちゃん」
と言うと、園長先生が
「アニメのことでケンカしたお話は聞きましたよ」
とやさしく言いました。
あおちゃんは、
「園長先生がね、おともだちを助けるために
一緒に逃げたんなら、そのヒーローは
弱虫じゃないねって言った。
逃げるほうが勇気がいることもあるって。
あいつ弱虫、なんて言ってごめんね。
ぼく、にいちゃんに嫌われちゃったかと思った」
と、手のひらで涙を拭いました。
「そんなことくらいで、
おとうとを嫌いになんてなるもんかっ」
つよちゃんは自分が寄り道したことで
幼いおとうとを不安にさせてしまったことを
すごく後悔しました。
それから園長先生にもあやまって
お礼を言いました。
園長先生は、
「言葉というものはね、使い方によっては
暖かい毛布になったり、凍った刃物になったりします。
だからできるだけ丁寧に、
だいじに扱うべきものなのです。
思うがままに投げつけてはなりません。
いつだって自分も相手もしあわせな気持ちになる
美しい言葉を使いたいですね」
と、よく響く声でおだやかに言いました。

まめちゃんとウォルナッツも
深くうなずきました。
そのとき・・・。
ぴこーん。
あおちゃんの保育園の制服のポケットが
もぞもぞ動いて、大きいカエルが床に
飛び出しました。
小さいカエルとそっくりのあじさい色の
背中をしています。
「あのね、きょうね、保育園のお散歩でね、
あじさい園に行ったよ。でね、園に戻ったら
ポッケにカエルが入ってたの」
あおちゃんが笑いました。

大きなカエルは小さいカエルを見ると
虹を描くように床からテーブルの上へ
ジャンプして、てのひらを大きく開き、
ぺたりと小さいカエルを抱きしめました。
ウォルナッツが二匹にそっと聞きました。
「あなたがたは、もしかしてご兄弟でございますか?」
二匹のカエルは抱き合ったまま目を閉じて
ふむふむうなずきました。

つよちゃんとおとうとは食堂で
いつもよりちょっぴり遅い夕ごはんを食べました。
本日の夕方のメニューは、
茄子のトマトソースパスタです。
買い物から帰ってきて話を聞いた店長さんは、
園長先生にもパスタと冷たい麦茶を出して、
仲直りした兄弟には特別にポテトフライと
チョコアイスをごちそうしました。
まめちゃんは、チョコアイスを食べている兄弟に
ウォルナッツに聞いた話を伝えました。
「小さいカエルはね、大きいカエルの
おとうとなんだって。
今朝、兄弟げんかをして
『にいちゃんってさ、宿題を忘れた小学生みたい!』
って言ったら、急にいなくなったから
あわてて探してたんだって。
そしたら夕方になって
ランドセルを背負った小学生が
あじさい園に来たでしょう?
てっきりにいさんカエルが小学生になったと
思い込んだらしいよ」
「だからぼくをずっと追いかけてきたんだね?」
つよちゃんは小さいカエルが自分を追いかけて
ここまで来た理由がやっとわかりました。
「あんなこと言ったけど取り消す、ごめんなさい。って、
おとうとカエルくんもちゃんとあやまったって」
まめちゃんが言いました。

大きいカエルと小さいカエルは
テーブルの上で向き合って楽しそうに
のどをふくらませたりへこませたりしています。

「にいさんカエルはね、あじさいの葉っぱの上で
うとうとしてたら保育園のこどもたちがお散歩に来て
いきなり大きな声で歌を歌いだしたから目が覚めて、
飛び上がったときつるんとすべって
あおちゃんの制服のポッケに入っちゃったんだって。
なのにそのままポッケの中でまた居眠りしてたらしいよ。
のん気だねえ。うふふ」
「カエルも兄弟げんかするんだね」
あおちゃんが言い、
兄弟はふたりそっくりの角度で口を大きく開けて
笑いました。
ひとりっこのまめちゃんと、
いまだ帰り道を思い出せない迷子のウォルナッツは、
やっぱり兄弟っていいなあと思いました。

「わたくしウォルナッツ。いまからあじさい園のおうちに
カエルのご兄弟をお返ししてきます、ぼっちゃま」
ウォルナッツはそう言うとエプロンのポケットに
二匹のカエルを入れてだいじそうに押さえながら
ごろごろ戸を開け、
霧雨で湿った夜の中を出かけていきました。

第二話 おわり

第一話 みるく紅茶色のうさぎ
第二話 あじさい色のカエル
第三話 なつぞら色の羽