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おっさんだけど、仕事辞めて北海道でチャリ旅するよ\(^o^)/ Vol,16 狂乱

2024 0715 Mon
 
「痛てて」
思わず声を上げました。皮膚を切り裂くこの傷み。すぐに気付きます。そう、アブです。道央の渓沿いにある露天風呂に入り、火照った身体を渓の水で冷まそうとしていたとき、アブに刺され(噛まれ)ました。続いてもう1匹。
急いで湯に浸かり、周囲を見渡します。どうやら、湯気の中までは追ってこないようです。できるだけ渓から離れつつ服を着て、テントまで戻りました。
“まあまあまあ…。昨日めちゃくちゃ暑かったし、渓の中やし…”
どうやら昨日の異常な暑さで、アブどもが動き出したらしいのです。

この露天温泉、わたしは夕方に入って問題なかったのですが、次の日の昼間に入った人たちは「アブに刺されまくって入れなかったよ」とこぼしていました。


アブ。昆虫網ハエ目ハエ亜目。鋭い口器で皮膚を切り裂き、動物の血を吸う。チクッとする痛みがあるので、吸血されるとすぐに気付く。その傷跡には強いかゆみが残るので、人々から忌み嫌われる。 by ウィキペディア

経験上、アブは東北の渓、真夏の盆前後の2~3週間くらいに大量発生するものだと思っていました。裏を返せば、8月に東北の渓にさえ行かなければ、アブに悩まされることはほとんどない、と…。

東北のアブって、お盆前後の2~3週間が活動期間。活動期間自体は短いのですが、その代わり、その期間はマジで強烈! 渓に入った途端、背中一面が真っ黒になるくらい、とかそのレベルで集られます。クルマに逃げ帰っても、ドアを開けた瞬間に50匹くらいが車内に侵入する、そのレベルで強烈にヤバいです。


道央の露天温泉でアブの洗礼を受けた3日後。阿寒湖方面に向けて山道を漕いでいる最中でした。時刻は昼下がり。もっとも気温が上がる時間帯です。あの日以来、日中は毎日が灼熱です。土地の人も口々に
「こんな暑いのは異常だよ」
「北海道じゃないみたいだ」
とこぼす始末。そんな状況で、奴らは本気を出し始めました。
「痛てて」
汗にまみれた剥き出しの脛をアブに噛まれました。慌てて叩き落とします。少しするとまた
「痛てて」
また脛をアブに噛まれました。慌てて叩き落とします。
“おいおい待て待て…。チャリ漕いどる脚を噛むんかい…?”
そうです、チャリを漕いでいる脚、つまり動き回っている脚にかぶりついてくるのです、アブどもが。

たとえばコレ系の普通の道で、アブどもはかぶりついてくるのです、脚に。いやいや、渓なんてないやん! 北海道は酪農が盛んですから、その影響もあるかと思います。


“ここは北海道。多少のアブはいるにしても…” 
そう甘く考えていたわたしの汗まみれの身体を、アブどもが容赦なく攻撃し始めたのです。しかも、清流に湧く、という東北アブの設定を忘れたかのように、北海道アブは灼けたアスファルト上を飛び回っています。下り坂で時速20km以上出せば奴らを引き離すことが可能ですが、あいにく下り坂は一瞬で終わり、そのあとは長い長い上り坂が待っています。わたしの今夜の宿泊先は、阿寒湖に程近い、オンネトー湖の野営場です。つまり、山に向かってチャリを漕いでいるんですな。
「痛てて」
パシッ。
「痛てて」
パシッ。
激しい上り坂を一番軽いギアで、つまりかなりの高ケイデンスで脚を回転させまくっているにもかかわらず、アブどもの猛攻は止まりません。それどころか、奴らの攻撃の間隔が短くなってきました。なんなら約30秒に1回、奴らに噛まれるのです。怒りにかられたわたしはチャリを止め、アブどもを殲滅しようと試みます。そして、気付くのです。自分のまわりにミツバチより一回りも二回りも大きいアブが、10匹以上も集っていることに…。

本当に不思議なのですが、こういう自然のど真ん中ではあまり刺されないのです、蚊やアブに。思うに、人間の集まるところに奴らも集るんじゃないでしょうか、たとえばキャンプ場みたいに…。


狂乱。
自転車を放り出さなかった自分を褒めてやりたいくらいです。汗まみれの身体中に鳥肌を立て、普通の汗にくわえて冷や汗もかきながら、わたしは夢中で坂を上りました。そして坂の一番上から一気に駆け下り、T字路の端にあった樹にチャリを立てかけ、そして叫びました。声の続く限り、叫びました。

よく考えるのですが、昔の人たちはどうしていたのでしょうか、蚊とかアブとかの対処を。体に塗る系の虫除けはあったにしても、蚊帳とかは一般の人は持ってなかったでしょうし…。


クルマやバイクが通りかかる度に道端に避けますが、出来るだけ道路の真ん中、というか草叢から遠い場所に立ち、息を整えました。そして考えます。温泉まであと4km。しかし、すべて激しい登りです。一番悩んだのは、短パンを長ズボンに履き替えるかということ。履き替えれば、アブの猛攻をかなり防ぐことができます。アブは、脚と同じく剥き出しで汗まみれの腕にはなぜかあまり噛みつかず、攻撃はほぼ脛に集中しているからです。しかしながら、長ズボンを履くということは、暑さに対する脚の空冷機能を放棄するのと同義。しかも、あと3時間後には訪れる長い夜を、汗まみれの長ズボンで朝まで過ごさなければならなくなるのです。それはキツい。それだけは避けたい。もともと寝つきの悪いわたしは、眠れなくなるのがなにより怖ろしいのです。

標高でしょうか、気温でしょうか? このキャンプ場には蚊やアブがほとんどいませんでした。この虫がいるかいないかって、現場に着くまでわかんないんですよね、厄介なことに…。


結局、4kmのほとんどをチャリを押して上り、身体を熱くさせ過ぎないことでアブの攻撃を逸らすという作戦を取りました。この作戦が功を奏したかどうかはわかりませんが、どうにかこうにか、温泉までたどり着くことができました。そして、これが本当に不思議なのですが、そのあたりまで行くと、アブが突然いなくなるのです。
完全に心が折れていたわたしは、国民宿舎も兼ねているその日帰り温泉で、
「今夜、素泊まりでよいので泊まることはできませんか?」
と懇願するも、あいにく答えは
「申し訳ないですが…」
温泉で汗を流し、塩分入りのトマトジュースを2本飲んで元気を取り戻したわたしは、最後の力を振り絞り、野営場に到着することに成功します。
飯を喰い終え、あとは寝るだけ。わたしは固く決心しました。
“海沿いに降りよう。山道は危険すぎる”
ここは北海道。本州とは違うのです。阿寒湖から真っすぐ南に下ると、釧路に着きます。本州の感覚では、山は涼しく、海、というか平地は暑い。しかし、釧路は海流(寒流の親潮)の関係で夏でも比較的涼しいらしいのです。

阿寒湖に隣接するアイヌコタン。わたしは関西出身で、差別問題には敏感なほうですが、はたしてアイヌ差別って、いま実際に存在するのでしょうか? 同和差別に似たような難しさを感じます。


次の日、阿寒湖観光の後、釧路に向けてチャリを漕ぎ出しました。確かに霧雨も降っていました。その影響も大いにありますが、はたして、釧路は本当に涼しかったのです。

永らく『不毛の地』とされてきた釧路に代表される湿原。散歩してみてわかりますが、これは如何ともしがたい土地ですね。農業できん、家畜も飼えん。まずもって家が建てられませんから。

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