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詩学探偵フロマージュ、事件以外 4日目:フラミンゴ解体ショー

一夜が明けてみると、前の晩に山のように
 大きく見えた問題は、縮んで公園の砂場で
 子供が作った砂山くらいになっている。
 そんな効果を期待して前夜、私は夜九時に眠った。
 ところが、問題は解決するどころか、
 ますます謎めいて見える。
 そもそも歌詞の解読なんてやったことがない。
 大学時代は写真サークルでひたすら写真三昧。
 一応文学部だったとは言っても、
 文学少女的な活動は一切してこなかったのだ。
 それが米津玄師『flamingo』の歌詞を解体?
「っていうか、よねづけんしって読むこと
 最近になって知ったくらいだしね……」
 まあそれは関係ないか。
 とにかく目覚めた私はまた歌詞とにらめっこ。
 それからユーチューブでMVを何度か再生した。
 ヒントは人工知能。
 ケムリさんはそう言っていた。
 それが、「flamingo」の歌詞を繙くキーワード。
 ただし、言っているのがケムリさんだから、
 どこまでそれを信じていいのかわからない。
 あれこれ考えながら、朝の九時に出勤。
 しかし──。
「今日、日曜じゃん……」
 やってしまった。まさかの昨日に引き続きの
 休日出勤。
 もしかして、私が出勤さえしなければ、
 作者だってこの連載を一日休むことができたのでは?
 なんて余計な心配をしてしまう。
 オフィスの前まで来たものの引き換えし、
 デパートをうろうろすることにした。
 ふらふらと、フラミンゴのように。
 化粧売場をあれこれと物色しながら、
 脳内にはずっとテーマソングのように
「flamingo」が流れている。
 困った困ったと思いながら、ふと気づいたのは、
 メロディに音節がしっかり絡み付いていること。
 その絡み付きようときたら、
 さしづめカルボナーラのソースのようである。
「人工知能、人工知能、人工知能……AI……え?」
 もしかして……。
 唐突に、運命的に、奇跡的に、
 私はケムリさんの言葉の意味を理解しかけた。
 すぐさまオフィスに戻った。
 もしかしたら、ケムリさんがいるかも知れない。
 予想は当たった。
 ケムリさんはパンの上に大量の
 ウォッシュタイプのチーズを流しこんでいる最中だ。
「わかりましたよ。意味が」
「何の話だ? イミ? このチーズはイミじゃない。
 ラミ・デュ・シャンベルタンだ。
 ナポレオンの愛したワイン、シャンベルタンに
 ぴったり合うよう作られたチーズだという話だが、
 まあそんなことはどうでもいいさ。
 とにかく、俺のチーズタイムを邪魔するな」
「今日はいつものより奮発しているんですね」
 日頃のは安手のカマンベールチーズだから珍しい。
「神聖なる祝日だからな」
「神聖なる祝日にオフィスにいるのは何故ですか?」
「静粛に」
 ケムリさんはたチーズの載り過ぎたパンを、
 口に運んだ。
「んんんんんんむ。んんんんんんむ。む。む。む」
「もうちょっと美食家らしい反応を……」
 ケムリさんは口のまわりについたチーズを
 ぺろりと舐めて取った。
「それで? 君は何しにここへ?」
「ですから、わかったんです。意味が」
「イミ? このチーズはイミじゃない。
 ラミ・デュ……」
「そのくだり、さっきやりました」
「言いたかったのに」
「お好きなチーズを買ってテンションが上がっている
 というお気持ちはよくわかりました。
 でも、それは脇に置いておいていただけますか?」
「ダジャレは嫌いだよ。『置いておいて』なんて」
「ダジャレのつもりはありませんよ」
「で? 何の意味がわかったんだ?」
「『flamingo』の意味ですよ。
「頭韻でいけば、フラミンゴの語は同時にフラワーの
 イメージをもたらす。すなわち花。華。
 きわめて通りいっぺんの解釈をするなら、
 あの歌は奔放な悪女に振り回されて
 傷ついた男の歌のように聞くことができます。
 〈僕〉とか〈俺〉のような一人称は出て来なくとも
 そこに無人称の主人公がいる、と。
 しかしそのような悪女は、これまでの
 日本の歌では花に譬えられたりしていた。
 それを〈Flower〉ではなく〈Flamingo〉にした」
「いいところに気づいたね。
 それが一つの異化作用として機能している。
 だがそれだけではない」
 ええもちろん、と私は答えた。
「じつは、この〈Flamingo〉の中に人工知能が
隠されているのです」
 ケムリさんが鋭い目を向けたままニヤリと笑う。
「どういうことか説明してみたまえ」
「はい。この語はAI……
 つまりaとiを含んでいるのです」
「ほう?」
「これはAメロにおいて音節で踏まれる韻がaiである
 こととも関わってきていますね?」
「そう。最近は音にのせてただ韻を踏めばいいと
 考えているアーティストもいるだろうが、
 韻には『なぜその韻でなければならないのか』
 という問答がなければ詩学的には成立しない。
 この歌詞において、米津氏自身がそのような問いを
 課したかどうかは知らない。
 だが、結果出来上がった歌詞は詩学問答に
 耐えうるものとなっている。
 音だけ拾うと〈宵闇に〉は〈oiaii〉、
〈爪弾き〉は〈uaaii〉という具合に、
 文節ごとにaiが含まれる。
 ここに気づくと、単なる情念的歌詞という
 表層から、刹那的な社会全体が〈あなた〉と括られ
 皮肉交じりな賛美と警告の深層へと連なる」
 解けた、と思った。
 その時だった。
 突然、部屋の片隅からパチパチパチと音がした。
「え……誰かいらっしゃるのですか?」
 すると、ソファに一人の男性が寝転がっている。
「紹介しよう。俺の父にして、ただの変態だ」
「そんな紹介の仕方があるか」
 そこにいたのは、何と、あの夕立ちさんだった。
 私に米津玄師の歌詞を読み解けと依頼した張本人。
 ただし、トレードマークの白髭が、
 ピンク色に染まっていた。
「見事だ。そしてこの髭を見てお気づきの通りだが、
 わしは息子にフラミンゴの重要性を解きに来た」
 髭を染めるほどの意味があるのだろうか。
 なるほど、変態というのも納得だ。
「あ? 初耳だぞ、親父……」
「わしは昨日彼女に言ったのだ。
 フラミンゴを解明せよ、と」
 夕立ちさんあらため、ケムリさんの父上は、
 それからわたしのもとにピンクのマフラーを、
 そして、ケムリさんにピンクの山高帽を渡した。
「わしの依頼はもう解決した。
 毎度あり」
 父上はそんなことをのたまいながら、
 オフィスから出て行った。
「意味不明だ。あの変態め」
「そうでしょうか?」
「だいたい、依頼料を払ってもいない、まったく」
「父上はケムリさんに、こう仰りたかったのでは?
 すなわち……」
「何だ?」
「いえ、やっぱりやめます」
「言え」
「言いません」
「言えったら」
「今日は日曜日です。勤務時間外ですゆえ」
 ケムリさんはフンと鼻を鳴らしてふてくされ、
 またチーズに夢中になり始めた。
 私はその様子を見ながら考えていた。
 きっと父上はこう言いたかったに違いない。
「そろそろ愛の問題を考える頃ではないのか」と。
 わたしの手の中にあるピンクのマフラー。
 ケムリさんがデスクに投げ捨てたピンクの山高帽。
 それらが、フラミンゴは誰か、と問いかけている。
 ダサい回答をするなら、フラミンゴは私、
 もしくは、私たち、ということになる。
 だが、それが正解でいいの?
 詩歌には正解なんてものはない。
 解釈は読み手に委ねられている。
 そこに〈ai〉の問題が隠されていることだけは、
 たぶん間違いないのだ。
 たとえばあの最初の夜に、
 私とケムリさんが夜の魔法に支配されて
 一線を踏み越えたことを、
 まるで忘れたかのように
(実際ケムリさんは忘れているようにも見える)
 過ごしている刹那的現在は、
 花のように香しくもあり、
 フラミンゴのように鮮やかでもある。
「……愛を読み解かないと、ですね」
「んんんんん、む、む、む」
 ケムリさんは相変わらずチーズに夢中だった。
 私はまた一人相撲を取ったのかも知れない。
 ため息をつきつつ、「失礼します」と退室する。
 十二月の冷えた空気のなか、私の鼓膜の内側では、
 今なお「flamingo」が鳴り響いていた。

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