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図書館員、自由研究少年少女と格闘する 〆切りギリギリと言うよりほとんど限界突破編

 気がつけば9月……学校の夏休みも終わった。今年は自治体によって最終日が違ったようで、8月31日までのところもあれば、もっと早く終わったところも、オンライン2学期なところもあるとか。
 図書館はというと、うちの自治体では特に開館時間の変更もなく、夏休みの宿題に駆り出されていた(貸し出されていたというべきか)本がどやどやと返却され続けている。ゴールデンウィークの成田空港の如きお帰りなさいラッシュだ。

 自由研究に使われたんだろう本の背表紙を眺めていると、キノコの研究をしたのかな、とか、自由工作は上手にできたかしら、と夏が過ぎ去るのを感じる。と同時に、トンデモ質問シーズンが終わるのはホッとするし、ちょっと寂しくもある。

 ちなみに「自由研究」にまつわるお問い合わせでもっとも困ったのはというと、《イカのくちばし》や《卵焼きの味付け境界線》などの珍問ではない。

イカ

 自由研究《イカのくちばし》
https://note.com/milkyfrog11/n/n9e86b167be2c

卵焼き

 自由研究《卵焼きの味付け境界線》
https://note.com/milkyfrog11/n/ne4d1dc88fea2

 むしろ珍問はレファレンスの勉強にもなるので有り難いくらいだ。しかしながら厄介な質問とはそういうオリジナリティあふれる問いではなくて、言ってしまえば凡庸な……毎年ちょいちょいコピペされたかのように使い回されたかのような問いなのである。もはや八月終わりの風物詩だ。

 とある年の夏休みの終わる直前、二人組の女の子がやってきた。小学4年生か5年生くらいだったろう。片方の子は、日本の貨幣と外国のコインの違いを調べたいといって本を探してくれと頼んできた。自分で調べた分だけだと物足りないからもう少し何かないかなとのことだった。
 もう片方の子は、隣で頬杖を突いたまま「すごーい、ちゃんとやってるんだぁ」と友達のコイン比較研究を眺めては暇そうに話しかけていた。

 二学期だるいねー
 24時間テレビ観た? 
 夏休みもっと長くても良いのにねー

 とかなんとか。集中できないよと思ったらしいコインの子は、「あんたも宿題やんなよ」と諭すと頬杖の子が言った。

「自由研究何にしたら良いかな?」

 ……友達に考えてもらってるんじゃないよ、って、今日って8月31日じゃなかったっけ?……と思っていると、コインちゃんはしっかり代弁してくれた。

「それ今言う? だいたいなんで私が決めるの、自分で考えな」

 ごもっとも。かなり砕けた口調でおしゃべりできる2人は幼なじみなのかもしれない。なんて思っているとやにわに頬杖ちゃんは立ち上がりふらふらとカウンターに向かってくるではないか。

 ……もうこの時点でいやな予感しかしないのはご明察。
 図書館にやってくる子供たちは実にいろんな性格の子が居て、口数少なくてシャイな読書好きもいれば、宿題の時だけやってくる観光客みたいにテンションの高い子も居る。そして、まったく人見知りしないで、図書館員にも友達のように話しかけてくれるコミュ力高めの子も居る。コミュ力高すぎて、ためらいも遠慮のかけらもない少年少女も、稀にだけど来る。

 頬杖ちゃんはカウンターに両肘をついて、気安く話のできる担任教師か塾の先生相手にでも訊くように尋ねてきた。

31女の子タイトル用

それ、去年も別の子に訊かれたなぁ……

 ……8月31日に我が子に宿題の手伝いを泣きながら頼まれる親御さんの気持ちを疑似体験した瞬間だった。

「えーと……君はどんなことが好きで、興味あるのかな?」
「簡単に終われば何でも良いよ。何でも良いからお勧めして」

 この娘、10歳前後にしてテキトー加減にもはや貫禄さえ漂っている……どうしたものかと思っていると、コインちゃんがやってきて、「すいません、自分でやらせます!」と腕を引っ張って書架の前へと引っ張っていってくれた。「ええーーー、じゃあ手伝ってよう、終わんないよう」と頬杖ちゃんのぼやきが西日に赤く染まる児童コーナーにこだました。2人の美しい……というと語弊のありそうな友情がいつまでも……いや、無理ない範囲で続きますように……


 そんな人によっては厄介な宿題である《自由研究》も、中学生くらいになると知恵をつけて色々な攻略法を編み出してくるから面白い。

 小学生向けの学習漫画として評判の高い『○○のひみつ』というシリーズがある。学研から刊行されているもので、いつだったか『週刊AERA』で(ウェブ用記事だったかも)小学校高学年の女子に絶大な支持を受けていると特集が組まれていた。

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 扱っているテーマは気候や環境問題、社会的、職業、娯楽と実にバリエーション豊富なのが特徴で、分類分けが細かい。具体的には、『コンビニのひみつ』『こうや豆腐のひみつ』『お肉のひみつ』『火災警報器の〜』『カードゲームの〜』『トンネルの〜』『正露丸の〜』などなど、驚くほど多彩で、それぞれが1冊の本にまとまっている。で、学習漫画なのでイノセントな男の子と女の子が出てきて「○○ってこんな風に作られてるんだね!」とお勉強していく。こうや豆腐や正露丸で1冊の学習漫画になるってすごいね……

 この手の本は児童向けとなめてはいけない。うちの同居人は編集者兼ライター稼業をしており、不勉強なジャンルの本を作ることになったときは、まず同じジャンルで子供向けに描かれた本を数冊借りてきて予備知識をつけるのだそうな。子供向けというのは教育目的も兼ねているので専門の先生が監修に入っていて、大人向けの本と違って自説に偏ることも少なくかなり重宝するのだそうな。

 AERAの記事によると、小学生の女の子たちに評判が良いのは、生活に身近なあれこれについて体系的に描かれていて、将来どんな仕事に就こうって考えるためのヒントとして受け入れられているのでは、とのことだった。となってくると、出版するに当たって取材される側も未来のお客さん、後継者になるかもしれない少年少女らが読むかもということで、けっこうしっかり協力してくれる傾向にあるのだとか。

 ……前置きが長くなった。

 平成の終わり頃、夏休みの自由研究に追われた中学生たちの物語である。

 そう、8月は既に終わっていた。
 時は9月の第2週、よく日にやけた、ロードレーサーに乗ってるのかなって感じのサイクルバッグとヘルメットを背負い、中学生男子3人組がやってきた。そしてカウンターにて開口一番、

「まとめ本はどこですか!?」

 と訊いてきた。
 まとめ本……? 図鑑のことかと訊けば違うという。学習参考書かというとそれでもないと首を振る。リーダー格の子の説明がいまいちピンとこなくて、前に見たことがあるとか、色々まとまってるとかどうにもよくわからない。しまいには、

「この図書館まとめ本おいてねえのかよ……」

 とぼやかれた。すると2人目の中学生が我が家のコントのように、お前じゃ伝わんねーよ、代われ、とばかりに進み出た。

「漫画になってて、いろんなテーマがあって………作者は何人かいて、本によって描いてる人が違ってるんです」
「もしかして、ひみつシリーズですか? 『納豆のひみつ』とか『カップラーメンのひみつ』とかの?」
「それっ、それですっ! ありますか!?」
「それならたくさんあるけど、なんのひみつが良いんですか?」
「なんでもいいんですっ!」
「えっ、課題が決まってるとかじゃなくて、なんでもなの?」
「なんでも大丈夫です! 写すだけだからっ!」

 鼻息荒く迫り来る3人組サイクリストを案内すると、彼らは百人一首の勢いで手近にあった『○○のひみつ』を手に取った……君ら、本当に何でも良かったのね。ある少年は『コンビニのひみつ』、ある少年は『水道のひみつ』を、ある少年は『正露丸のひみつ』というように……実際にどうだったか覚えてないけど、三者三様に手に取ったひみつシリーズの丸写しを初めて自由研究をやっつけ始めた。くっちゃべったりアプリゲーやったりなんて様子はみじんも見せず、きっと提出日は明日の朝一なんだろう彼らは自由研究というゴールに向かってペダルをこぐサイクリストだった。

 ……最初に「あれを丸写しでいけるんじゃねぇ?」と言い出した頭脳犯は誰だったのだろう。


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