見出し画像

インスタと、現実

1年ちょっと前まで、私は美容室に勤めていた。
もう少し前の美容学生の頃から、インスタというものを美容師目線で考え運用していた。1日1投稿をしてみたり、写真に文字を入れてみたり、リールをつくってみたり。何がバズるのかを研究し、楽しんでいた。自分を良く魅せ、もちろんフルネームで、自分という人間を売り出していた。今回は、そんな私が努力の賜物だったインスタアカウントを削除するまでのお話。




インスタを初めてインストールしたのは、たぶん高校生の時。気づけば、生活の一部だった。
友達と遊んではストーリーを撮り、1日の思い出を投稿に残す。インスタというものを生活に取り入れ、楽しんでいた。美容学生になってからは、美容関連の投稿が増え、就職活動の一環としても頑張っていた。
ただシンプルに楽しんでいた。
そして輝いていた。インスタの中でも、外でも。

第一志望の美容院に就職し、学生時代に使っていたインスタアカウントをそのまま仕事用にした。
そこはSNSチームがあるくらい、インスタを推奨(というよりも強制)している会社ということもあり、より頑張ってインスタを動かした。まだアシスタントなので、投稿内容は主に自分自身のヘアやメイク、ネイル、ファッションなど。ストーリーズは、仕事中や練習風景などを先輩がメンションしてくれることも多く、私はそこに文章を書き加えてリポストする。
輝いていたんだ、きっと前よりも。
画面に写っている私は、毎日お洒落をして、先輩とも仲が良く、何よりも好きなことが仕事なのだから。
知人からそういったDMが送られてくることも多かった。「キラキラしてて素敵だね」「すごいね」「尊敬する」「頑張ってね」…
自分が頑張っている姿を認められ、応援してもらえているのだから、ふつうは嬉しいと思うべきなのだろう。みんなから(画面上で)見えている私として返信をしながら、本当は辛くて辛くて、仕方なかった。


「嬉しいありがと〜!頑張るね🥰」
(やめて、もう頑張れない… )


インスタの外の私は、毎日泣きながら朝ごはんを食べ、過呼吸になりながらもなんとか家を出て、美容室という狭い檻(そう見えていた)に入り、仕事中何回もトイレに逃げ込み、吐いて、泣く。何もなかったかのように笑顔でフロアに戻る。 長い1日が終わり檻から出た瞬間、一気に溜め込んでいた涙が流れて、止まらなかった。夜もそのまま、泣きながら眠っていった。毎日、毎日…。
これが現実だった。

お客様や先輩の前では、そしてインスタ上では、笑っている。自分がわからなかった。
これは誰なんだろう、どれが私なんだろう。
本気でそう思っていた。


そこには結局出社することすらできなくなり、逃げるように退社をし、その後他の美容室に再就職をした。もちろん美容師としてのインスタは続けた。
フォロワーは2000人にも満たなかったが、ヘアアレンジのリールは毎回何万回と再生され、時には100万再生を超えることもあった。
頑張りが数字として表れることが嬉しかった。そして気づけば、またすごいと言われ、羨ましがられた。応援された。
また少しずつ離れていく。インスタの私と、本当の私が。魅せたい自分に画面上や人前ではきっとなれていたけど、ひとりでいる時の私は(以前の名残もあり)不安定なことが増えていた。
最終的には体調が悪化し、また働けない状態となった。


美容師を辞めた私がまずしたこと。
インスタを、消した。
ストーリーズや投稿で、親しい友達たちにさえも何も告知せず、アカウントを削除した。
本当に嬉しかった。すごくすっきりした。
あー、やっと解放されたんだ。ここにもう私はいないんだって。
ただフォローし合っているだけの、お世辞にも仲がいいとは言えない知人もいらなかったし、その人たちに、毎日が充実している幸せな人だと思われるのが嫌だった。


私が心を崩してしまった根本の原因はインスタではないけれど、結果的にはインスタも自分を苦しめる材料のひとつになってしまっていたのだろう。だから、その存在を消したいとずっとどこかで思っていた。

SNSはその人のほんの一部だとわかっていても、結局私たちは、目に見える情報があるならばそれを疑いもなく信じてしまう。
ただ、自分にも相手にも、キラキラしたインスタには映っていない、他人からは想像できないほどの暗い部分もあるということを、私は本当の意味で知った。
自分でも境目がわからなくなってしまう。本当の私と、人前で取り繕う私。
もちろん全て私には違いないのだけど、不特定多数の人に見てもらおうというスタンスでSNSをしている以上、やっぱり自分をよく見せたいと思ってしまうし、上手に折り合いをつけながら使うことはなかなか難しいみたいだ。


今は私は、SNS上では敢えてその境目をつくることで自分を守ることにした。
「みるく」になった。みるくとして、私はまた好きだったSNSを始めた。
私を見てくれている人は、知らない人たち(そしてこれからも会うことのないだろう人たち)だからこそ、期待されている私を取り繕う必要もないし、もしいつか画面の中の方が輝いてしまうことがあっても、名前が違うからと私の中で割り切れる気がする。画面の中はみるくで、画面の外はみるくをつくっている私、みたいな。
SNS上ではみるくとして存在している今、その周りには同じ境遇や考えを持った人が集まってくれている気がして、心地よい。息がしやすい。
今の私には、これがいい。

良い距離感を保ちながら、時に関係を見直しながら、SNSというものとこれからも上手く付き合っていきたいなと思う。


この記事が参加している募集

スキしてみて

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?