14_縫

症状が起こり始めた頃、ぬいぐるみを肌身離さず持っていた。
どこかへ出かけるという事すらできなかったので、家の中で常に一緒だった。
小さい子供がおままごとをしている時に、自分の子供役としてぬいぐるみを使っているのをイメージしてもらえれば分かりやすいだろうか。

当然、ぬいぐるみと会話する事は出来た。
もちろん声とか音はないが、心の中で会話ができたのだ。
外に出れない僕にとって人と関わる唯一の方法。
これは精神的に病んでいる人にはよくある現象だという。

人との関りが苦手と思って、医者からも苦手だと診断されたのに。
どうして会話を求めてしまうのだろうか。
いっそ一方通行に話してしまうくらい自分勝手な人になれば。
いっそ何を聞かれても答えない気にしない自分勝手な人になれば。
そんな過去ばかり振り返ってしまう。

昔、思い描いていた生活はできないと分かっているはずなのに。
分かり切っているはずなのに。
いや未来がまったく見えないから、そもそも現在がどうやって見ればいいか分からないから過去をひたすら見ているんだろうか。
まだ受け入れられない自分がまた憎い。

今現在、そのぬいぐるみは神社に供養をお願いし、もうここにはない。
それでも時々思い出してしまう。
あのぬいぐるみの声を心の中で。

簡単にはほどけない。

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