16_怠

薬を飲み始めた頃、症状におびえていた頃、効果を実感したら、まるで幸せの魔法を手にした気分だった。大きなマイナスが小さなマイナスになっただけなのに。
「現代人は心が病みやすい」という記事を鵜呑みにして、今の自分はちょっと休憩が必要なんだと、だから安定剤を飲むのも普通なんだと、思っていたら、身体が折り返し地点を超えてしまった。
周りはもう子供がいたり、結婚したり、仕事で上司になったり、いやそもそも自立しているのが普通だ。それなのに僕は未だに何もできない。こうやって頭に湧いてくる嫌悪感をなんとか言語化して殴り書いているただの怠け者だ。
周りと比べるなと誰もが言う。そんなもん無理に決まっている。
TVは眩しい、SNSは眩しい、そして土日はどこへ行っても眩しい。
もういくつ寝ると、平日も眩しくなるのだろうか。
なんてまた余計な事を考えて、殴り書きをする。

薬を飲み始めて何年たつか忘れた。10年はまだ経ってない。それだけは分かる。
何に対しても無気力が付きまとうようになってきた。これは年齢のせいか、薬のせいか、それとも薬がそれを加速させているのか、分からない、考えられない頭になる。
考えたくない、考えたくない、と頭を悩ませるばかりの怠け者。
そう罵っているのは自分だけ、周りは何も言わない。いや思っているかもしれないが、気にしてもしょうがない、気にしてしまう。そんなループ。
話が前に進まない。

ともかく、呆けてしまう事が多くなった気がする。
予定を忘れるわけではない、ちゃんと時間通りに通っている。
が、やったことに対して、「もう過ぎてしまったのか」と思う日々。
例えば大事な市役所での手続き。何度もシミュレーションして臨んだ翌日、大事な市役所の手続きをしたかどうかと悩んでカレンダーを見て、そういうえば昨日手続きしたじゃないかと思う事があった。そんな自分がとても恐ろしく感じてしまう。

最近は、「こうやって殴り書きをすることで悪い自分が残ってしまう」と思ってしまい、何度も何度も書くのをやめようと思っているが、やめられない。これをやめたら何もできない自分になってしまうのではないかと。書いている事に何の価値もないと分かりつつも、いつか、きっと、もしかしたら、自分の死後、誰かが読んでくれるかもしれない、何かを感じてくれるかもしれない、自分と言う存在を知ってくれるかもしれないと思ってしまう。

拙い文章も書けない、何もできない、何もしない、怠け者でありたかった。
なんで文章を殴り書きする事で、少しでも頭がすっきりするのだろうか。
しかも科学的に認められているとどうして知ってしまったのか。
そんなことを理解できないくらいの人になりたかった。

書くたびに頭がすっきりする。書くたびに辛い事が増える。
書くたびに喜びを感じる。書くたびに辛い事が増える。

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