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「みんなと同じこと」から抜ける勇気

『一流と言われる偉大な歌手たちは一体誰に歌を学んできたのだろう?』

これは私がニューヨークの大学院に在籍していたときから、ずーっと考えていたことでした。

有名な音楽大学で指導している先生たちは、確かに優秀な学生を教えているかもしれない。けれども、音楽大学の先生は、学生を教える先生であって、プロの音楽家を育てている先生ではないんですよね。

このことに気づいてからは、『一体どこに行けば、プロの歌手たちが学んでる先生に出会えるんだろう?きっとどこかに良い先生は潜んでいるはず!』そうずーっと思っていました。

みんな先生を探してる

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ニューヨークには歌の先生が山のようにいます。学生を終えて教え始めたばかりの歌手の卵たちから、かつてメトロポリタン歌劇場で歌っていたような素晴らしい経歴の先生たちまで、本当にたくさんの先生がいます。

けれども卒業してから出会った歌手たちが口を揃えて言っていたことは、『良い先生がいない。』でした。

これはあくまで、音楽大学を卒業したレベルの歌手たちの言葉です。大学を卒業後、プロとして次のステージへと引き上げてくれる先生がいない、ということです。

『あの先生の方向性はこんな感じ。あの先生のここは良いけれど、ここは良くない。』『コンクールで優勝した誰々が習ってる先生。』といったように、歌手が集まると、先生に関する情報が飛び交っていました。名前が上がる先生は大体決まっていて、多くはそのうちの誰かに習っているようでした。

しばらくすると、『スイスに良い先生っている?』『イタリアに良い先生っている?』『ウィーンは?ドイツは?』と、ニューヨーク、アメリカを越えて、ヨーロッパまで、先生情報は拡大していきました。

答えは決まって、『良い先生がいない。』でした。

こんなに世界中に音楽大学がたくさんあって、歌手がたくさんいて、良い先生がいない、ってどういうことなんだろう?信じられない話ですよね。

私も先生を探し求めて、色々な先生のレッスンを受けました。けれども、『この先生に習いたい。』と心が動く先生にはなかなか出会えませんでした。これから習う先生は、今までの延長線上では意味がない、と思っていたからです。

そんな時、友人に紹介されたのがフランコ先生でした。

プロを育てる先生

『やっぱり潜んでた!プロを育てる先生は存在してた!』

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フランコはかつてメトロポリタン歌劇場の歌手たちを専属で診ていました。今はリタイアして、限られた生徒のみを教える程度ですが、一時期はヨーロッパ、アメリカの一流歌劇場で歌う歌手を多く育てていました。

そんなフランコの経歴を知る以前に、会った瞬間から、今まで出会ったことのない人だ、ということはすぐにわかりました。『本当のことを知っている人』という印象で、私が居た世界にはいなかった人でした。

フランコの視点、考えてること、音の聞き方や捉え方、音楽に対する情熱、どれをとっても私には新鮮で、今まで聞いたことのないようなことばかりでした。学校で学んだこと、経験したこととは、共通点も見つからないくらい違う世界のはなしにすら思えました。

その後私は、フランコの下で学びながら、フランコやその周りの素晴らしい音楽家たちに感化されていくわけですが、今振り返って、あらためて思うことは、音楽大学で学んだことは全て忘れ去ったほうがいい、ということです。

音楽大学というところは、プロの音楽家を育てる場所ではないんですよね。だからこそ、プロの音楽家として生きていきたいのであれば、学生マインドを捨てて、プロの音楽家としての思考やあり方をインストールし直さなくてはいけないんです。

音楽大学に行けばプロの音楽家になれる、と思っていると、そうではないんですよね。なんならその逆で、音楽大学に行ってしまったがために、その後、その影響を取り除くために余計に時間がかかってしまう、ということはよくあることです。悲しい現実です。

音楽大学は工場

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フランコに習い始めてわかってきたことは、音楽大学というところは、音楽家っぽい人たちを製造する工場のような場所だ、ということです。技術や演奏表現に至るまで、こうあるべき、という型のようなものが存在していて、その型に自らをはめこもうと、みんなが凌ぎを削っています。それが良い、正しいと思い込んでいるからです。

うまく型にハマることに成功した人は、優等生となり、音楽大学工場の優良製品になります。優れてはいるんだけれども、同じ製法で作られた類似品も多く、大学を出れば、自分と同じようなレベルで演奏できる人がたくさんいます。けれども、運が良ければこのままキャリアを築いていくこともできます。昨今活躍している音楽家や指導者は、ほとんどがこの路線に乗れた人だと思います。

一方、型にハマり切れない生徒は中途半端な既製品として、世に放り出されることになります。ここですっかり型から抜けて、自分の道を歩める人はごく僅か。多くは大学を卒業してからも、大学で学んだとおり、型にハマろうと努力を続け、どんどん演奏することが苦しくなっていく、そんなところではないでしょうか。

私はまさに後者で、自分を誤魔化し、無理な頑張りを続けていた時期がありました。なにかの型にハマろう、外側の正しさに自分を合わせようと努力していました。と同時に、この努力の仕方には限界も感じていました。

本質を知る喜び

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フランコから学んだことは、音楽大学では聞いたことのないようなことばかりでした。数年かけて、サウンドを生み出すための技術をゼロから教わりました。そのための体の使い方、喉の使い方、全てが今まで教わってきたこととは真逆なことばかりでした。

私の中に眠っていたサウンドが存在することを知ってから、体中から喜びが湧いてきて、『生きてる!』そんな感覚をおぼえました。自分の中に力が戻ってきたような、忘れていたものを思い出したような、そんな感じがしました。

サウンドを生み出す喜びを知ることで、私という存在を思い出し、サウンドを磨いていく過程で、わたしがもっと私らしくなっていく。音楽を学ぶことが、自分を再発見して、自分と深く繋がることにまでなっていったんですよね。

そして、サウンドこそが表現そのものなんだ!と気づいたときには、今まで難しくて手の届かない存在だった音楽が、身近でシンプルなものにすら思えてきました。今までのように、表現しようと努力しなくても、内側から自然と音楽が湧いてくる。それくらい自分と音楽との距離がグッと縮んでいきました。

マジョリティの価値観

昨今、演奏家として活躍していたり、音楽を指導したり、学んでいる多くの人たちが、音楽大学を卒業して何年経っても、音楽大学というフレームの中で生きている人たちです。

誰が演奏しても、大体同じような曲に聞こえるし、誰が歌っても大体同じような声に聞こえます。それは多くの音楽家が、音楽大学によって生み出された既製品になっているからです。

私がいくら探しても、なかなか良い先生に出会えなかったのは、音楽大学以上のことを教えることができる先生が、ほぼいなくなってしまったからです。

今や音楽家の大半は、音楽大学によって植え付けられた価値観で生きています。だからこそ、大多数の価値観によって良いと思われているものが、音楽的にも良いもの、と評価されてしまっているんですよね。

けれどもマジョリティから抜けて別の世界を知ると、今まで当たり前に良いと思っていたものが、全く良く思えなくなる、ということが必然的に起こります。価値観が反転する、ということが起こるんですよね。

マイノリティを選ぶ

フレームの外へ一歩を踏み出そうとすると、引き止めようと説得してくる人、そんな危ない道を選ぶなんて、と批判してくる人も当然現れます。
フレームから踏み出したあと、『どうしちゃったの?』と心配されるパターンもあります。

けれどももし、自分がその他大勢でいることから抜けて、わたしの価値を見出だす生き方を選びたいのであれば、勇気を出してフレームから外へ一歩を踏み出す必要があります。マイノリティを選ばなくてはいけません。

それは、その他大勢の音楽家たちのひとりになるのではなく、「これが私の表現です。」ということを主体的に示していく人になることです。

『みんなと同じこと』から抜けてマイノリティを選ぶ勇気。わたしがもっと私になっていくためには、勇気が必要なときがあります。

けれども勇気を出して一歩抜け出てしまえば、その先にはまた別の世界が待っています。その世界には制限がありません。いつだって私らしく成長し続けられる世界です。

偉大なチェリスト、シュタルケルがこんなことを言っていました。

『ほとんどの音楽家は、ある一定のレベルに到達したらそれで終わり。ゴールして乾杯だ!めでたいよね。

でも、真の音楽家は、ある一定のレベルに到達したら、そこからまた新しくスタートを切るんだよ。そしてまた次のレベルに到達したら、新しいスタート地点が待ってる。そしてそれは永遠に続くんだ。』

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今日の締め

今回の内容は、受け入れられない人も多くいるだろうな、とは思いながらも、勇気を出して書いてみました。少し前の私だったら、書けなかったようなことです。日々自分自身と、生徒さんたちと向き合う中で、私の中でよりクリアになってきたことだったので、私なりに確信を持って言葉にもできるようになりました。

この文章が、誰かの頭の片隅に残ると良いな、と思います。

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写真は、ブルガリアの南部、サンダンスキの街並みです。先日、休息、保養に出かけてきました。紅葉が綺麗でした。

今日はこの辺りで。

最後まで読んでくださってありがとうござます。


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