絶好のチャンスをいつも

僕の空想 は スピッツさんの チェリーみたいだった。

きっと、想像した以上 に、騒がしい未来 が ぼくを 僕を待っている。

物事の頂点で、幸せの絶頂を迎えたい。

同じように。比例するように。


なぜそんな を言い出した か?
というと、
俺はいま布団に入っていて、こもっている。


ギター屋さんに行って、弦交換をしてもらうという、とても(いい意味で)騒がしい未来を設定している。
楽しい未来。幸せな未来 な はず だ。


にもかかわらず、俺は今がものすごく楽しい。
風俗に行く時も、
ショッピングをする時も、
思い出して見れば、いつも、途中
''事前''が しあわせだ。おれは。

なぜだろう?

もしかしたら、じつは、
やまのぼりも山頂より、途中が一番いいのかも。
それとも前日?

具体的に そで(←それ)の原因を考えてみよう。

いくつか思い当たった。

簡単に2つ。

まず一つ、
天神のお店まで、自転車で行く。
15キロメートル
というpain(痛み)に怯えている。
得る(gain)のための痛みから逃げている。
得るために通るべき痛みという道に怯えている。

そして二つめ。

終わった後の虚しさ(ムナシサ)を知っている。

これはあなたにも わかる(共感できる) んじゃない?

そして追加で、三つめ。
実はそんなに楽しくない。

この三つめについて、どういう事かと説明する。

わたしの場合、いつも、物事を行う時、2つの選択肢を天秤にかけている。
天秤とは=てんびん⚖だ。

絵文字みて絵のごとく、重さを測る道具なのだ。
何キログラムの数値じゃ無い。

どちらが重要か。どちらが、重たくて、必要か。
それを、頭にてんびんを浮かべ、はかっている。Always

で、今の俺の脳内のてんびんをお見せすると、、
2つの選択肢は次のとおりだ。
①行かないで布団にこもる。たのしさ
②ギター屋に(片道15kmを自転車で、)
行き、現交換をし、ギターの練習を出来る姿だ。

※文章を突然おわらせる。
続きは気が向く時に書くだろう。
それを俺は選択した。 
以上だ
またねー。