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「学問をすること」と「学問に依存すること」の分別

こんにちは。キシュカです。
学問に励むこと、とても素晴らしいことですよね。
私は現在、とある大学院にて学業に励み研究をしている身でありながら、時々、自らが学問をする姿勢というものについて考えます。

はじめに、「学問をする」とはこの世のあらゆる現象や技術、思想などの理論や体系を学ぶことですよね。
現代の私たちが学問をすることができるのは、これまでに各分野の専門家たちが様々な現象に対して知恵を出し合い、競争し合い、議論を通して学問を作り上げ、それが連綿と受け継がれてきたからです。

しかし、最近、学問をする人間の姿勢として学問に依存しすぎることは良くないなと思うようになってきました。
大学で学んだことや最近観た映画を踏まえて考えてみました。

映画「オッペンハイマー」を観て

「オッペンハイマー」について

映画については下記をご参照ください。

簡単にあらすじを説明します(ネタバレあり)。

第二次世界大戦時下、理論物理学者であるオッペンハイマーがアメリカ軍から兵器を作ることを命令され、その卓越した頭脳とカリスマ性をもって様々な分野の研究者を集め、原子爆弾を完成させました(マンハッタン計画)(同時にエドワード・テラーの水爆開発へと発展する)。
もともとオッペンハイマーは理論家ですべてが理論通りになるというこだわりがありました。そんな彼は原爆を実践で証明するまでもなく、その威力を理論的に把握しており、威力を目の当たりにすることでその恐ろしさを前に人々は戦争をやめると思っていました。つまり、彼は原爆によって人々が破壊の虚しさと戦争の無意味さを認識することで戦争を終わらせようとしていたのです。

しかし、原爆を手に入れたアメリカはそれを日本に落としました。アメリカではオッペンハイマーに対する賞賛の嵐。一方、オッペンハイマーは自身が主導して作った原子爆弾で大量の人が死んだことに対する罪悪感を感じていました。彼は戦後にトルーマン大統領と対面した際に「大統領、私は自分の手が血塗られているように感じます」と語りました。

しかしながら、彼は祖国であるアメリカを捨てることもできず、亡命などはしませんでした。そして、戦前に家族が共産党に入党していたことや自身が共産党の集会で演説などをしたことを理由にアメリカ政府からソ連のスパイだという容疑をかけられ、英雄とされていたオッペンハイマーは監視や尋問等が続けられました。約9年後にオッペンハイマーの疑いは晴れ、アメリカから章を授与され、話は幕を閉じます。
賞を受け取ったときの彼の表情は曇っていたように思います。

彼の曇った表情の裏には、賞を受け取ることによって原爆を作った張本人だということを公式な形で認めることになることへの躊躇いがあるように思いました。アメリカにおいては名誉なことであるが、人類史においては多くの自然と生命を奪った元凶とも呼べます。
この作品で訴えられているのは、原爆を作った人の認識と使った人の認識が異なるということです。

科学者としてこの賞を受け取るべきだったのか、拒否するべきだったのか。作中でもオッペンハイマーはアインシュタインとの会話の中で「祖国に対する忠誠心」と「人間としての矜持」のどちらを選ぶかについて問われていました。
そして彼は「祖国に対する忠誠心」を選びました。

科学者とは

私はこの映画を見て、科学者のあるべき姿とは何かということを考えさせられました。
本来、科学というものは自然の現象を明らかにし、ヒトが生きていく上で自然と共存する方法を開拓することを目的としています。科学の根底は自然です。自然の中にはもちろんヒトも含まれます。
蒸気機関や電気の発明がそうです。産業によって自然の一部であるヒト(もしくは自然でもあるヒト)の暮らしは便利なものになりました。ヒトは生身で自然と共存するにはか弱い存在です。裸一貫で寒冷地に住むことはできませんし、猛獣と生身で戦うほどの身体能力はありません。だからこそ、自然を開拓するのではなく、自然を制御する術として科学技術を身に付けてきたのです。
哲学者のデカルトは「方法序説」の中で科学技術に関して言及しています。それが上に述べた「科学技術は自然を開拓する術ではなく、自然を制御する術である」ということです。
また、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」において自然を主体として見たときの科学技術の在り方について問われ、警鐘が鳴らされています。

その反面、科学技術の発展の裏には戦争や競争によって生み出された技術が多々あります。究極的に言うと「新しい兵器を作らないと殺される」という状況が生み出した産物もあるということです。

映画「オッペンハイマー」においては、戦争のために理論科学の知恵を集約した原子爆弾が作られました。それは生命や自然を破壊するものです。
これは科学の本来の目的から逸脱しています。
しかし、原爆の開発と実証実験(この語が指すのは「日本への投下」のことではなく「ニューメキシコでの実験」のことです)は蓄積された理論と研究が結実した大規模な成功例でもあるのです。
科学者としては机上の理論が実験によって実証されたとてつもなく嬉しい状況だと思います。科学者としてはここで終わりだったのです。だが、国家では違った。

また、原爆の原理の根底にある核分裂のエネルギーというものは、現代の私たちが電気を使うために必要な原子力発電に応用されています。しかし、この原子力発電についても昔から賛否両論があります。

私は、上に挙げた諸問題を常に考え続ける姿勢が科学者にとってあるべき姿であると結論付けました。おそらく、この姿勢は答えのない問いを問い続けるという哲学的なものになると思います。

学問に依存すること

とまあ、社会に出たこともない学生の身分でありながら、映画を観て思ったことを述べてきました。

ただ、私としては様々なことを考えるきっかけとして「オッペンハイマー」を見たこと、大学で学んだ技術者倫理あるいは哲学が今この場で生きた学問として活かされているという実感が湧いています。

そして、表題である「学問をすること」と「学問に依存すること」の分別についてお話します。

これまでの私は学問に依存していたように思います。
私の学問に対する姿勢は、面白いからということの他に、学問をしているのだから別にいいだろ、という姿勢です。
私は学問をしていることを理由に現実社会から目を背けていました。
この状態は依存の形態に等しいです。
それに対して、現実問題に目を向けながら学ぶことが「学問をする」ということだと考えました。

つまり、学問への依存と学問をすることの分別の境界は現実問題をみているかどうかにあるということです。

よく考えてみれば、学問や技術というのはその時代において必要なことが蓄積され体系化されたものであるとも言えます。だからこそ、現実問題から目を背けたときに諸学問は死んでしまいます。
私は現実問題から目を背け、諸学問を殺していました。
しかしながら、映画「オッペンハイマー」を観たことで私自身が学んできた私が殺した学問を生きた学問として活用するに至りました。この経験は、「学問に依存する私」と「学問をする私」を分別するきっかけとなったと思います。

クリストファー・ノーラン監督の作品は学問の再生のきっかけにもなるので今後も作品を追っていきたいですね。

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