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クッキーモンスター

『試合は10回のウラに入ります』
テレビから流れる声が聞こえてきた。振り向くと、画面には日本シリーズが写っていた。
そうか、もう第二戦か。西武ファンの自分にとっては今シーズンは少し前に終わってしまっているので、あえて見るほどではない。
チラチラと画面を気にしながら番台に下足札を差し出してサウナの鍵をもらった。

昨日の第一戦を落としたオリックスだが、今日は9回表を終えて3点のリード。一勝一敗の五分で京セラドームに向かうかと思われたが、9回のウラに同点の3ランホームランを献上、試合は振り出しに。
というところまでは野球速報のアプリでなんとなく知っていた。もちろん、一球一球を確認するほどではない。だから試合があっても気にせずこうして銭湯に来てるわけだし。

しかし、やはりその映像を目の前にすると人は無力だ。高校野球をなんとなく見続けてしまうように、不思議と画面に目が行ってしまう。
加えて別にどちらのチームのファンでもないのになんとなくサヨナラ勝利を見たくてヤクルトを応援し始めている。これも甲子園を見てる時と同じだな。
首をほぼテレビの方向に固定しながら浴室へ向かう。おっと、暖簾が赤い。こっちじゃない。野球に集中しすぎて危うく女湯に入るところだった。

今日ほどサウナに集中できなかった日はないかもしれない。体を洗ってから一度脱衣所に出る。幸か不幸か脱衣所のテレビにも日本シリーズが流れている。
「この回が終わったらサウナに行こう」などと考える。何のためにここにきているのか分からないな。
水風呂から上がって、外気浴代わりにまた脱衣所へ。おっ、12回の表か。ベンチには同じように全裸で画面を見る若者がいた。気持ちは分かるぞ、と心の中で呟く。

2死1塁、オリックスはこの攻撃で点を取れなければ勝ちがなくなる。バッターは7番紅林。2球目にランナースタート。2死2塁。チャンスが広がる。
迎えた5球目、ワンバウンドしたボールをキャッチャーが弾く。ボールは高く跳ねてファウルグラウンドへ。
すかさず2塁ランナーはスタートし、3塁を回って一気にホームイン。土壇場で勝ち越し。となりの若者も思わず声を出した。
しかし、得点は記録されていない。どうやらボールがベンチに入ったせいで、ランナーは3塁に戻されている。

結局、試合は同点のまま12回のウラに突入。「さすがにもういいか」と思いサウナへ戻る。しっかり1セットやって戻ってくる頃には画面はニュースに変わっていた。
さっきまでとは比べものにならないほど気にならない。火照った体をベンチに預けて、する事がないからなんとなく目をやる。

そういえば、普段からテレビはほぼ見ない。サウナの中か、友達の家か、それぐらいでしか見ない。
家にテレビもないし、今の世の中は見たい番組はいくらでも後から見ることができる。
だから、いわゆるテレビを見るのは久しぶりだった。

かと言って、別にテレビが嫌いなわけではない。むしろ普段見ていない分、集中して見てしまう。自分の年齢や性別に最適化された広告ばかりを見させられている身としては、テレビのCMも面白い。
ましてやニュースなんて、わざわざネットで見たりしない(ネットニュースで文字情報は知っているが)ので、久しぶりに見ると新鮮に感じる。

そういえば祖父母の家に行くと、よく時事ネタの話をされるが、どこか偏って聞こえる。日中は大体テレビを見ているらしい。それは仕方ないか…と思う反面、情報がそれしかない人にとっては酷だよなと思ったりする。
未だに統一教会の話を取り上げているニュースを目にしてそう感じた。
ただ、逆にどこからでもどんな時でも大量の情報にアクセスできる自分の方がいいかと言われてもそうとは思わない。
テレビしか見ないのも、テレビ以外の情報に溺れるのも、どちらもベクトルが違うだけで多分良くはない。

ふと、好きなバンドの歌詞を思い出す。

We never thought someone is in the cookie monster
ELLEGARDEN/TV Maniacs

テレビは嘘をついて、クッキーモンスターを生きているかのように見せる。本当は中に人がいて操作しているのに。
でも、クッキーモンスターの中の人のそのまた後ろにも人がいて、操作されているんだろうな。面白く見せるためにああしろこうしろと言われてたり、ストーリーを考えたり。
もっと言うと世論を誘導するようなニュースを毎日流すことも、高齢者に向けて広告を打つことも、全部クッキーモンスターを操作してる事とおんなじかもしれない。

ニュースが終わってCMが始まった。なるほど、『相棒』ね。
そういえば大学生の時に住んでいた家にはテレビがあったなと思い出す。ヤフオクだかメルカリだかで同居人が買ってきたそれは意外と大きくて、当時は結構見ていたな。
平日午後の再放送の相棒を見ている時間が好きだった。
あれくらいで良かったんだよな、日々の生活も、テレビとの付き合い方も。
そう思いながら銭湯を出ると、火照った体にちょうど良く風が吹いた。

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