アパートメント紀行(23)
エクス・アン・プロヴァンス #1
海沿いのマルセイユから、三十キロ内陸へ入ったところにあるエクス・アン・プロヴァンスは、セザンヌが生まれ育ち、そして亡くなった街である。
セザンヌが描いたことで有名になったサント・ヴィクトワール山は、絵で見るのと同じ形で、ずっと列車の車窓から見えていた。
マルセイユで列車を乗り換えて、エクスの駅へ着いたのは午後二時半。TGⅤの駅は近未来的で、その昔プロヴァンス伯爵領の主都として栄えた街の中心部から約十五キロ離れている。私は三時に、借りた部屋の大家さんを訪ねる約束をしていた。
近代的な駅から一歩出ると、この駅が、だだっ広い山間部にポツンと建っていることがわかった。タクシーに乗り、借りた部屋の住所を告げても、フランス語の発音がまるで駄目で通じるわけもなく、住所を書いた紙を運転手さんに見せ、ウィ、ダコー(わかりました)といわれた時にはホッとした。
山道を下り、どこまでも真っ直ぐな道を走り、しばらくすると市街地に入る。そして今度は、入り組んだ迷路のような狭い路地をぐるぐる回り、やっと目的地付近に到着。
観光地ではない住宅街の、人っ子一人歩いていない路地で車から降ろされ、鳥と蝉の鳴き声しか聞こえない古い石壁の残る道で、あまりの静寂さに不安になる。
一瞬、戦に敗れた人々が、さっきまでの生活をそのまま捨ててどこかへ逃げ去ってしまったような中世の街に、タイムスリップして紛れ込んでしまったのではないかと錯覚した。
蝉の合唱がふと止んだ時、テレビの音かラジオの音か、遠くからくぐもった人の声が聞こえてくる。遠い昔に田舎の祖母の家で過ごした夏休みを思い出す。人の気配が感じられるその音声だけを頼りに、目指す番地を探し当てて呼び鈴を押す。
数回押しても何の反応もなかったので、思い切って門を開け、門のところにトランクを置いたまま玄関へ歩いて行くと、家の中には人のいる気配がする。隣家の二階からは若者風の音楽が流れていて、多分この家の中の人もラジオを聞いている。人がいることを確認し、もう一度門まで戻り、根気強く呼び鈴を押し続けた。
数分後、やっと気づいてくれた家主の男性が、玄関扉を開けた。私の顔と荷物を見て、あ、という顔をしたので、私が来ることを忘れていたのだと確信した。それでも彼はまったく悪びれず、やあ、待っていたんだよと、多分いつもやっているように頬にキスをしようとして、すんでのところで思いとどまった。初対面だし、日本人だし、と考えたのがわかった。
家主のアランは、素晴らしく愛想が良く、五十代半ばの、格好のいい男だった。上半身裸だったのは、単に暑かったからという理由からみたいで、私と私の荷物を家に入れてから、その辺に脱ぎ散らかしていた着古したブルーのTシャツを、慌てる風もなく優雅に着てみせた。
ようこそ、エクスへ、君の部屋は下なんだといって、私のトランクを両手に持ち、ごろごろと玄関からリビングを抜け、正面のテラスに出る。テラスからは広い庭が一望出来、玄関側から入ると一階だったここは、庭から見ると二階だった。
庭へ下りるテラスの階段で、トランクの重みに耐えかねたアランが、何が入ってるんだ? まさか死体じゃないだろうなあと冗談をいいながら、にこにこと嬉しそうに私を部屋へ案内してくれる。
母屋の玄関側からすると地下の、庭から見ると一階に、ガラスの玄関扉が二つあり、こっちが君の部屋ね、と右の扉を開けて入った。隣りも今は空いてるけどねといいながら、洒落た造りの部屋に通してくれる。
小さなキッチンとリビングと、大きなベッドルーム。アランは、隣りの部屋の方が少しだけ大きいけどその分少しだけ家賃が高いんだといって、私に鍵を二つ渡す。小さい方の鍵がこの部屋の鍵で、あっちの出入り口のがこれ、といって庭の向こうを指差す。
どうやら私は、母屋の玄関からでなく、庭の向こうの扉から出入りしなければいけないようだ。アランは、シャワーの使い方や電磁調理器の使い方などを一通り説明したあと、えっと、掃除の人は水曜日と土曜日に来るから、あとはなんだっけ? あ、フランス語話せる? ノン? じゃあワイン好き? ウィ、今日はウェルカムディナーを作るから上に食べにおいでね、といって立ち去りかけ、ああ、そうだった、上には日本人の小さな女の子がステイしているよ、街のことは彼女に聞いてね、といって去って行った。
一人になり、ゆっくり部屋を見回すと、細部まで神経の行き届いた部屋であることがわかった。それは、チリ一つないとかそういうことではなく、高い美意識を持つ人が設えたであろうセンスのいい部屋であるということ。
さりげなく置いてある彫刻作品や、竹細工で出来た間接照明を点けた時の室内に広がる灯りの模様、ナイトデスクに置いてある写真集や本の種類、ガラス張りの小さなリビングに置いてある簡素なテーブルとイスでさえ、庭の緑と調和していて、狭さを全く感じさせない効果を生んでいる。
一見、無造作に簡素に作り上げたように見える部屋は、実は相当にこだわりを持って作られた部屋なのではないかと思った。大家のアランの職業は彫刻家。ここを紹介してくれた日本の仲介業者の女性が、私が絵を描くことを知り、ここを勧めてくれたのだ。
彼女の勘はぴたりと当たった。この部屋には、気になるところが一つもなく、私の視線の落ち着きどころがたくさんある。壁の質感からしてしっくりと馴染む。要するに、私はこの部屋をものすごく気に入ったのだ。
荷解きをして、トランクをベッドの下に仕舞ってしまうと、旅行者気分は消える。キッチンの戸棚をあけ、誰かが置いていった紅茶や調味料やパスタをチェックし、ああ、バスタブがないことだけが残念なところかとバスルームでため息をつく。アランが家と学校の印をつけてくれていたエクスの街の地図を眺めながら、ベッドで一息ついていると、コンコンとガラスの玄関扉を叩く音がした。
起き上がってリビングへ行くと、庭から丸見えのリビングは、こちらからも来客の姿が丸見えだった。ガラスの向こうに、絵本に出てくるような小さな日本人の女の子が、おかっぱ頭を少し傾げながら立っているのが見えた。
こんにちわー、と笑顔で挨拶をしてくれたのは、母屋にホームステイしているというナミちゃん。日本人が来るって聞いてて楽しみにしてたんですう、という。もし私に娘がいても、彼女より年上だろうと思うくらい、ナミちゃんは幼く見える。失礼だけどお幾つなの? と聞くと、二十二歳ですう、という。高校生なのかと思っていたけれど、日本では美術大学に通っている大学生で、一年間休学してここへ来て、語学学校に通っているそうだ。本当に、アジア人は若く見える。
あのう、私、明日、朝からミキさんと一緒に学校へ行こうと思っていたんですけど、私、明日は授業がお昼からになったので、もしよかったら今から学校まで行きませんか? とナミちゃんがいってくれる。
地図を見て、学校がある場所の見当はつけていたけれど、こんな有り難い申し出を断る手はない。すぐに出発することにする。玄関の鍵を閉め、芝生の庭を歩いていると、さっき寝室の窓から私の部屋を覗き込んでいた綺麗な猫がついてくる。
ピピです、アランの猫です、とナミちゃんが教えてくれる。女王様みたいな猫です、という。
庭の突き当りにある鉄製の大きな門は、非常に開けづらく、コツがわかれば簡単ですよといわれながら何度も鍵を開けようと試みていると、扉の向こうから誰かが鍵をあっさりと開けた。わあっと驚いていると、背の高いハンサムな青年が入って来て、ボンジュール、ビアンヴニュー(ようこそ)という。アランの息子のジャンだそうだ。
外へ出て扉を閉め、外側から鍵をかけることに一発で成功し、埃の立つ砂利道に出る。ここを左です、というナミちゃんに、アランもジャンも男前だねえというと、そうですか? 普通ですよフランスでは、といわれる。
ここを右です、ここを左です、あの信号を渡ります、そしてこの角を左です。学校までの道順を私に教えることに専念しているナミちゃんに、無駄口を叩くことは憚られ、黙って並んで歩く。十分ほどで到着した語学学校は、こじんまりした三階建ての古い建物で、日曜日だからということもあるだろうが、とても静かな通りにあった。
ありがとう、わざわざ連れて来てくれてとお礼をいうと、ナミちゃんはにっこり笑い、じゃあ帰りましょうか、という。来た道を戻りながら、今度はナミちゃんは、アランの家庭の事情を早口で聞かせてくれる。
どうやらアランは弁護士の奥さんと別居中で、でも時々奥さんは家に帰って来て一緒に食事をしているらしいので、決して仲が悪いという訳ではなく、別々に暮らしている方がうまくいく夫婦なのだろう。
ナミちゃんの話をふんふんと聞きながら、私の頭の中に簡単に描かれつつある街の地図と太陽の位置とを照らし合わせ、ねえ、こっちの道を通っても帰れるんだよね? と聞いてみると、え? でもこっちの道が通学路ですよ、という。
冗談かと思って笑うと、ナミちゃんは無邪気な顔で、ん? という顔をして、私はいつもこの道で帰るのでこっちです、と忠実に来た道を戻る。
ああ、この子はひょっとして、決めた道しか歩けない子なのかと思い当たる。応用力はなくとも集中力の高い性質の子には、余計なことをいってはいけない。
帰り着いた裏口から庭へ入り、ピピさんに無視され、ナミちゃんにお礼をいい、わからないことがあったら何でも聞いてくださいねというナミちゃんに、親切にしてくれてありがとうというと、ナミちゃんは満足そうに微笑んだ。
ちょっと家の周りを探検してくるね、といってまた私が出かけようとすると、晩ごはんは七時半です、今日はアランがミキさんの分も作るっていってたから一緒に食べましょう、それではまた後で、といってナミちゃんは母屋へと上って行く。その後姿を見送りながら、多分、彼女は、私なんかよりよっぽど強いんだろうなあと、意味もなく思った。
エクスの街の地図によると、街をぐるりと取り囲む道路はほんの二、三キロしかなくて、その中にすっぽりと入っているのが中世の面影を残すうつくしい旧市街。一日あれば充分見て回れる街は、以前に一泊滞在した時に歩いている。
アランの家も、学校も、その環状道路から数十メートル外側に出たところにあるから、迷った時は環状道路へ出ればいいはずだ。さっきナミちゃんと歩いた道とは反対方向へ歩き、環状道路へ出てみると、すぐそこにさっき通った道があって、思わず苦笑してしまう。
日曜日だから閉まっている店が多く、家から一番近くにあったビオショップもやはり休みで、信号を渡ったところにあった小さな商店で、飲み物や果物や野菜やパンを買い、小さなレジでもたもたしていると、レジの若いお兄さんに、どこから来た人? と聞かれる。ジャポンだというと、わー、ジャポン大好き、マンガ大好き、ねえ、お願い、一日一つ日本語教えて、と英語でいわれる。
フランス人は英語を喋らないと昔からいわれているが、私は昔から英語を話さないフランス人にはそんなに出会わない幸運の持ち主だ。さらに近頃は、マンガのおかげでどこへ行っても日本は大人気で有り難い。
アリガトゴザマース、サヨナラア、マタネー、と覚えたての日本語を繰り返すお兄さんに、こちらはフランス語でメルシー、オゥヴォワ、アビアントー、と同じことをいう。この店の数軒先に大聖堂の屋根が見えるけれど、見学は明日から。とりあえず街に人がいることが確認出来て良かった。
部屋へ戻りのんびりしていると、ナミちゃんがまたコンコンと扉を叩く。アランにいわれたから呼びに来ましたというので、ナミちゃんに連れられて母屋のキッチンへ行くと、アランが鼻歌交じりに料理を作っていた。
もうすぐ出来るからと、手慣れた仕草でオーブンを開け、豚肉の香草焼きとライスを取り出す。ジャンが冷蔵庫から、すでに盛ってあるサラダとワインを取り出し、そこで私はすっかり忘れていたお土産のことを思い出し、急いで部屋へ取りに戻る。
冷やした方が美味しいようですと常温の日本酒を差し出すと、ワオ、じゃあ今度、冷やしてから一緒に吞もうよとアランは眉を上げる。
アランの作ったシンプルな料理は美味しく、オーブンで炊き上げた白いご飯をどうやって食べるのかと見ていると、各自お皿に取り、バターを乗せて塩を振り、軽く混ぜながら食べている。真似をして食べてみると、これが予想外に美味しくて、美味しい美味しいといいながら何度もご飯をお代りする私を、ジャンが笑いを噛み殺しながら見ていた。
食後にスコッチ飲まない? とアランがいうので遠慮なく頷く。後片づけをしているジャンとナミちゃんをキッチンに残して、スコッチとショットグラスを二つ戸棚から取り出したアランについてテラスへ行く。
テラスにはラタンのソファと重厚な石のテーブルがあり、人間の頭部が灰皿になった陶芸作品がある。アランは、シンプルな燭台に火を灯し、スコッチをグラスに注いで、ヴォワラ(どうぞ)と渡してくれる。日本語ではなんていうの? と乾杯の仕草をするのでカンパイだと教えると、アロール(じゃあ)、カンパーイといってスコッチを一口飲む。私にとってスコッチは、水かソーダで割らないときついお酒なので、一口飲んでくらくらした。
煙草吸う? とマルボロを差し出してくれるので、また遠慮なく一本いただく。八時を過ぎてもまだ明るい空を見上げてアランと世間話をしていたら、片づけを終えたジャンがやって来て、煙草の葉を紙で巻いて吸い始める。フランスでは煙草が高いので、若い人たちはこうやって吸うのだと教えてくれた。
スコッチをちびちび飲みながら、部屋へ戻るタイミングを見計っていたら、ナミちゃんがやって来て、私はこれから宿題をします、おやすみなさい、明日から頑張ってくださいというので、それを機に私も部屋へ引き上げた。
長かった一日がやっと終わる。シャワーを浴びて明日の準備をし、早々にベッドへ入る。明日から少しだけ学生になる。毎朝早くに起きられるだろうか。実はそれだけが心配だった。
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