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漂流(第四章⑦)

第四章

7.
会場内を見渡すとまさかと思う人物に出くわした。目が合うとその人物はゆっくりこちらに近づいてくる。
「ご無沙汰しております。」
最後に会った時とそれ程変わりはない。出所の際に感じた、時の流れに比べればほぼ変わらないと言っていいだろう。
「どうして貴方が此処に?」
率直な疑問を投げかける。
「この会場に来てからの貴女の疑問にお答えしようと思ってね。」
宮本は昔と変わらぬ笑顔でそう答えた。まさか今回の光男の事は、この男の仕業なのか?
「宇佐美は公安部の人間です。貴女の父上や秋山とも繋がりがあった。」
宮本は改めて聡子に視線を向ける。
「今ので十分回答になったと思います。これで北村さんは公安の手中に入った。貴女も滅多な事は出来なくなる……。」
迂闊だった。やはりこの男には理性を失ってしまう。昔からそうだった。精神的にバランスが取れなくなると、その拠り所として頼ってしまう。この人になら何を話しても受け入れてくれる。自らが進むべき道を指し示す羅針盤。いつの間にかそんな存在になってしまった。だから私の過去も全て……
「秋山の件があり、公安もすっかり安心していた様です。貴女の父上も既にこの世にいない。だから私が釘を刺した。まだあの件は終わっていない。」
この男は全て見抜いていた。私の計画も。私が取り戻した記憶も。
「どうして光男を巻き込んだの?」
「貴方が計画を実行すれば、どのみち巻き込む事になるでしょう?しかも最悪の形でね。それならば何も知らないままがいい。」
宮本は聡子に一歩近づき、腰を屈め聡子の顔を覗き込む様にして、
「もう忘れるんだ。悪いのは君じゃない。あれは仕方のない事だったんだ。もう許してやれよ、自分を。」
そう言って聡子の肩を叩き、会場を後にした。

宮本が去り、会もいよいよ終わりに近づいた頃、聡子のもとに光男が駆け寄ってきた。
「聡子、来てたのか?でもひょっとしたら来るかもとは思ってた。」
そう笑いながらおどけてみせる。先程までの宮本とのやり取りには気づいていないらしい。
「前から一度出席しようと思ってて。でも光男がいるとはびっくり。」
そのままの感想をぶつけた。光男は笑いながら、
「俺が一番びっくりしている。ただ宇佐美さんからお話を戴いて、俺が少しでも役に立つなら協力してもいいかなって。人生もそう長くないしね。」
光男の言葉が沁みた。そう。私達にはそれ程多くの時間は残されていない。だからこそ、何を為すべきか?常に自問自答している。それが自ら犯した過ちなら、償わなければならない。私には清算しなければならない過去がある。


第四章⑧に続く

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