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漂流(第二章⑩)

第二章

10.
“懲役三年。但し、この刑の執行を五年間猶予します。”
勝った!聡子はホッと胸を撫で下ろした。正直かなり無理のある筋書きだった。光男を説得して真実を証言させたとしても、それでは朝倉さんの証言も必要となってくる。しかし朝倉さんは亡くなった事になっているので、それは出来ない。そこを突かれない様に周到な根回しが必要だ。所長の秋山も巻き込み関係各所へのお土産も沢山用意した。かなり汚いやり方だった。それでも良かった。ここで光男を救えなければ、何のために弁護士になったのか分からない。その為なら何だって出来た。これで私の犯した罪はどれだけ減ったのだろう?いや、むしろ増えたのだろうか?

一週間後、光男と朝倉さんが訪ねてきた。判決の後、朝倉さんは泣きながら何度も光男に謝罪したらしい。それはそうだろう。ついてはいけない嘘をついてしまったのだから。しかし光男は少しも怒らなかったらしい。むしろ、彼女の身を案じていたという。事件の後遺症を考えると、謝らなければならないのは俺の方だと頭を下げ続けていたという。
「聡子。世話になったな。」
そう言って光男は深々と頭を下げた。
「地元に戻って、美代ちゃんと一緒にやってく事にしたよ。」
頭の後ろ側で、ガン!と音がした。何かを期待していた訳ではない。そう思っていたのに… 自分にはそんな資格がない。それも分かっていた。それなのに、今の感情は何?
「そう。元気で頑張って。二人でね。」
言葉では裏腹な事を平然と言う。最後まで動揺を気取られぬ様に……。

“忘れ物、忘れ物。” 折角用意した手土産をホテルの部屋に忘れてしまった。美代ちゃんをホテルに待たせて、聡子のいる弁護士事務所に戻った。先程の部屋の前に着くとドアが少し空いていた。中から潜めた男女の声が聞こえた。
「どうだ。少しは肩の荷が下りたか?」
前に紹介された所長さんだった。
「いえ。少しは彼の力になれたとは思いますが、それで彼への罪が消える訳ではないので…」
“俺への罪?”
「聡子。あれはお前の罪ではないだろう?あれは君のお父さんと俺の罪だ。」
「いえ。私も同罪です。その罪を隠ぺいする事に加担したのですから。」
“何の話だ?”
「いづれにしても、変な気を起こすんじゃないぞ。今更彼のためにもならない。彼のお母さんには申し訳ないがな。」
“ 母さん?……まさかっ!” 思いもしなかった言葉が、長い時を経て全ての真実を繋げた。土産を手にしたまま、俺は踵を返してエレベーターへ向かった。心は既に、全てを失う前の荒くれた光男に戻っていた。


 

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