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漂流(第四章⑧)

第四章

8.
宮本の話は納得出来るものではあった。
しかし全て真実だとも思えなかった。聡子が何かに苦しんでいたのは理解していた。それは勿論、自らの父親と秋山が関与してしまったあの事故に関する事だろうと思っていた。その点に関して、宮本は明言しなかった。健忘症という病についてもまだよく理解出来ていない。それでも宮本はそれを知る為にも自分に協力して欲しいと言う。判断に迷ったが協力する事にした。恐らく聡子に直接聞いても本当の事は教えてくれないだろう。それならば宮本の計画に乗って状況を変化させる。そうすれば聡子の心境も変わるのではないか?そんな一縷の望みに賭けてみた。本当はもっと早く向き合うべきだった。北村光男と早川聡子。人生を川の流れに例える歌があったが、まさに本流は一緒だった様に思う。途中お互いに支流として分かれる事はあったが、気づけば同じ本流に戻っていく。そして海を目前とした晩年、これからは終着地に向かいゆっくりと折り合いをつけていく。それが同じ川を漂流してきた俺達の宿命なのだと……。

「北村さん。ではその予定で参りましょう。遠慮せずにもっと自らの体験を交えていくといい。経験談ほど人を納得させるものは無いのだから。」
毎度の事ながら、宇佐美は人を持ち上げるのが上手い。さすが長期に渡り、大組織のトップに君臨した男。光男自身もそれが分かっていながら、上手く乗せられている自覚がある。しかし不快感は無く、力以上のものを発揮出来ている様な気がするから不思議だ。
「ところで北村さんは、早川さんとは幼馴染?」
突然、聡子の名前が出てきたのでびっくりした。
「はい。小学校からの。」
そのまま事実を答えた。
「最近は会ったりするのですか?」
質問に少し湿り気を感じる。
「彼女は北海道ですから。なかなか会う事はありません。」
こちらも無難な返答になってしまう。
「そうでしたか。これは失礼しました。以前は弁護士として一緒に仕事をした間柄なので、懐かしくなりましてね。今度会う時があれば、宜しくお伝えください。」
そう答えた時には、いつもの宇佐美に戻っていた。
宮本から紹介したい人物がいると言われ、紹介されたのが宇佐美だった。犯罪被害者を減らすための活動をしている。その為には、もっと加害者を研究する必要がある。そこで加害者の立場にあった事のある光男の力を貸して欲しい。そんな流れだった。しかし……。
先程の聡子に関する質問。やはり自分に近づいたのは聡子との間を監視する為?それともまさか人質?不穏な空気が光男に纏わりつく。やがてゆっくりと霧は失せていった。


第四章 完

終章 ①に続く

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