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1.恋

長らく恋などしていなかった。
自分の気持ちに蓋をしていたんだ。
愛情を注ぐ家族はいるけれど、恋しているような感情はない。

結婚して何年も経ってしまえば、だいたいどこの夫婦も同じだろう。大切なパートナーではあるけれど、それは親友であったり、家族であったり、絆であったり、そんな関係性だろう。
お互いが、お互いの役割を、ある意味で淡々とこなすのが、時間という魔物に取り憑かれた夫婦の実態だと思う。
明確な別れの理由がないから、そこにいるんだ。
一緒に積み上げた時間を壊すのが勿体ないから、そこにいるんだ。


恋は違う。

感情がむき出しになって、お互いを求め合ってしまう。声が聞こえれば嬉しい。姿が見えるだけでドキドキする。二人で会えれば時を忘れる。時間や立場、いろんな障壁をなんとか乗り越えてしまう。乗り越えたいと思ってしまう。すべてを捧げてしまいたいと思う。他人なんかどうでも良いと思ってしまう。

恋はそんな魅力を持っている。


彼女と出会って、一緒になれない・そのうち別れると、最初から感じてはいた。叶わぬ恋だと分かっていた。でもひょっとしたら一緒になれるかなと、心のどこかで期待をしていた。

結局、実行に移す、覚悟がなかっただけだ。

意気地のない男なのだ。離婚なんてできっこない。今までに築き上げたものが多すぎる。長い時間をかけて作ってきたそれを、無にするような勇気がなかった。結婚生活という魔物には勝てなかったのだ。

そんなずるい男の天秤にかけられた「彼女との未来」に、ハッピーエンドは来なかった。

でも本音は、未練たらたらだ。
彼女に会いたい。
一緒にいたい。
一緒になりたい。

築き上げた結婚生活は大き過ぎて、いま壊すことはできないが、時間が来ればそれは小さくなる。でも、彼女を待たせられない。待っていてくれなんて全く言えない。

だから、一方的に別れを告げた。自分勝手だってわかっている。ずるい男だってわかっている。未来の自分へ、ほんの少しだけ可能性を残して。


でも失ったものは、その時になって初めて痛感する。

今回のは失恋ではない、と言い聞かせる。
失っていない、まだある。関係を閉ざしたに過ぎない。嫌いになって別れちゃえば楽だった、なんて雑念が思い浮かぶけれど、今の気持ちはまさに「未練」そのまんまだ。恋をしたまま関係だけを閉ざすのは、辛すぎる。

今振り返れば、そんな素晴らしい恋をしていたんだ。


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