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書きたいけれど、書けなかったのは…

ここ最近、noteを書きたいなと思いつつパソコンの前に座るものの、なかなか文章が思いつかない。頭のなかに言葉のかけらはあるけれど、散らかったままで言葉と言葉同士が繋がっていかない。
まるで、バラバラになっているパズルのようでした。


そんな状態だったのでふと、記事を編集するページの右側に表示されていた「noteのヒント」をクリックしてみました。


すると、今の自分とぴったり合う記事に巡り合いました。

こちらの記事を引用させていただきながら、進めますね。

何か書きたい、けど何も浮かばない。
っていう状況が2週間続いてました。3行くらいだけ書いた半端な下書きが増えていく。


全くおなじです!
投稿した記事と下書きのままの記事の数がほぼ同じぐらいなのではないかというくらいです…。タイトルだけ書いて、本文は「あああああああ」になっているものもあったり 笑

そんな相談をライターの方にしたら、「なら書きたいものがわからないってnoteを書いたら?」と助言いただいて目から鱗。なるほど。



まずは書きたいものがわからないってことから書いてみる。この記事を執筆されたまよよさんは、「どうしてかけなくなったのだろう?」と考えるうちに自然と書きたいことが思いついていったのだそうです。


「考える」スイッチが入ったのだと思う。書く、それはすなわち考えること。たしかにここしばらく、全然自分の言葉で考えることをしていなかったな、と反省。


なるほど。
わたしも知らず知らずのうちに思考が止まっていたのだなあ、と振り返ってみて思いました。


毎日のように見ているYouTubeは、視覚を通して、受動的に情報を得ることができるので、頭の中で思考を巡らせなくとも楽しむことができます。


ピアノを弾くのも
わたしの場合は音の強弱や、メロディーと伴奏のバランス、音と音のつなぎ目などをほとんど感覚でコントロールしながら弾いてしまうので、こちらもまた思考を必要としていませんでした。


そういえば、こどものころに通っていた音楽教室で作曲の課題が出されたとき、自由にメロディーを紡いでゆくことはとても好きでした。でもそれはそのとき、そのときの感覚をただ味わっているにすぎず、弾き終わったころには、それまでに紡いだメロディーを一切覚えていませんでした(笑)


自作した曲を譜面におこすことも課題だったのですが、こんなんだったのでなかなか根気のいる作業で、作曲の課題はけっこう苦痛でした…(・´з`・)
でもいま思うのは、ボイスレコーダーを使ったらいいよって当時の自分に言ってあげたい。


話が少しそれてしまいましたが、日常生活のなかで考える時間。忙しい日々や淡々とした毎日を送り続けていると、知らぬ間になくしてしまうことがあるのだと、気がつきました。


そのとき 思ったことや

そのとき 感じたことを

自分の言葉で 表現していく。

そうしたらきっと
今よりももっと、毎日に彩りを添えてゆけるんじゃないかなって思います。


チューリップ



あら。
気が付いたら1000文字を超えてる。
とまっていた思考が動きだしたようです🐣

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