神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 384

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ラーメンの国、思った感じと違う編

384 思った感じと
(※原型そのままの食肉について描写があります。ご注意ください。)

 帝都に着いていきなりお財布取られるし、……サルに。
 それだけでなくチンピラとの遭遇を仕組まれて仕組んだのが我々を担当するガイドである言う、決してなにも油断できない事実はあるのだが。
 それでも、なんか。
 思ってた感じとは違うって言うか。
 いや、ガイドの二人もね。我々があまりに自由すぎることに追い詰められて、少しおとなしくさせたかったとか切実な動機を聞いてしまうとさ……。
 まあ……それは。ねえ……? ごめん。みたいな気持ちがなくもない。
 それにそもそも、ガイドと言う役割りもな。
 普通に国外からのお客を面倒見たり監視するお仕事ではあるのだが、お国から業務を委託されている辺りなんとなくガッチガチにしめ付けられてる感じするって言うか。
 やだよね。国から怒られるとか。解るよ……。解る。悲しいね。
 その原因が我々で、しかも悪気はないのがタチ悪いってだけで。
 まあ、それはいいのだ。
 なに一つよくはないかも知れないが、すでにやってしまった失敗については目をそらし次の経験へと活かしたい。意欲はあっても本当に活きるとは限らないけれども。
 だから、意外なのはこの国のゆるゆるとした空気だ。
 さぞ殺伐としているのだろうと、心のどこかで思い込んでいた。
 いや、はっきりとそう意識していた訳ではない。
 けれども、誰かに優しくされた時。誰かに親切にされた時。
 そこら辺のお店に入って我々が遠くからきたと解ったらちょっとしたサービスをしてくれる店主などに出会った時に、どうしても心の片隅で意外に思う自分があった。
 だって、この国はエレたちを苦しめた。
 エレの両親を殺し、彼女の存在も許さなかった。
 だから彼女は海を渡って大陸へと逃れるしかなかったし、その旅路で命を落とした供もいる。ルムとレミは運よく生きのびたにすぎず、私たちが出会った時には彼らもあやうい崖っぷちにいた。
 だから……。だから。
 この国の人々に優しくされるたび、親切にされるたび。
 うれしいのと同時に、私はひどく戸惑ってしまう。

「ねえ、たもっちゃん。なんかさ、思った感じと違うんだけど」
「うん、俺も。海の豚って言うから、何となくイルカっぽいのかと……」
 我々は朝の市にいた。
 足元は冬の気温に冷えた六角形の石畳であり、その表面が濡れているのはあちらこちらで出店の店主が桶の水をぶちまけて肉の血や野菜くずを洗い流しているためだ。
 ラーメンを作るのがべらぼうにうまい食事処のオーナーに連れられ、夜明け前から宿のラウンジで張っていたガイドやおもてなし要員として付けられた宿の下男とぞろぞろ歩き、訪れた市場は帝都に着いて最初にくぐった濃くあざやかな朱色の門の外に位置した。
 帝都には外郭から中央に向かって朱色、青、黒、白と門が立っていて、黒の門の内側までは市民の区画。ただし外から内側へ行くごとに、住人は裕福な者に限られる。
 白の門からは貴族や王族の住まう区画で、まあ、今回の旅では関係のない場所だ。
 我々がなぜか泊めてもらえた高級宿屋、そして我々を市場に案内してくれた料理人兼オーナーの店は黒い門の内側である。
 宿屋は明らかに商売上手なのも解るが、料理のことには若干目の色が変わってしまうこのオーナーもなかなかやり手のようだった。
 そのやり手のおっさんに連れられ、我々が立っているのは市場のとある店の前。
 肉屋だ。
 朝市が終わると片付けるのか、出店はどれも簡単なつくりになっている。
 肉屋も木材を組み合わせた枠に幌のような布をかぶせて屋根として、その下に商品を積んだ小型の荷車を押し込んである。注文が入れば肉をさばくのか、かたわらに作業台とぎらりと光る幅広の肉切り包丁も見られた。
 見た感じ厚手のビニールのような、恐らく革のエプロンを着けた肉屋の親父と料理人のオーナーがああだこうだと話しながらに肉を選んでいる横で、メガネと私は微妙な気持ちで積み上げられた原型そのままの肉を見る。
 思うてたんと違うと。
 食事処のオーナーからは、朝市を案内ついでに肉を見に行くと聞いていた。
 その肉は昨日食べたギョーザなどの中身になるそうで、多分ブタではないのだがブタ肉にかなり近いものである。
 我々の翻訳機能がどう言う法則なのかは知らないが今回は異世界の固有名詞ではなくはっきりブタと聞こえていたし、オーナーも端的に「ブタを買いに行く」と言った。
 ただし、そのブタは海に生息すると言う。
 海のブタって言ったらお前。イルカじゃん。字面が。
 えっ、イルカ? 大丈夫? それ、物議をかもしすぎない? 過激派の保護団体とか出てきちゃわない? とドキドキしたが、いざ市場で実物を見るとイルカではなかった。
 顔はブタ。円筒形の肉々しい体もブタのように見えるが、手足の代わりにヒレがある。
 まさしくなんかもう、海のブタ。
 決してイルカのほうがよかった訳ではないのだが、なぜだか「ええ……?」と言う戸惑いがすごい。
 市場では全長百五十センチほどの動物が肉として、けれども原型そのままで荷車にどかどか積み上げられていた。ブヒーといっそおだやかな、ブタに似たなまっちろいその顔が全部こっちを見ている気がしてなんだか恐い。
 スーバーの薄切り肉などにしか縁のなかった身としては、なかなか厳しい光景である。
 いや、買うし食べるけど。
 朝市にはメガネや私だけでなく、みんなで一緒に訪れていた。
 食肉として魔獣を狩るのに慣れてるテオ、そして人の心を持たないレイニーは積み上がるブタにも特に感慨はないようだ。
 そんな中、意外にぴかぴかと顔を輝かせているのはじゅげむだ。
 おにく、すごい。
 金ちゃんの肩に乗っかって、身を乗り出す勢いの子供からそんな声が聞こえてきそうなほどである。たくましい。
 ちなみに、金ちゃんが今も装着している首輪。手作り魔道具となっているこれの、組み込まれた行動制限に抵触したと判定されてから罰が発動するまでにタイムラグが発生する不具合は、たもっちゃんの夜なべ作業によってすでに修正されている。
 修正したのはタイムラグの部分だけなのでまたなんかあったりしたら異臭騒ぎを起こしてしまう予感がするが、もう不具合がないと言う事実。それだけで素晴らしいことなのだ。
 とは言え、おとといチンピラに絡まれた時に金ちゃんが荒ぶる野生を垣間見せたことに変わりはなかった。
 それを目の当たりにして、じゅげむが金ちゃんを恐がる可能性もあったのだ。
 金ちゃんは小さきものに鷹揚な男ではあるのだが、基本は暴れトロールだ。そもそも子供にきゃっきゃとなつかれているのが、おかしいと言えばおかしい。
 じゅげむが金ちゃんを恐がって、距離を取ったりしたらどうしよう。寂しいな、と思っていたがこれは完全に取り越し苦労に終わる。
 チンピラに絡まれた時、じゅげむは金ちゃん手ずからテオに預けられており、テオはじゅげむの安全第一で自分だけ助かろうとするレイニーの障壁に避難していた。
 暴力描写十五歳以下禁の方針でしっかり目隠しもされていて、じゅげむはシャレにならない金ちゃんを目の当たりにはしておらず結果としてセーフだったのだ。助かる。
 また、それだけでなくじゅげむはレイニーに対しても普通だ。
 よく考えたら連行されたお役所で、お役所内では魔法が使えない関係により隠匿魔法なしのレイニーを彼は初めて見たはずだった。
 私は金ちゃんの首輪から放たれたとてもくさいにおいに苦しみながら地下牢に収監されたのでその瞬間を知らないのだが、あとから思えばこちらも金ちゃんとはまた別の意味で関係性の危機だった気がする。
 某うるわしのアーダルベルト公爵を前にしてそのきらきらしさに天使かと思わず問うた感性を思えば、じゅげむに取って新たなる推しとの邂逅となっても不思議のない状況と言えた。
 しかし、じゅげむはそれを乗り越えた。
 こんな顔だったかと慣れない様子でめずらしそうにレイニーを見詰めることはあっても、天使に間違えたりはしなかったからだ。
 なぜなのだろう。
 レイニーの中身がアレだとしても顔面は天使のはずなのにと、うまく言葉がまとまらないまま「レイニーの顔、大丈夫?」などと私がざっくり問うと、じゅげむは「レイニーはレイニーだから」みたいなことを答えた。
 レイニーの顔面はアレでも中身がアレなので、天界の住人かと疑ったりはしなかったようだ。びっくりするほど納得が深い。
 この件に関して、レイニーはノーコメントだった。私も、あえて触れようとは思わない。
 天使っぽさで人類に負ける、天使の悲哀が深すぎた

つづく