神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 219

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回収続行シュピレンの街編

219 カロリーモンスター

 その人が姿を見せたのはアイテムボックスに石窯の通知がぽこりぽこりと二つきて、私が「これ、バターじゃない? バターのっけたらおいしいやつじゃない?」と蒸した紫イモのような果実に手持ちのバターをはあはあしながら加算してちょっとしたカロリーモンスターを手動で錬成していた時だ。
 人様の料理に勝手に手を加えてしまったとやってから思いいたったが、この紫イモは割と素材そのままのこともあり大家の奥さんは気にしなかった。むしろ輪切りのふかしたイモを手に持って、バターを載せろと差し出してくる。逆に気づかいの可能性は残るが。
 イモとバターがもったりとまざり合う口の中の現象をネズミの奥さんや子供たち、うちの天使とうちの子なんかと一緒になって「カロリーうめえ」と称賛してると、玄関の扉が叩かれて外から人の声がした。
 集合住宅の大家さんの部屋は、リビングの扉を開けたらすぐ外のつくりだ。食事用の敷き物から立ち上がり、大家のおじいちゃんがすぐそこの扉を開けて応対に出る。
 次をよこせと急かす金ちゃんにバターのおイモを渡していると、おじいちゃんはすぐに戻った。戻ったと言うか、付き合いの浅い私でも解るレベルの困惑顔で玄関の扉を開いたままに振り返っている状態だ。
 そして、困惑のまま私たちを見て言った。
「オメェらに客だ」
「お邪魔しますよお」
 そしてそれとほとんど同時に、声からしてでっぷりと、そして本体もでっぷりとした巨体メタボのおっさんが小柄なおじいちゃんネズミの後ろから出てきた。
 体に対して玄関のサイズが小さくて、ぎゅぎゅっと詰まってぽんっとなってた。
 ぼよんぼよんと丸い腹。顔はふくふくしく油ぎって光り、汗の浮かんだ首などを布で忙しなくぬぐう。その種族もよく解らない男。
「あれ? なんか見たことある」
「ハプズフト一家の方ですよリコさん」
 覚えてないでしょうけど。と、レイニーが察した感じで教えてくれた。私はそれに、とりあえず雑にうなずいて見せる。
 あー、あれね。あれでしょ。わかるわかる。うっすらと。
 シュピレンの街に到着してすぐに、どこからともなくわらわらと集まってきたチンピラたちのアニキ的ななにかでしょ。多分。
 いや、この人もね。全体的につるっとしてるからやっぱり人族なのかなと思わなくもないのだが、裸のネズミを目の当たりにした今となっては本気でよく解らない。
 そう言えば、この辺はハプズフト一家のシマとかどうとか大家のおじいちゃんが言っていた気がする。
 それを思うと、ハプズフト一家の巨漢のゼルマが出てきても不思議なことはない。かも知れない。故意か偶然かは別として。
 ちなみにゼルマの名前は当然覚えていなかったので、頑なに名前を呼ばず会話を成立させようとしてたら向こうが改めて名乗ってくれた。私の心の善良な部分が「助かる」と「ごめん」の間で揺れている。
 ゼルマは家に入ってくると、その上質なやわらかいお肉がいっぱいに付いた、でっぷりと大きな体でせまいリビングを占拠した。
 本人に占拠するつもりはないのだとしても、大家の奥さんはあわててネズミの子供を追い立てて台所へ続く扉に消えた。
 気持ちは解る。ゼルマ自体がどことなくと言うかお肉いっぱいで圧迫感がすごいし、その後ろに一人控える爬虫類っぽい部下の男がなんとなく恐い。
 私知ってる。大きい組織の幹部に付いた護衛の若い者とかでしょ。そうでしょ。洋物のギャング映画とかで見たわ。
 リビングの床に広げた食事用の敷き物は、元々そう大きくはなかった。そのために、ゼルマがどかりと座っただけでほぼほぼ半分埋まってしまう。
 料理が少し残っただけのトレイを下げたりよけたりしながら、レイニーや私も場所を空けようかとしたがそれは腰を浮かせたところでゼルマに身振りで止められた。
「逃げないでくれませんかねえ? お客人がいなくなったら、わざわざ誰と話しにきたか解らないじゃないですか」
「あー、わざわざでしたか」
「もっとお話したいと思っていたんですよお。先日は、ブーゼ一家のラスさんにいいところを持って行かれましたからねえ」
 豊満なお肉でもっちりもっちり、物理的に迫る男にレイニーと私は顔を見合わす。
 いいところってなんだろう。フェアベルゲンの素材だろうか。と言うか、わざわざってなんだろう。それに我々が今ここにいることが、どうしてゼルマに知れたのだろう。
 そのゼルマはほっぺやあごのお肉を震わせて、憂い深げに首を振る。
「ラスさんはねえ、お顔ばかりは柔和ですがね。腹は真っ黒じゃないですか」
「わかる」
「お客人がたがいいようにされちゃいないか、あたしは心配なんですよお」
 ゼルマがまだ話している途中、ラスの腹が黒いのところで思わず同意の声が口から飛び出た。わかる。なんかそれは、めちゃくちゃにわかる。
 ラスは大体にこにこしているし、一見かなり優しそうに見える。でも、そんな訳はなかった。チンピラたちの上に立つ、ブーゼ一家の幹部なのだあれは。
 実際全然テオは返してくれないし、たまに笑顔がどす黒く見えることもある。あれには暗黒微笑とキャプションを付けたい。
 ラスの優しそうな雰囲気は、人のふところに入り込むための見せ掛けなのだろうなと思う。ああ言うのが一番タチが悪いらしいと聞いた。ホストクラブの番組とかで。
 そんなことを考えていたので、ゼルマの話の後半はあんまり聞いてなかった。
 だが、そのあとも彼はブーゼ一家できゅうくつな思いはしてないか、困ったりすることはないか、しきりに心配してくれた。
 私は察した。
 それ、あれでしょ。ほんとはそんなこと思ってないやつなんでしょ。私、ちゃんと解ってんだからね。
 なぜならば、ゼルマもまた豊満なお肉でチンピラを牛耳る別の組織の幹部だからだ。
 今の職場の不満をつついて女の子引き抜かんとする、キャバクラの波動を感じるの。キャバクラに勤めたことも引き抜かれたことも私にはないが、映画とかで見たの。
 俺だけはお前のこと真剣に考えてっからと、夜の歌舞伎町とかで女の子に夜のお仕事を紹介などするチャラいなにかがゼルマの巨漢に埋もれるように重なってしまう。
 よく知らないのでかなりぼんやりとしたその影は、ビジネススーツとはまた違うびかびかのスーツを身に着けている印象があった。ああ言うスーツはどこで売ってるものなのかしら。やっぱり段々えらくなってくと、チャラいスーツも仕立てるのかしら。
 でもあれだよね。ゼルマにスーツを仕立てるとしたら、布がいっぱい必要になって仕立て屋さんも大変だよね。引退したばかりで減量前のお相撲さんみたいに。
 そんな連想ゲームの要領で私の思考はどんどんずれて、そのずれた流れでもはや元の話題からなんの関係もなくなった「服とかどこで買ってます?」とか言う話をゼルマに振って戸惑わせていた頃だった。
 集合住宅の小さめの扉が外からばーんと開かれて、飛び込むように入ってきたのは顔面をやたらとわくわくさせたうちのメガネだ。
「リコ! ピザ焼こうぜ! ピザ!」
 汗をかき、はあはあ息を弾ませたメガネはそう言って、それから部屋の中にゼルマを見付けて「あれ? 何か見た事ある」と私のようなセリフを吐いた。
 そしてさらに少し遅れて、たもっちゃんはゼルマのそばに爬虫類めいた若い男がいるのに気付いた。その、わずかにはっと息を飲む様が、恐らく誤解を生んだのだろう。
 種族的なものなのか、ただそう言う人なのか。つるつるのうろこにおおわれた男の顔はあまり動かないようだった。
 それなのに、一瞬で。まとう空気がびりびりととがった。
 獣族ともめる人族は多いから、こいつもそのたぐいなのかと身構えてしまう気持ちも解る。だが、相手はうちの業が深いタイプのメガネだ。
 多分だが、彼が思っている感じのことではないだろう。ただそれが、獣族嫌いの人族よりもマシかどうかは解らない。
 たもっちゃんはそわそわと私の隣に屈み込み、乙女のような顔でささやく。
「リザードマンだよ。ねぇ、リコ。リザードマン。やだ、かっこいい……。俺、初めて。あれかなぁ、やっぱりあったかい地域で暮らす種族なのかなぁ。今まで会った事ないもんねぇ。やだぁ、しゅっとしてるぅ」
 たもっちゃん……ゲーム好きだから……。
 なんかで見たことのあるテンプレのファンタジー要素には、ときめかずにいられない体なだけだから……。
 エルフへの偏愛ほどではないにしろ、存在は知っているのに今まで街で見なかったぶんテンションが上がってしまったようだ。こう言う時のメガネは強い。サブカルに毒されたオタク特有のアクとかが。
 その圧に、蔑みとは別のやばさを感じたらしい。リザードマンと呼ばれた男は、思わずとばかりに後ろに二歩ほど俊敏に下がった。
 あまり動かないはずのその顔が、なんだか一層硬いような気がする。
 申し訳ない。うちの変態が、変態で。

つづく