神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 353

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お家とじゅげむと輝かしき推し編

353 頼みごと

 そして、どことなくあきらめの空気をただよわせなんだか遠い所を見ているような気がちょっとだけしなくもないアーダルベルト公爵に対し、我々がある頼みごとをしたのはそれからまあまあ直後のことだ。
 タイミングが最悪すぎる感じはするが、我々は致命的に空気が読めないだけでなく喉元をすぎれはすぐさま熱さを忘れてしまう特性がある。
 だから普段は宝石のようにきらめいている公爵の瞳が薄暗く沈みなんとなく気まずい雰囲気だとしても、てへぺろとお願いくらいはできるのだ。
 いやあ、一応自分でもどうかとは思う。

 我々はその頼みごとのために、公爵と共にぞろぞろと屋敷の裏手へ移動した。
 と言っても、公爵家の屋敷は美しく整えられた絢爛な庭でぐるりと周りを囲まれている。
 実際に用があるのはその庭の先の、公爵家に仕える騎士たちの鍛錬場となっている辺りだ。
 鍛錬場は土を踏み固めた広いグラウンドとでも言うべき場所で、主はともかく普通は客がここまでくることはないそうだ。
 実際の距離は屋敷からそう離れている訳ではないのだが、庭が目隠しになるように計算されているらしく屋敷の中からこの鍛錬場や宿舎の辺りは見ることもできない。
 そのためか少し低くなった鍛錬場へおりるための階段や、鍛錬場に面して建っている騎士や使用人の宿舎は母屋の屋敷に比べるといくらか簡素な印象だ。
 それでもちょっといい宿屋くらいの建物ではあるのだが、どことはなしに舞台裏と言ったおもむきがある。
 だから、こんな場所でいいのかと。
 アーダルベルト公爵は、なんだか困惑したように首をかしげて我々を見た。
「ここで良いのかい? 庭の方でも私は構わないけど」
「家、結構でっかいんで。庭だと芝生とか駄目にしちゃいそうだし、ここでも場所取っちゃうんで邪魔だとは思うんですけど」
 でも今回の渡ノ月は自分たちの家ですごしてみたいし、なんならちょっと自慢もしたい。
 公爵に答えるメガネがそんなことまで隠さず言って、子供たちと遊んでるところを呼び戻し連れてきたレイニーに向かってうなずいた。
 一緒に付いてきたじゅげむや、じゅげむと手をつなぐ有能執事のところの末っ子の少年。少年の父である有能執事がまたなにを始めるのかとなんとなくちょっと心配そうに、それか困惑気味に見守る中でレイニーが地面にびかびかとムダに輝くなんの効果もない魔法陣を鍛錬場の地面に広く展開させる。
 そこへ、たもっちゃんがすがさず魔法陣とは一切なにも関係がないのにさも魔法陣により召喚されたみたいな感じで、アイテムボックスからエルフ製作の古民家を出した。
 正直、公爵家の関係者に関してはドアのスキルとかもぶっちゃけているのでなにもかも今さらではあるのだが、結構大きめの家がアイテムボックスから出てくると普通にびっくりするらしいのでメガネなりに気を使い召喚魔法に偽装することにしたようだ。
 ただし、これが本当に気遣いになるのかどうかは知らない。
 このびかびかとした偽装召喚の魔法陣により宿舎で休んでいた騎士などがなんだなんだと出てきたが、我々がいるのに気が付くと「ああ、なんだ」みたいな感じですぐにトーンダウンしていた。
 なんでなのかとあとから聞くと、騎士たちは「なにもなかったはずなのにいきなりそこそこの家があるから一応おどろきはしたのだがよく見たらお前たちがいたのでこう言うこともあるかと思った」みたいな感じで口をそろえた。この謎の説得力よ。
 ちなみにこの日本ふう古民家偽装召喚の現場にはレイニーや子供らにくっ付いて金ちゃんも一緒に戻っていたが、私の頭をぼよぼよとボールのように弾ませておやつを要求するお仕事で忙しそうだった。金ちゃんは、いついかなる時も金ちゃんなので。

 王都のアーダルベルト公爵家、その裏手にある広めのスペースに突如現れた謎の古民家。
 どこまでも不審でしかないこの存在は、しかし意外にウケがよかった。
 ウケたのは公爵家の人たちだ。
 特にその主たるアーダルベルト公爵は、そわそわわくわくとした面持ちで縁側から古民家の中を覗き込む。
「これがエルフの? 道理で。見た事のない様式の家だね。珍しい。面白いねぇ」
「旦那様、旦那様ご自重下さい。旦那様」
 ほとんど這うような格好で外に面したぬれ縁に片膝と両手を突いた公爵を、有能執事がたしなめながらまあまあ雑に引き戻す。
 その少し横。
 公爵がいるのと一続きになった縁側で、たもっちゃんは腕組みしながら腰掛けてなぜか無意味に意気揚々とくいっとあごを上げ気味に語る。
「公爵さんなら解ってくれると思った。公爵さんならこの家のよさを解ってくれると思った。そうでしょ。凄いでしょ。エルフの家、凄いでしょ。公爵家の人なら大体の事は飲み込んでくれるって当て込んでたのもあったけど、このエルフの真心と技術の粋がしみ込んだ家を誰かに見せたかったし、それにほら。じゅげむ、やたらと公爵さんの事好きじゃない? あの子やっぱりこの家収納した時に一緒に机と棚もしまわれて悲しい顔しててさ。とりあえず可能な限りのなる早で家と机と棚出して、なくなってないよって言いたかったんだ。その点あれよ。公爵家ならいきなり家が現れたところで騒ぎになったりもしないし、公爵さんいるし、自慢もできるしで抜かりないって言うか」
 若干鼻息を荒くして、よく聞くと言わなくていいロクでもない本心までもメガネはボロボロとこぼしすぎていた。が、全然誰も聞いていなかったのでセーフだ。
 私は吊るせるタイプの鍋を片手に持って示しつつ、その滔々としたひとりごとを止める。
「たもっちゃんたもっちゃん。みんな湯豆腐食べてみたいって言うからさ、準備して。準備」
「いいけど……何でそんな話に」
 この世界には多分湯豆腐の概念もないだろと。たもっちゃんは鍋を受け取りながらに不思議がったが、そこはほら。
 私が誘導したって言うか。
 メガネが気持ちよく話している間にやいのやいのと集まった公爵家の騎士や使用人たちが古民家の床に切られた囲炉裏をめずらしがって興味を持って、だったらちょうどいいからここで湯豆腐でもしようぜと、すかさず提案しておいたのだ。
 エルフの里で試作した、色んな種類の豆で作った色んな種類の豆腐はまだまだアイテムボックスの中にある。
 人にいっぱい食べてもらって感想聞いたら品質向上につながるような気がするし、秋の終わりのこの時分、湯豆腐の会は何度あってもよいものなのだ。
 公爵さんも湯豆腐のために囲炉裏の部屋に上がり込み、そしてやっぱりわくわくと人前で靴を脱ぐのって恥ずかしいねえと笑ったり植物を丸く編んだ座布団だけで床に座るのをめずらしがったりしていた。
 囲炉裏端に座る公爵に火の粉を飛ばすようなことがあってはいけないと、比較的囲炉裏に慣れていて我々の中でダントツ慎重なテオが火の番を買って出る。
 執事を筆頭とした使用人たちが過不足なく公爵の世話を焼き、それだけでなく我々の面倒まで見るので湯豆腐の準備をするメガネはともかく私はうつわや調味料を必要なだけぽいぽい提供するマシーンと化す。
 ヒマになって周囲を見ると、囲炉裏の部屋の端っこの、台所をかねた土間に面する隅の辺りにレイニーや金ちゃんが密集していた。
 そこはじゅげむのために用意した机や棚を置いてある辺りで、よく見るとその本人もいる。
 じゅげむは執事のところの末っ子の手を引き古民家の中に招き入れ、たもっちゃんがエルフに依頼して作ってもらった机と棚の素晴らしさを熱弁しているようだった。楽しそうでよかったなと思う。
 その内に男の子二人は葉っぱの紙にお絵かきを始め、割り箸を削ったみたいな木の棒をインクにひたしたその先で、覚えたばかりと言った感じの互いの名前をよれよれと一生懸命に書いて見せ合ったりもする。
 ぴかぴかとうれしそうに顔を輝かせ、それでいてちょっとだけ恥ずかしそうな。じゅげむのそんな姿を囲炉裏のほうからそっと見て、よく解らんが私はなんだか尊いものにウッと心をやられてしまった。
 じゅげむが年の近い子供と自らコミュニケーションを取り、お手伝いでもなんでもなくただ遊んでるってだけでごはん三杯はいける。
 そんなことを思っているとじゅげむがなにか書かれた葉っぱの紙を一枚持って、そっとすり足のように近付いてきた。囲炉裏に火が入っている時は特に走ってはいけないと、教えたことを守っているようだ。えらい。
 そして、レイニーに文字を教わったのだろう。「まちがってない?」と見せられた紙には、きしさまありがとうと書かれてあった。
 じゅげむはこののち、自らしたためた感謝の手紙と厳選したぴかぴかの石に吸血玉虫の素材でもって、シュピレンでカバンをくれた騎士に対してお礼と言う名の容赦ないファンサを仕掛けることになる。

つづく