神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 151

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力業で人助け編

151 家族
(※精神的に残酷な描写が含まれます。ご注意ください。)

 その家は、森の中にぽつりとあった。
 本当に唐突に、そこまで続く獣道さえもない。きっとここにたどり着けるのは、正確に場所を知っている者だけだろう。
 闇に紛れて空を飛び、木々に隠れるようにしており立つ。と、小さく素朴な山小屋のような、見るからに慎ましやかなその家はやはりすごく燃えていた。そして、なにやらモメている。
「娘を差し出す気になったか?」
「ふざけた事を……!」
 尊大に問うのは、あごやお腹に余分な肉を貯えた頭の薄い中年男だ。私の節穴の目で見ると五十くらいに思えるのだが、中年って何歳までだろう。
 対してギリリと奥歯を食いしばり、それをにらみ返す男はもっとずっと若かった。せいぜい三十手前に見える。
 彼らはよく燃える小屋のそばにいた。尊大な薄毛の中年男は農具を持った十人近い集団に守られ、地面に屈み体をよせ合う三人の家族を見下ろしていた。
 私は自然と、なんとなく、この三人を家族だと思った。
 それは一人が家長のように大きな背中で残りの二人をかばっていたからかも知れないし、地面に座り込んだもう一人の大人を、少女が必死で抱きしめていたからかも知れない。
「たもっちゃん。一応聞くけどさ、どっち?」
「あっちの、男二人に子供一人の方。大人が一人、げほごほしてんでしょ? あの人に薬あげなきゃいけないっぽい」
「あっ、あれ男の人なの?」
 げほごほしてるのは少女がきつく抱きしめたほうの大人だが、一人では座っているのも苦しいのだろう。長い髪をゆるく束ねたその人は小柄な少女にほとんど頼るようにして、どうにか起き上がっているふうだ。
 逆に言うと、小柄な女の子でも支えられるほど、その人は細かった。体調を崩して長いのかも知れない。
 これはあかん。三文芝居をくわだてている場合ではなかった。
 なんかもう雰囲気とかすごいやべえし、どさくさまぎれに勢いで薬飲ませちゃおうぜと我々はあわてて森から飛び出した。
「どうもー! 怪しいと思うけど怪しくないでーす!」
「通りすがりでーす! おや! 具合悪そうですね! 偶然にも! ここに! いい感じのお薬が! どうですかお一つ!」
「まぁ。下手くそ」
 言いたいことは解るけど、レイニーちょっと黙ってて。
 なんだお前らはと騒ぐ農具武装集団に、お前達こそなにをしているとテオが底冷えのするような声を出す。
 レイニーの上司さんから天界の指令を受けたとも言えず、うちのイケメン冒険者にはちょっと用ができたとしか言ってない。
 それでよく付いてきてくれたよなとか今さらながらに思いつつ、私は病人の痩せた手を取り万能薬の丸薬を載せた。
 するとその青白い顔が、さっと強張り息を飲む。
「まさか、こんな……万能薬? しかし、効能が……」
「あ、もしかして鑑定スキルあります? よかった。どうやって信じてもらうか困ってたんです。怪しくないって解ったら、早急に飲んでもらっていいですか?」
 お願い。早く。マジでマジで。
 諸事情によりめちゃくちゃこげたにおいとかするけど。本来水薬の万能薬が、固形の丸薬になっちゃってるけど。効果はあるから。
 たもっちゃんのカバンから出すと装ってアイテムボックスから体にいいお茶も出し、カップにそそいでさあさあと迫る。
 なんかさ、考えさせてはいけないような気がするの。
 さっき、万能薬を持たせる時に気が付いた。病人は苦しい胸を押さえるように懐に片手を差し入れていたが、でも違う。懐に、短剣を隠し持っていたのだ。
 短剣は鞘からわずかに引き抜かれ、いつでも使える状態に見えた。
 力なく、自分一人で座ってもいられない状態なのに。いざとなったらこの手で殺す、みたいな暗く堅い意志を感じる。
 戦時下の武家の奥方か。
 思い詰めかたがガチじゃんよ。
「もー、飲んで。とりあえず飲んで。話は全部それからだ!」
「ねえ、ちゃんとした薬なの?」
 私がお茶と万能薬でぐいぐい病人に迫っていると、少女の声がそう問うた。
 ただし問い掛けは私ではなく、彼女が抱きしめ背中を支えた家族のほうへ向いている。
 病人は青白い顔を苦くしかめて、それから
しぶしぶわずかにうなずいた。
 少女はそれに、迷いなく言い切る。
「だったらお飲み。本物の薬なら、代価はなんだって払ってやるわ」
 少女は若く、まだ十代の半ばほどに見えた。なんだろう、この頼もしさ。
「なんでもはいらないけど、そこそこ感謝してくれたらうれしいかな」
 うっかり笑ってそんな話をしていると、ふっと周囲が暗くなる。たもっちゃんが魔法を使い、山小屋の火を消し止めたからだ。そしてすぐ、レイニーの照明魔法が白っぽく周囲を照らして灯る。
「つうかさ、何なの?」
 農具で武装した集団と、にらみあうテオともう一人。三人家族の家長らしき男性の横に一緒に並び、たもっちゃんが首をかしげる。
「家燃やすとか、普通じゃないでしょ。この人達が何かしたとか?」
「違う!」
 怒りだろうか。弾けるように男性が叫ぶ。
「仕掛けてきたのはあちらだ!」
「身の程知らずめ! 結婚を断ったりするからだ!」
 余分なお肉をぶるぶる揺らし、わめく薄毛の中年に「ええ?」と思わず声が出る。そう言えばさっき、娘がどうとか言ってたな。
「おっさん自分の年考えなさいよ」
「わしではないわ! 息子の嫁だ!」
「息子いくつよ」
「さ……三十……」
「充分年の差えぐいじゃねえか」
 瞬間的に口から本音が飛び出たあとで、もしかしたら娘が若く見えるのかもと思い直した。それで本人に年を確かめてみると、もうすぐ十四になるそうだ。有罪だった。
 異世界の法律的には問題ないんだとしてもさ、あるじゃん。ほら、気持ちとか。
「おっさんマジで勘弁してよー。相手まだ子供じゃん。本人がいいっつってもびっくりすんのに、そこを強引にとか。ないわー」
「我が家は代々の大地主だぞ! それを、移民の、卑しい娘を正妻に迎えると言っている! なにが不満だ!」
「いやいや、そう言うとこでしょ? 縁談断っただけで焼き討ちにくるメンタルが最高にダメだよね。そんな家に嫁になんか行けないし子供もやりたくないよね、絶対」
 なんで解んないんだろと思ったが、それが解る理性があるならそもそも人の家など焼きはしないなと気が付いた。
 たもっちゃんが振り返り、眉を下げて首を振る。
「リコ。駄目だよ。話通じる訳ないよ。自分の利益しか考えてないもん。真っ正面から正論言ったら激昂しちゃうよ。逆切れだよ」
 やだー、こわーい。とか言って、メガネと二人で声をそろえる。
 大地主らしいおっさんが顔と頭皮を真っ赤にさせてぶるぶる怒りで震えていたが、正直煽るつもりでやった。
 まあまあの大成功にヘラヘラしている我々を、片方の眉を上げながらあきれた様子で見るのはテオだ。そして妙にしみじみと、「お前達は似た者同士だな」と評した。多分、ほめられたんだと思う。
 余分なお肉と薄毛の下の頭皮から湯気でも出しそうな勢いで、大地主のおっさんはお怒りだった。どう考えてもあちらの言いぶんがおかしいと思うが、多分、この辺りではそのめちゃくちゃな理屈が通されてきたのだ。
 ホントかどうか知らないが、大地主と言う響きには地元の有力者っぽいイメージがある。実際、今だってこの理不尽な暴力に農具をたずさえ加担する者がこんなにもいる。
 これはなんかもう、話通じる訳ねえなって。
 たもっちゃんの背後に忍びより、その腰のカバンに手を突っ込んで偽装しながらアイテムボックスから草を出す。乾燥させた草の束をメガネに見せてうなずくと、メガネもこちらに向かってうなずき返した。
 悪いことを考える時、不思議と以心伝心の精度が上がる。
 モノマネを織り交ぜつつマッチの魔法で着火して、やたらと煙を上げ始めた草をおっさんたちの足元に投げる。農具で武装した集団は、こんなもの、と鼻で笑った。
 その顔色が変わるのは、たもっちゃんが障壁で彼らを囲んで閉じ込めてからだ。障壁内部が煙で薄く満たされて、あせり始めたおっさんたちがばたばたと倒れる。
 折り重なって強制的に眠りに落ちた年齢層高めの集団を、たもっちゃんと私はざっまあとばかりにゲス顔で眺めた。
 眠くなる草、ホント恐いくらい効く。
 とりあえず静かになってから、男と男と少女の家族三人にこれからどうするかと問うと、とにかくこの地を離れると言う。
 使える家財は残ってないか、探しに入る彼らと共に家の中に足を踏み入れた。
 そして、出会った。出会ってしまった。

つづく