神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 222

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回収続行シュピレンの街編

222 雨の街

 砂漠の雨季は気まぐれだ。
 と、強い日差しがあっと言う間に雲に隠れて痛いような豪雨に見舞われる中で思った。
 その時、私たちは傘やマントを装備して徒歩で移動中だった。裸のネズミの大家さんたちに依頼が終了したことを告げて、帰路についた途中のことだ。
 帰るだけなら船で飛んでしまえば早いし、途中までは実際そうした。
 それをおり、わざわざ歩きで立ちよったのは獣族が多く住むらしいハプズフト一家の区画の服屋だ。抜かりない私は興味の向くままゼルマに聞いて、大きいサイズの服を扱うお店の場所を教わっていたのだ。
 この世界にも既製服の概念はあるが、サイズはかなりざっくりとしていた。服の形はしているが、大体はそれをサイズ直しに出してから着る。
 それならオーダーメイドより格段に安いし、器用な人なら自分で手直しもするようだ。
 ただゼルマほどの巨漢になると、さすがに通常の既製服では対応できない。そして既製服にサイズがないと、仕立て屋にオーダーメイドで頼むしかないのだ。
 しかしそんなお財布につらいゼルマにも、着られる既製服がある。
 それがあるのは獣族たちが住む街の、体の大きな獣族たちが利用する服屋だ。彼らにはその大きさが標準であるので、大きなサイズの既製服もまた当然用意されている。
 私はこれに喝采を叫んだ。
 オーダーメイドって言われると本能的に私のお財布と腰が引け、冬をイエティのようにすごさせてしまった金ちゃんの。
 そしてあったかくなったらなったで腰布だけの、基本半裸の金ちゃんの服がいよいよ買えてしまうのではないかと。
「買いましょ。金ちゃんに着せるシャツとか買いましょ。上半身むき出しで肩車してるとなんか汗とか心配になるし」
 我々はそんな話をしながらに、ちょっとだけうきうきと雨の街を歩いていたのだ。
 そして、とある小さな商家の前を通り掛かった時だった。
「しつこいねえ! そんな生地、売り物になりゃしないんだよ」
「あっ」
 みたいな。
 ちょっと小耳にはさんだだけでもなんかもめてるとものすごく解る、そんな会話が割と至近距離から聞こえた。
 そしてそれとほとんど同時に。大きい雨粒が降りそそぎ、側溝に向かってざぶざぶ流れる路面の上をなにかがズシャーっと滑るように横切って行った。
 ペンギンだった。
「嘘でしょ。ペンギンって砂漠にいんの」
「いや、でもあの白と黒の弾丸のような流線型は……」
 私とメガネがざわついて通りすぎた物体を思いっ切り目線で追い掛けていると、それは丸みを帯びた流線ボディで滑りながらに向きを変え、はねるように飛び上がる。そして意外に俊敏に、ぬれた路面にスタッと立った。
「でけえ」
 雨に打たれてぬるりと光るその独特に進化した鳥は、見た目は地球のペンギンだった。
 でもでかい。背丈が私と同じくらいあった。
 ペンギンてあんなでかくないよねと、揺らぐ自分の常識に私はメガネに助けを求める。
 こちらは安心したいだけなので「そうだよねびっくりするよね」くらいのことを言ってもらえたらよかっただけだが、たもっちゃんはエリートレベルのコミュ障だ。そう言う空気は察しない。私も生え抜きのコミュ障なので、人のことは言えないが。
 その結果、聞かれたことに忠実に答えるマジレス方式で返事があった。
「地球の皇帝ペンギンは大きいって聞くけど、それでも多分一メートルとちょっとってとこかなぁ」
「地球のペンギンも結構でけえ」
 なんかそれ、イメージしてたペンギンと違う。
 しかもこの異世界で、目の前にいるペンギンは皇帝ペンギンよりさらに大きい。なにこれこわい。だが丸い。ペンギンの体はしゅっとしながらずんぐり丸い。その辺はかわいい。しかしでっかい。もう訳が解らない。
 なんだこれと思っていたら、普通にそう言う獣族だった。
 彼か彼女かは知らないが、心なしかしょんぼりと。小さく丸い黒い頭をうつむけて、ペンギンはとぼとぼと歩いてこちらに戻った。
 そして我々の前を通りすぎ、小さな店の前に屈んで散らばる布をのろのろと拾う。路上に落ちてびちゃびちゃの、雨水を含んだいくつもの布を大切そうに集める姿がものすごく切ない。
 なんかあからさまにもめてたし、ペンギンはすごい勢いで滑って行った。
 もしや店員に突き飛ばされたのかと思ったら、そのイタチのような店員も雨の中に飛び出して布を拾ってあげていた。いい人だった。どうやらペンギンが敷居につまずき、自分ですっ転んだだけらしい。
 転んだだけで道を横断する勢いで滑ってしまう罪作りボディ。それがペンギン。土魔法で固めたような街の路面がぬれていたのも一因の気はする。
 あまりに目の前のできごとで、散らばる布を我々も思わず拾っていたら途中でメガネが挙動不審に布のかたまりを揉みしだき始めた。
 その様に、私はつい心配になる。
「たもっちゃん、無機物はさすがにレベルが高すぎると思うの」
「……待って。リコの中で俺はどんなことになってるの?」
 たもっちゃんは理解を超えると言わんばかりの表情で、逆に私を恐れるように見た。
 いや、なんか。びっちゃびちゃの布を揉んだらおっぱいの感触に近いんだとか言い出しそうな感じがしたの。
 あれでしょ。なんかこう、おっぱいを愛する人類は誰しも時速五十キロだが六十キロだかの向かい風を手の平に感じたい時期とかがあるんでしょ。思春期の中学生の頃とかに。
 一心に布を揉むメガネを見ていたら、その延長でなんかこう。ネクストステージを開きそうな雰囲気がさあ。
「確かに個人の自由だとは思うんだけどこの異世界でエルフが生ものとなった今、エルフへの感情と無機物への恋慕はたもっちゃんの心を二つに分離させることなく矛盾なく共存できるものなのかしら。私、心配。たもっちゃんをなんだか遠くに感じるの」
「俺はリコの発想が豊かすぎて恐い。そう言うの自己紹介って言うんだ。俺知ってる。そもそも自分の中に概念がないと、人間って差別的な発言すら出てこないんだ。違うから。生地が見たくてちょっと水切ってただけだから。無機物への恋慕はないの。俺、エルフを信仰してるだけなの。いや、これさ。布。織ってるんじゃなくて、編んでるんだよ。毛糸のセーターとかさ、平編みじゃない? あれを木綿の糸で編んでくと、見た目は普通の布っぽいのに横方向だけ伸縮性を持った生地になってそれって」
「たもっちゃん」
 長い。そして要点が見えない。そんな気持ちを込めて呼ぶ。
 あと、自分では差別しているつもりはほんとに全然なかったが、無機物に恋をすると言うことに対してあまりに無理解だったかも知れない。いや、無理解って言うか。理解は正直ムリだけど、その上で。解らんものは解らんだけで、踏み付けていい理由にはならない。
 反省だ。これからはメガネに対しても、そのメガネの性癖ではなくメガネの起こす迷惑行為を標的にガンガンに踏み付けにして行きたいと思う。結果として、踏むのは踏むが。
 回り回って私の心にエルフの安全できるだけ守るマンが密かに誕生したことも知らず、たもっちゃんは手の中の揉みしだくように水をしぼった布を見せて端的に言った。
「これ、多分Tシャツ作れると思う」
「買おう」
 なぜそれを最初に言わぬ。
 私はな、本来Tシャツとジャージが正装なんだ。
 神クオリティのコスプレイヤーが推しの姿で撮影エリアに現れた時のオタクのように、我々は恐ろしい素早さでペンギンを囲んだ。
 たもっちゃんと私だけでなく、あんまり目的の解ってなさそうなレイニーと金ちゃんも一緒に囲む。ペンギンがめずらしかっただけかも知れない。まあ解る。ペンギンと言うか獣族だけど、あの流線ボディは見てしまう。
 日除けと防水の機能を備えた革製品に身を包み、はあはあと詰めよる我々があまりに不審すぎたのか。
 いや。それともやはり革の帽子とマントにうもれるうちの子を、さらに肩車したトロールに、なんとなくすんすんにおいをかがれて身の危険を感じたのだろうか。
 布、売って。これ。この。布。売って。俺、買う。値段。言え。これ。買う。――と。
 パッションが渋滞しカタコトになった我々の前で、ペンギンは白黒の体をもっちり硬直させていた。
 大丈夫だろうか。ペンギンて、命の危険を感じると自ら仮死状態になる習性でもあるのか。あれって野生動物の生存戦略的にどうなんだろうと長年疑問に思っているが、今はちょっとそれどころではない。
 Tシャツ作ろうぜTシャツと。
 我々は都合よく目の前にあった仕立て屋にペンギンの白黒ボディを押し込んで、レイニーに魔法で洗って乾燥までされつつこう言うの作りたいのと一方的に伝えた。

つづく