神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 141

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謝罪行脚編

141 ボッシュー

 公爵からはお説教があり、ユーディットからはお叱りを受け、全ては終わったかに思われた。
 完全に我々の油断によって起こってしまったメガネと私の一時行方不明事件及び、ご心配をお掛けした各位への謝罪のことである。
 しかし、違った。まだだった。
 まだ、王子が残ってた。
『師匠、王都にいらしたなら、なぜわたしにも顔を見せてくださらなかったのですか?』
 自分はそんなに存在感の薄い弟子かと。
 通信魔道具を通して届く少年の声は、例のあの、あざとい感じに憐れを誘う表情で実際泣いているんだろうな、と。確信を持たせる雰囲気があった。
 我々がこの前の秋頃に、大森林の中で出会った少年は今もうちのメガネが大好きだ。そうでないなら大体毎晩、専用の通信魔道具が王子の着信を知らせることもないだろう。
 これはメガネがドアからドアへとボッシュートされ、不在だった期間も変わらず魔道具は毎日鳴っていたそうだ。
 だがその頃の魔道具の板はトロールの広い背中にあって、そして金ちゃんはメガネではなくテオやレイニーと残されていた。
 そのメンツだと通信魔道具に対応するのはテオしかいないが、しかしあの男の大体は常識とかでできている。
 いまだ本人から名乗られたりしてないと言うだけで、たもっちゃんの弟子を自称する少年が王子であるのは明らかな事実だ。
 たもっちゃんはいないし、いないと知れば理由を問われ、理由を話すと多分泣く。かと言って王族相手に嘘はつけない。
 さすがに対応できないと、魔道具から王子の曲が鳴るたびにテオは半分死んだような顔をして居留守を使っていたらしい。
 しょうがない。なんかそれは、しょうがない。テオの胃は無事だろうかと心配になる。ホントごめんな、うちのメガネが。
 たもっちゃんはのちに、渡ノ月にしぶしぶと、文明社会に復帰した。それから今まで普通に魔道具を通して王子と何度も話してはいた。ただ、なんとなくめんどいと言う理由から行方不明になっていた事実は伏せていた。
 それが今、なぜか思い切りバレている。
「えー。いやー、俺らも色々忙しいって言うかー」
 たもっちゃんは霧深い森の中、通信魔道具の板に向かってずれてもいない黒ぶちメガネを直しながらに言い訳をする。
「あんま心配掛けたくなかったって言うかー。言ってもしょうがないって言うかー」
『あんまりです、師匠』
 近くで聞いていただけの私も、後半のは本音すぎるのではと思った。そうしたらやはり、そうだったらしい。
 行方が解らなかったとあとから聞いて、どれだけ胸の潰れる思いをしたか。と、高級まな板みたいな魔道具の向こうで、王子がしくしくすすり泣くのが聞こえる。
 これはまずいとあわてるべき場面だが、しかし我々もなんだかんだでこの少年とは結構付き合いを重ねてきている。そのために、今ではなんとなく解るのだ。こいつ、とりあえず泣いとけば大人が折れると知ってると。
 たもっちゃんは特になぐさめようとはせずに、普通に会話を切り替えた。
「て言うか何で王都にいたって知ってるの?」
『アーダルベルトが父上と話しているのを聞きました』
「あー」
 たもっちゃんと私はハモった。
 公爵か。リーク元。
 ボッシュートからの行方不明事件も、多分そこからばれたんだろう。
 師匠はひどい。もっと弟子に気を使って欲しい。それといっぱい会いにきて、料理とかを教えて欲しい。
 さりげなくなかなか会えない遠距離恋愛みたいな主張を織りまぜ、自称弟子である一国の王子はさめざめとそんなことを訴えた。
 前もこんなことがあった気がするが、彼はまだ若いのだ。恋心はいまだに熱いままらしい。恋って言うか、手早くそれなりの仕上がりになる料理のレシピが目当てっぽいが。
 結局のところ、王子の話に着地点はなかった。
 通信魔道具に込められた魔力を使い切るまで延々と、さめざめと不義理を責められただけで終わった。それも相手をしたのはメガネ一人で、私らは体にいいお茶をすすりながらに終わるのを待っていたにすぎない。
 我々がいるのは、夜の大森林だった。
 公爵家からクレブリの孤児院に移ったのはいいものの、やはりユーディットのお小言が止まらず、やだ! バイトの時間! みたいな感じで逃げ出してきたのだ。
 だが別に、この前の夏や秋頃そうしたように、冒険を求めて大森林をさすらおうと言うつもりはない。
 それに、よく考えたら私には元々冒険を求める心はなかった。
 我々には目的があった。
 明確な、そして急ぐべき目的が。
 そう。ドラゴンさんの巣の下に自然発生的に誕生したと言う、そこそこの規模のダンジョンを調味料に特化したダンジョンに育てることである。
 いやー、お待たせ! とか言って。メガネは充電の切れた通信魔道具の板をかかえて、待ちくたびれた我々の所にごめんごめんと謝りながらにやってくる。
 辺りは暗い時間だが、レイニーが光の魔法を空中に浮かべて視界は割と良好だ。そしてその光が届く範囲には、切り立った岩の壁にそうように、少し向こうに倒れる形で斜めになった木の扉が見える。
 それは先日取り急ぎ大森林を去る前に、たもっちゃんがえっちらおっちら手持ちの材料で取り付けた日曜大工なりに頑丈な扉だ。
 その向こうには地下へと続く深い深い穴が開き、今まさにダンジョンが成長している真っ最中のはずだった。調味料ダンジョンの入り口である。
 扉が直接作り付けられた岩肌は、上を見てもその頂上がどこにあるかも解らない。辺りに立ち込めている霧のせいもあったし、岩山のてっぺんが高すぎるせいでもあった。
 ドラゴンの巣があるこの山は、広大な大森林で最も高く険しいそうだ。
 ユッタンから逃げるついでにここまできたが、正直メガネはダンジョンではなくエルフの里に行きたいとでも言うかと思った。でも、違った。むしろ今はダメだと言った。
 いわく、すでに日が暮れ時間が遅すぎるとのことだった。夕食時に押し掛けて嫌われるのは嫌だとか言ってた。そのエルフ限定のちょっと臆病なジェントル感はなんなの。
 王子の話が終わるのをぼーっと待ってた私と違い、テオはその辺で拾ったちょうどよさそうな木の枝で素振りなどをしていた。
 それをぽいっと捨てながら、扉の前のメガネのところへ歩みよる。
「裾野とは言え、やはりこの辺りも空気が薄いな。鍛錬には丁度良い」
「高地トレーニング扱いなの?」
 男子二人でそんな会話をしながらに、たもっちゃんは少しきしむ扉を開く。そのあとに続くのは剣の鞘を押さえるテオに、わくわくしているレイニーや金ちゃん。そして一人で外に残されても困る私だ。
 そして、最後にもう一人。一頭か、一匹かも知れない。
 びかびかとメタリックに輝く背中に付いた、小さな羽根を忙しく動かし付いてくるのは二歳児サイズのドラゴンだ。
 このでき掛けのダンジョンは、ドラゴンさんのウロコや爪などの素材が堆積して発生したらしい。一応挨拶でもしとくかと、最初に顔を見に行った。
 その時、やられたのはメガネとテオだ。
 ドラゴンの巣はかなり高い場所にある。飛行魔法で一気にのぼり、ドラゴンさんとちょっと話をしていたら頭痛とめまいを訴えた。気圧の変化に体が対応し切れなかったようだ。
 気圧がアレなら気圧をアレすればいいじゃない。と、ふらっふらになりながらメガネは自力で気圧高めの障壁を作ってどうにかしのいでことなきを得た。大体の魔法、つよい。
 そんな中、家主であるドラゴンさんは絶望めいておろおろとしていた。
 どうやらいまだ自分の巣穴からメガネと私が吹っ飛んで行った光景から立ち直れずにいたのに、さらに我々が勝手にきて勝手に倒れると言う新しい心の傷で追い打ちを掛けてしまったらしい。
 こんなワシでも、魔獣除けくらいには役立つだろう……。みたいなことを気弱に言って、ものすごくしょんぼりしながらも我々を心配しダンジョンまで一緒にきてくれた。
 どう考えてもあれもこれも我々の自爆でしかないが、ドラゴンさんは繊細なのだ。

 ローバストの事務長が徴収して行ったぶんの通信魔道具が鳴ったのは、我々がダンジョンの中でねばって手に入れたうなぎのタレをうちのメガネが犠牲となって一人でさばいたでっかいミミズ、シュランクフライシュにひたして焼いた薄目で見れば完全なるうなぎのかば焼きを泣きながら食べていた時だった。
 ちなみに泣いていたのはメガネとテオと私の人族三人で、そのほかの天使やトロールやドラゴンはなにこれおいしいともりもり食べた。ねたましい。食材のヴィジュアルにとらわれることのない、そんな彼らの素直さが。
 魔道具を通した声だけでも解る。
 事務長は、静かにキレていた。
 どうしたのかと思ったら、我々のボッシュート事件が今になり耳に入ったようだった。

つづく