神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 157
noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212
小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/
力業で人助け編
157 異世界の春
そんなに心配だったら板の通信魔道具でも持っとく? それで、お迎えの頃になったらそっちから連絡してくれる?
と、たもっちゃんは一応テオに提案していた。だが仕事中に持ち運ぶにはかさばると、苦渋の決断みたいな顔で断られてしまった。
普通の通信魔道具と比較すれば小さいが、それでも高い寿司屋のまな板ほどだ。しかもアイテム袋にも入らないから、そのまま持つしかなくて絶妙に困るサイズ感だった。
仕方ない。かさばって困る事情も解る。
代わりに体には気を付けるのよとか言って、そっと保存食や薬をこれでもかと持たせた。
それから一人の仕事は久しぶりだと旅の準備をするテオに、ついでに我々もくっ付いて街で装備を整えた。
と言っても減ってきた食材や、私がカバンやブラシを買ったくらいだ。
カバンについては悩んだ結果、思い切りでっかい背負い袋と前のと似ている肩掛けタイプの両方を買った。
これはちょっとした懸案事項だったので、やっと片付いてほっとした。大森林にふっとばされて迷子になってしまった時に、肩掛けカバンを失ったままになっていたのだ。
中にはヘアブラシやハンカチなんかが入っていただけだが、よく考えたらあのカバンもこの世界へきた時に自動的に装備されていた品だ。もしかしたら、神のアイテムと言うべきものだったのかも知れない。
もうすでに失っているので無意味だが。
それに、同じく自動的に装備していたズボンはファンゲンランケでバリバリになり、靴にいたっては結構早い段階でなくした。
最近になって発見されていたことを知ったが、革製のありきたりな靴はぶよぶよにふやけた上で変に乾いて、今はヴィエル村の食堂に折れたナイフと飾られている。
なぜなのか。やっぱり飾らなくてもいいのではないか。初期装備の靴のことを思うと、そんな気持ちがいっぱいに広がる。
全体的に神のアイテムの末路がひどいが、機能も特別な耐久性もない。形あるものはいつか壊れる諸行無常の響きだけを感じる。
こうして私の持ち物は大森林でなくしたり大森林とは関係なくダメになったりしている訳だが、奇跡的に無事だったものもある。
エルフの少年からお礼にともらった、魔獣除けのお守りだ。
エルフのお守りは魔道具らしく、アイテムボックスには入らない。だからカバンに突っ込んでおくしかなかったのだが、それがどうして無事かと言うと突っ込んであったカバンが私のものではなかったからだ。
絶対大事にするからとメガネがキモいくらい熱心に訴え、お守りの管理は俺に任せろと言い張ったためにそうなった。
エルフの気配をいつも身近に感じていたい。そんな下心がとてもよく見える熱弁だったが、今回はそれが奇跡的にいいほうへと働いた。
危ないところだった。
たもっちゃんの熱意に負けて預けてなければ、エルフの誠意でいっぱいのお守りも一緒になくしてしまっていただろう。
「変態の危機管理能力すごい」
「リコ、絶対今何かろくでもない事思ってるよね」
うん。
私の呟きに反応し、たもっちゃんが船首から振り返るので力強くうなずいておいた。
たもっちゃんとレイニーと金ちゃん。それに私はボロ船に乗って、ローバストから大森林の間際の町へと一直線に飛んでいた。
テオは予定通りに置いてきたので、メンバーはこれで全員だ。
彼だけ単身赴任になってしまうが、お父さん寂しいからみんなで行こうと言い出したりはしなかった。優しさである。たもっちゃんをこれ以上、人間界に引きとめてはいけないと気を使ってくれたのに違いない。
それでも別れ際にはあちらの仕事が終わった頃を見はからい、絶対に迎えにくるように。と、やはり何度もしつこく言い含めるように念押しされた。
いやいや。なにをそんなに必死になって。
我々がテオのことを忘れるはずないじゃないですか。
みたいな気持ちで半笑いでいたのだが、よくよく考えてみたところ割と当然の心配だった。我々はもうすでに複数回、テオを各地に忘れて置いてきた前科があった。
ごめんな。普通に忘れてて。
そら心配で念押しもするわと納得しつつ、ものすごく不安そうなテオと別れた。
空飛ぶ船は大森林の入り口を目指し、かなりの速度を出していた。舵を取るメガネも気が急いているのかも知れない。
それならドアのスキルで向かうのが早いが、メガネはあえて空路を選んだ。前にエルフの里へ行こうとした時、えらい目にあったのがいまだに忘れられないらしい。
確かに気圧差ボッシュートは嫌だ。しかし先日エレなどを運んでくる時に、我々は大森林から村までを普通にドアで行っている。
もはやその心配は今さらなのではと思わなくもないが、たもっちゃんはどこかぐるぐるしたやばい目でぶつぶつ安全第一を唱えているのであれはもう多分聞いてない。
季節はすっかり春である。
頭では一応解っていたが、今ほど実感したことはない。
「あれ、桜?」
「いや、さすがに違うでしょ」
眼下に広がるのは薄紅の森だ。
そう高くない山、もしくは丘が一面に連なり、見渡す限りにぼこぼこと大地が波打っているかのようだ。その山林のあちらこちらで緑の木々に入りまじり、桜によく似た絢爛な花が淡く咲きほこっている。
その光景に私は単純に日本の春を連想したが、たもっちゃんはいぶかるように空飛ぶ船の速度をゆるめて高度を下げた。
そうして実際に近付いてみると、やはり桜の木とは確かに違う。
指先くらいの小さな花を枝全体に重たげに、しかし軽やかに付けているのは桜と同じ。だが花弁は不思議に透き通り、光の加減でぴかぴかときらめく。
四つの花びらが二重に重なるその花は、意外にはっきりとした紅色だった。しかし花弁が透き通っているから、それが宝石のように輝いて淡いピンクに見えているようだ。
「ホントだ。桜とはちょっと違うかな」
「ですが、美しいですね」
私が言うとレイニーがめずらしく見惚れるように花をほめ、たもっちゃんもゆっくりと船を進めながらにうなずいた。
「いいねぇ、春だねぇ」
時間があればお花見でもしたいけど、と言いながらメガネは船の高度をぐいっと上げる。
時間はないので、お花見はなしって意味だったらしい。
まだ夕暮れと言うほどではないが、そろそろ今日の宿か野営地を探したほうがいい。
さあ、先を急ごうか。
そんな感じで船を進めようとしていた時だ。
ふと、視界に影が差す。なにかが目の前に現れたからだ。
そう理解するのと同時に、空中に浮かんだ船の横からドン、と重たい衝撃を受けた。
見るとそこには生き物がいた。きっと、これが我々の船に体当たりしたのだ。
それはエイかマンタみたいにつるりと全身が平たくて、しかし頭はトカゲのようだった。前足はなく、かぎ爪を持った二本の足が腹の下に付いている。
「ワイバーンだ!」
叫んだメガネはどことなく、わくわくと声を弾ませた。
「春には冬眠から目覚めたばっかのワイバーンが暴れて人間襲うのが風物詩だよね!」
「異世界の春って厳しすぎない?」
あと、なんでちょっとうれしそうなの。
ワイバーンの尻尾には毒針があるから厄介なんだ! と、たもっちゃんはテンション高くゲームかラノベで覚えた知識を思い付くまま早口に言う。
その間にもゴムのような質感の羽をぺろんぺろんとはためかせ、ワイバーンは体当たりや爪を立てるなどの攻撃をしてきた。
しかし、それらは全て船を包んだ障壁にはばまれ届かない。
ただその衝撃でぐらぐら揺れるし、張り切って腰の斧をにぎりしめた金ちゃんがさあこいとばかりに立ち上がる。船はもう、しっちゃかめっちゃかにバランスがやばい。
「金ちゃーん! 金ちゃん待ってー!」
「わはははは! ワイバーン狩りじゃー!」
あわてて金ちゃんに取りすがる私。
なんかで見たことのあるファンタジー要素に変なテンションで浮き立つメガネ。
障壁を内側からガンガン叩いて外へ出ようとする隻腕のトロール。
レイニーは揺れる船の上にいながらに、自分だけ魔法でわずかに浮いて一人水平をたもって落ち着いている。ずるい。
我が我がとワイバーン狩りに名乗りを上げた男子たちだったが、これは結局メガネが引いた。ちょっと船浮かせるの代わってと言われて、レイニーがあっさり断ったからだ。上司にすきを見せるのはもう嫌だとか言ってた。
船を浮かせて障壁張って、さらに攻撃魔法を使うのはまだうまくできないらしい。悲しみのメガネが船の障壁を一部消し、そこから金ちゃんが斧を振るってワイバーンの頭をかち割った。死体はレイニーが魔法で浮かす。死骸ならばいいのだ。
たもっちゃんの悲しみは、しかし割とすぐ消えた。少し先へ進んでみると、ワイバーンが群れとなり人を襲っていたからだ。
つづく