神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 395

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

395 大事なお話
(※血なまぐさい過去について触れる描写があります。ご注意ください。)

 静かな口調で沈鬱に語る少年ルップの話によると、我々はあまりにも疑わしいとのことだった。
 少年は、首をかしげて問い掛ける。
「この宿もそうだが、そなたらはエレオノーラ様の父君がひいきにしていた店にも出入りしていると。このふたつは、果たして偶然だろうか?」
 エレ父のひいきの店とは多分あのえげつないラーメンを出す食事処の話のようだが、我々がまあまあ通い詰めるのは思わぬ流れで手に入れた店の料理がタダになるサービス券をこのトルニ皇国滞在中に使い切ると言う使命を課せられてるからですし……。
 結構枚数ありすぎて、必死だよこっちは。
「いや、そう言われても知り合いに紹介してもらった所にとりあえず行ってみただけなんで……」
 訳が解らないと言うふうに、困った様子で答えるメガネを首をかしげたルップが見やる。
「そう、紙を。宿や店の名前をしるした紙を持っているのだと聞いた。それもこの皇国の文字で」
「なんでそんなの知ってんの?」
 確かにそう言うメモはあるのだが、どうしてそのことを知っているのか。
 私にはそれが不思議だが、しかしルップは特には答えずさらなる疑問を続けて並べる。
「自慢できる話ではないが、この国は閉じている。国外へ出る者は極端に少なく、消息のわからない者ともなるともっと少ない。その数少ない者の内、エレオノーラ様につらなる二つの店に縁を持った人間が一体どれほどいるだろう?」
「あっ、無視だ。この子ちょっと都合悪いことシカトする」
 ねえこの子もなかなかやぞと私はメガネと顔を見合わせざわつくが、しかし少年が言ってることは外れていない。
 宿屋と食事処の名前を記したそのメモは、レミにもらったものである。彼はまさにエレに付き従う者だから、思いっ切り縁者だ。
 人脈から情報源を特定されてしまった格好で、ちょっとしたところから色々バレるもんだなとなんだかいっそ感心してしまう。
 あと、エレの本名がどうやらエレオノーラっぽいことがこの辺でじわじわしみてきて、偽名がちょっと雑すぎではと変なところがものすごく心配。
 しかし、では、それを知り彼はどう思ったのだろう。
 エレが両親を失って従者と国外に逃れた当時、恐らくルップは二歳ほど。皇帝の位に就くにはあまりに幼い年齢に思える。
 摂政政治みたいな言葉が頭に浮かぶし、実際今も皇帝であるこの少年よりも宰相が力を持ってるみたいな話もチラッと聞いた。
 そのこともあってルップが直接なにかをしたとは考えにくいが、けれども彼はエレを追いやった一派の、そしてこの国の現在の長である。
 その立場から見た時に、エレとつながりのある我々が国土に足を踏み入れた意味をどうとらえてしまうのか。
 こうして夜に、人目を忍ぶようにしてわざわざ訪ねてきたことを思うと穏やかではないような気がしてしまう。
 本来ならば、危機一髪の状況である。
 が、我々はルップの手みやげの甘いあんこがみっちり詰まってずっしり重たい薄皮のおまんじゅうをいただきながら、「それでそれで?」「今日は大事なお話でもしにきたの?」と、のんびりと。そこそこ雑に話を聞いた。
 おまんじゅうに使われているのは秋の果実を干して保存したものを、甘く煮た豆に練り込んで甘酸っぱく仕上げたあんことのことだ。
 薄皮が本当に薄皮で、赤みがかった黒っぽいあんこが透けて見えるほど薄い。てんぷらの衣みたいなはかなさで、そのためおまんじゅうと言うよりもほとんどあんこのかたまりに近い。それでいて、干した果実の酸味によってすっきりしててめっちゃおいしい。
 かつて命を狙われていたエレの関係者であることと、その命を狙っていた一派の旗印。
 この我々の関係性を思うと毒まんじゅうの可能性もあったが、たもっちゃんがやたらとじっと見詰めたあとにばくっとかぶり付いていたので安全面に問題はないようだ。
 そもそも、剣呑な意味で我々をどうにかしたいなら、皇帝自ら足を運んだりしなくてもいい。
 忠実な部下に命じるか、優秀な宰相に我々の存在を伝えれば済むのだ。
 けれどもそうせず趣味のいい手みやげまで持って、彼は少数の護衛と共に訪れた。
 だから、なんか話があんのかなーと思って。
 おまんじゅうをぱくぱく消しながら、それでそれで? と話を聞いて、この緊張感の足りなさで主である少年の背後に控えた護衛らに微妙な顔をさせるなどしている。
 そんなゆるい空気の中で、けれどもやはりルップの顔から寂しいような憂鬱なような悲しげな色が消えることはない。
「この国は変わろうとしている」
 少年は、螺鈿のテーブルに視線を落としてぽつりとこぼした。
「すでに変わったと言う者もいる。わたしにはわからないけれど、金ではなく、縁ではなく、実力をもって官職をえる。そう言う仕組みを宰相が作った。ある者は生まれながらの特権が薄れてしまったとなげき、ある者は生まれついての不遇にかつえる民が減ったと改革をよろこぶ。昔よりもこの国は、ずいぶん風通しがよくなった。そう聞いた。けれど、一方で泣いた者もいる。エレオノーラ様や、その縁者がさいたるものだ。宰相は国を作り変えた。けれど、ひどいこともした。そんなことはなければよかった。けれど」
 では、どうすればよかったのだろう。
 昔のままではいけないことは解っていたのに、今のように変わるにはそうするしかなかった。
 そんな思いを張り裂けそうな胸の内から血のようにこぼし、少年は静かな苦しみを言の葉に乗せる。
「わたしは、今のこの国は、その非道の上に成っている」
 彼は苦悩し続けてきたのかも知れない。
 自分に課せられた役割と、そのために切り捨て犠牲とされたものの重さに。
 ふと、私がそう思うのと、テオが「あぁ」とため息めいた声を落とすのはほとんど同時のことだった。
 テオは我々と同じテーブルに着き、けれども重たいイスをいくらか引いて片足を外に向けていた。そのつま先はルップとルップの護衛たちのほうにあり、なにかがあればすぐに動ける姿勢だ。
 そうして油断なく注意を払っていたからか、彼だけがそのことに気付いた。
 テオはまるで憐れむように灰色の瞳を少年に向け、真っ直ぐにその本心を解き明かす。
「貴方は、誰かに懺悔を聞いて欲しかったのか」
 ルップがはっと息を吸い、そして呼吸を止めたのが解った。
 わずかにぐらりと瞳を揺らし、それから、ほっと全身の力を抜くように肺の空気をゆるゆると吐き出す。まるで、そうだったのかと自分でも初めて気が付いた様子で。

 最後のほうにルップから「エレオノーラ様はお元気か」と問われ、たもっちゃんが代表し「エレオノーラ様って誰か解んないけど、もし仮に俺が知ってる人だとしたら多分ものすごく元気って答えると思うよ」と、各方面に配慮したふわっふわの返事をしていた。
 恐らくルップはエレに対して引け目のような、罪の意識みたいなものをいだいているのだと思う。
 トルニ皇国では王のことを皇帝と呼ぶが、先の王とそれに連なる王族を武力でもってしりぞけて彼はその位に就けられた。
 自らの意志はなにもなく、二歳ではなにも思わなくても、現在の彼はそのことを重く受け止める程度には年を重ね成長している。
 だから生きのびた可能性のあるエレの無事を確かめたかったし、自分の心の内側を誰かに吐き出してしまいたかった。
 この夜のルップの訪問は、そう言うことだったのだろう。
 彼はメガネのふわっとした返答にうなずくと、遅くまでジャマしたと席を立つ。
 その表情は悲しげでやはり優れないままだが、このことに関してルップの憂いや罪悪感が晴れる時はこないようにも思われた。
 身にまとう暗い色味の長い袖や裾を払いつつ、先に立った護衛の開く部屋の扉の直前で少年は足を止めて振り返る。
「それでは、ここで。できればもっと会いたかったけれど、これが最後になるだろう」
「えっ、そうなの? お菓子ありがとね」
 見送りはここまでと断るルップに、たもっちゃんがおどろきながらも礼を言う。
 我々は船の都合でまだ全然いるのだが、皇帝がお忍びするにも限度と言うものがあるだろう。今までが普通に会えすぎたのだ。
 おいしいおみやげに礼を言うなら今しかないと気が付いて、ありがとうの言葉と共に私やレイニーも熱心にお見送りしていると少年は気まずげに髪をまとめた頭をかいた。
「実は、宰相にそなたたちのことが知られてしまった。かくしてはいたのだが、あれに秘密はなかなか持てない。今日はそのわびと、急ぎ逃げよとも言いにきたんだ」
 なんかすげー大事なことを、めっちゃついでみたいに言うじゃん。と、思ったが、すぐに解った。
 ほかにも聞かせたい相手がいたために、彼はわざとそうしていたのだ。

つづく