神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 382

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ラーメンの国、思った感じと違う編

382 厳しい美食

 あっ、嫌っ。やめ……やめて……!
 みたいな感じでムダな抵抗を見せるガイドらに、お前らドヤ顔してっけどこのラーメン食ったことあんのかと。
 我々は、陶器のレンゲに載せた姿も端正な麺とスープを蛍光色の刑罰服で両手を封じられている男女二人の口へと押し込む。
 朝からフルーツ的なものしか食べてなかった胃袋にちょっと刺激が強すぎたのか、またもや「うああ」とうめいて二人はちょっとだけ泣いた。
 それからガイドに食べさせ宿屋の人だけ放っとくのはよくないと、こう言うことだけ気の利くメガネがここまで案内してくれた男性にラーメンを注文。
 主人から言い付けられた仕事の途中でごちそうにはなれないなどと下男は四十男の忍耐力で断ろうとしていたが、きらきらしいラーメンが運ばれ目の前に置かれるとあっさりすぐに流されていた。
 えらい。このラーメンを伸ばすのは罪だ。この男はその事実をよくわきまえている。
 私はおいしいものをおいしい瞬間に食べようとするこの判断に好感を持ったが、やっぱり本人は悪いと思うのだろう。
 彼はお返しにはならないけどと前置きし、お店の人に裏メニューの料理を頼んでくれた。
「麺を打つと端の所が余るので、それを練り直して挽肉なんかを包んでいるんです。余り物だからメニューには載せられないけれど、おいしいですよ」
 お店の女中がそんな説明と一緒に運んできたのは、平たい皿にぽこぽこ載ったこんがりと焼き目の付いたくし形の物体。
 けれども引っくり返せばその物体は一転、丸みとひだを持つミントブルーのやわらかな生地を水分と油でぷりぷり瑞々しく光らせていた。
 色にはちょっとなじみがないが、柔道家の耳のようなこの感じ。
 ギョーザだ。
「ごはんが欲しい。白いごはんが欲しいよぅ」
 つらそうにうめいてぱくぱくギョーザをむさぼるメガネに、私も「わかる」とうなずきギョーザを口に詰め込んだ。
 焼き目の部分がさくりと歯に触れたかと思うと、くし形の生地の中から熱い肉汁があふれ出す。絶対正義がここにある。
 白いごはん白いごはんと呪文のようにぶつぶつ呟いて、我々がさくさくとしたギョーザの焼き目を噛みしめていると、はうっ、と小さな悲鳴のようなものが聞こえた。
 見れば、口元、と言うか鼻の辺りを幼い両手で押さえたじゅげむだ。
 じゅげむは少し前までテオやレイニーなどと同じくお箸に苦労しながらも健康に厳しい美食ラーメンに取り組んで、そのえげつないほど染み入る味に宇宙を垣間見たネコみたいな顔になっていた。
 人は想像を絶するおいしいものに出会った時に、ネコになる。私おぼえた。
 ちなみに金ちゃんもお店の中に入れてはもらえたが、味が解っているのかいないのか判然としないトロールに自慢の料理を食べさせた時のお店の人のリアクションが解らないと言うので、お店の人に断って手持ちの惣菜パンなどをテーブルに積み上げている。
 どっかりと床に座って机からひょいひょい持って行く方式で、まあそれでも大丈夫そうではあるがせっかくだからちょっとだけ。と、こっそりスープとラーメンを自前のうつわにつぎ分けて渡すと、金ちゃんはがぱりとお茶のように飲み干してカッと目を見開いた。
 きっとこのラーメンの深い味わいに、彼もまた宇宙を見たのに違いない。
 一方、じゅげむもがんばって宇宙を味わっていたが、大人用のどんぶりは大きすぎたようだ。お腹いっぱいになって残ったものは、レイニーが引き受けてくれていた。
 丸々一杯には満たないがまあまあ残ったじゅげむのぶんを普通にぺろっと消したレイニーに、あいつすげえなと思ったがよく考えたらメガネと私はお代わりしてた。人のことは言えない。
 だってほら……食べられる時に食べとかないと、次があるか解らないから……。
 ……いや、それはいいのだ。
 我々の胃袋こそが宇宙とか、そんな話はどうでも。
 じゅげむはラーメンでお腹いっぱいだったが、ギョーザも食べてみたかったらしい。
 丸テーブルを囲んで座った隣のテオがそわそわしている子供に気付き、ギョーザを一つ少し苦労しながらにお箸で取ってあーんと食べさせてあげていた。優しい。
 しかし、その優しさが結果としてじゅげむを若干泣せることになる。
「だっ、大丈夫か? 出すか?」
 ふええ、と涙をにじませて鼻を押さえるじゅげむにテオがおろおろあわてるが、テオもそんなには悪くない。逆に言うと、ちょっとだけ悪い。
 テオはまだギョーザを食べてはおらず、自分より先にじゅげむに食べさせてあげていた。優しさである。
 そしてお箸に苦労しながら皿から一つ取ったギョーザを彼は、そばの小皿のからしじょう油にたっぷり付けて子供があーんと開けて待つ口へと運んだ。
 そう、からしじょう油をたっぷりと。
 そら鼻につーんてくるわ。
 だから多分泣いたと言うか、恐らく生理的な涙がぶわっとにじんでいるだけだ。
 そしてつらいなら出せとあわてるテオに言われても、一度口に入れた食べ物は絶対に出さぬと言う強い意思をじゅげむは見せた。
 完全につーんときている顔で涙をにじませ苦しみつつも、口はしっかりもぐもぐとしている。さすが、うちの子。
 私も止められればよかったのだが、おっ、じゅげむもギョーザ食べるか。テオお箸がんばって。そうね、しょう油ね。そのままでもいいけどあるといいわよね。あれ? しょう油あったっけ? それもなんかしょう油の中に黄色いものが……あっ、からし。あっ。と、思いいたる一瞬前にじゅげむの口にギョーザが入った。悲しいね……。
 ちなみにテオの横、じゅげむがいるのと逆隣りにはメガネが座る。
 たもっちゃんはどこからともなくカップを出すと、急いで魔法で水を出し冷やしてじゅげむの前に置く。
「ごめん。醤油にからし入れてたの、じゅげむの口に入った瞬間に思い出したわ……」
 言われて見ると、からしじょう油の入った小皿はお店の用意したものではなかった。
 白米を求めるかたわらで、たもっちゃんがこっそり出して自己裁量でしょう油とからしを入れていたのだ。そしてテオはギョーザにからしじょう油をたっぷり付けるメガネを見てて、そう言うものだと思ったらしい。
 つまり、多重的に一番悪いのはメガネ。
「たもっちゃん、お店でそう言うことすんのやめなさいよ」
「だってギョウザだから……。ギョウザはからし醤油だから……」
 それは解るけど。
 久しぶりのギョーザでテンションは上がったが、生地とひき肉に練り込まれた塩味だけでは物足りずどうしてもしょう油、できればからしを付けたいと言う気持ちも解るのは解る。専用のタレも捨てがたい。
 と言うか私だってからしじょう油で食べたかったのに、お皿ちょっとこっちから死角になるように置いてただろお前。
 お店だからさあ。調味料の持ち込みとか最悪なんじゃねえの。と、たもっちゃんを責めつつ素早くからしじょう油の小皿にギョーザを付けてさくさく自分の口へと二つ三つ運んだところで一応満足しておくことにする。
 そして、よっしゃ、バレる前にしまえ、と小皿をメガネに渡そうとしたら途中でそっと誰かに取り上げられた。
 見れば、我々の席のすぐそばにぬーんと立った給仕の女中だ。体格は小柄なほうだと思われるのに、逆光の中で見下ろされたらなかなか訳の解らない迫力がある。
「調味料の持ち込みはお断りしております」
「あっ、はい」
「すいません……」
 そらそうや、と言う納得しかない反省でメガネと私、空気を読まずにいられないテオとじゅげむがテーブルにぶつかるくらいに頭を下げる。
 その後頭部に降ってきたのは「なので、これは。ちょっと」と、急にごにょごにょしてきた女中の声だ。
 どうしたのかと頭を上げると、からしじょう油の小皿を持って女中がささーっと厨房へ消えて行こうとしている。
 えっ、お皿。返してくれるかな。いや、それよりどうしたと。
 メガネと私は気になりすぎて、ガタガタと席を立って厨房を覗いた。
 そこで見たのは、白い前掛けを身に着けた料理人のおっさんたちが箸とギョーザを手に持って小皿と女中を取り囲むなんとなく異様な光景だった。
「何だこれ」
「うっめ」
 自然と口からこぼれるような、小さなささやきがぼそぼそ聞こえてメガネと私はにっこりである。これあれだ。大丈夫なやつだ。
 ホントはダメなのかも知れないが、未知の調味料を前にして料理人の好奇心が負けている。
 たもっちゃんはからしの、私はしょう油の入ったうつわを手に持って、入り口から厨房の様子をうかがいながらおっさんたちが陥落するのを手ぐすね引いて待ち構えるなど。

つづく