神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 212

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回収続行シュピレンの街編

212 謎革

 冒険者ギルドの建物に入ると、室内の空気は生ぬるかった。
 そう感じるのは我々がレイニーのエアコン魔法の恩恵に預かっていたせいだろう。普通なら灼熱の太陽から逃れるだけで、ずいぶんマシに感じるはずだ。
 建物に入ってすぐは妙に暗いように思えたが、それも少しすると気にはならない。外の太陽光が強すぎて、室内との落差に目が付いて行かなかっただけだろう。
 土を日干しにしたようなベージュの素材でできているほかは、シュピレンの街の冒険者ギルドも大体ほかのギルドと似たようなつくりになっていた。
 一階カウンターの窓口やその奥にある食堂の、職員や利用者である冒険者たちがドアの開いた音を聞き付けてちらりとこちらに視線をよこす。
 そしてよそ者の冒険者がきただけだと知ると、すぐに興味をなくしたように顔を戻――そうとして、ばっとこちらに向け直す。なんと言う二度見。
 気持ちは解る。まず、トロールの金ちゃんが目立つ。仕方ない。どこへ行ってもとりあえず目立つ。これは仕方ない。
 そして子供。金ちゃんに肩車された小さな子供は、どうにかドアの枠にぶつからずギルドの中に入ってこれた。金ちゃんの頭にしがみ付き、めっちゃ頑張って通ってた。
 その小さな体に着込んでいるのは大人用のマントで、余った部分は金ちゃんの上に垂れ下がる。帽子をかぶった子供の顔もその下の金ちゃんの顔も出ていたが、雰囲気としては二人羽織感がすごかった。
 これは確かに二度見する。
 なるほどなあとそんな分析をしている私も、メガネと共に日傘と帽子とマントをがっちり全部装備している状態だ。
 建物に入る前には日傘はさすがにたたんだが、帽子はかぶったままである。傘をしまうのに手間取って、もたもたするので忙しい。
 冷静になって考えてみると、日光に弱いタイプの日本人の我々もなかなかのひどさだ。
 こう見えて、ひ弱な現代っ子なのである。
 夏はクーラーの効いた自分の部屋でアイスを食べてすごしたい。そして楽しみにしてたドラマやアニメを一気に見たい。それがムリなら直射日光への対策は、これでもかと徹底的になさねばならぬ。
 そんな強い姿勢でもって機能性に全振りの、見た目がアレな我々と共にありながら、しかしレイニーだけはちょっとした優雅なお散歩めいている。白っぽいロングワンピに日傘を差して、なんらかの夏のグラビアのようだ。ただしサンダルだけの足元は、よく焼けた地面の熱がちょっとつらいと言っていた。
 その、なにかの革を薄くなめして張った傘、一本五万シュピ。同じくよく解らない革で作ったつばの広い帽子、一つ一万五千シュピ。きつい太陽光だけでなく雨にも強いが内側に湿気はこもらず蒸れの少ない謎革のマント、一着九万五千シュピ。
 それから日傘日傘と言ってはいるが、傘もマントと同じ素材で雨にも余裕で使えるとのことだ。これで突然のスコールも安心。レイニーの障壁が全部なんとかしそうではあるが。
 値段は張るがものはいいからと言われるままに謎革用品をメガネとレイニーと子供と私にそろえたら、結構な出費になってしまった。
 でも平気。シュピレンの通貨はキャッシュレスだからお金を使った実感がないし、もうなにも解らない。財布のヒモががっばがば。
 金ちゃんのぶんはなかったが、ほら。肩車した子供のマントでカバーできてなくもないから……ほら……多分。
 そんな謎の革製品に完全に着られてしまってる集団に、ギルドの中はざわついた。
 多分だが、地元の人はこんな格好はしないのだろう。そんな気は、ちょっとだけしてた。
 悪目立ちしすぎて新人かよそ者をいびるのが趣味の中堅冒険者に絡まれたりするのかなとドキドキしたが、特にそんなイベントもなく入ってすぐの窓口に着く。
 すると、向こうも仕事を思い出したようだ。
 飾りの付いたショールのような薄布を頭から肩に垂らした女性が、キリッと表情を引きしめて普通に業務をこなしてくれた。
 窓口の女性職員は我々のパーティ名を確認すると、一度席を離れて手にした書類に目を通しながら戻る。
「こちらの記録ではノルマ不履行の罰則が一つ付いていますね。間違いありませんか?」
「はい」
 しんみりとうなずく我々に、職員は薄布をしゃらりと揺らして首をかしげる。
「どうされますか?」
「罰則用の依頼でお願いします」
 たもっちゃんは即答した。その気持ち、よく解る。罰金で済ますと言う手もあると最近になって思い出したが、うっかりでお金を失うよりは労働でなんとかして小金も欲しい。
 そんな我々の希望を受けて、窓口の向こうの職員が罰則用の依頼書を取りに席を立つ。
 それをぼーっと待ってると、窓口カウンターに手を掛けて誰かがそばにやってきた。
「失礼。貴方がたは先日、ツヴィッシェン側のデカ足でフェアベルゲンを討伐したパーティでは?」
 それはまだ若そうな男で、どうやら商人のようだった。
 頭には日よけの布を巻き、ゆったりした長めのシャツによく履き込んだ丈夫そうな靴。背中にはしょう油で煮しめたような、大きい背負い袋があった。
「わたしも同じデカ足に乗っていたんです。あれは、本当に……なんと言うか……訳が解らなかったけど。もし依頼を探しているなら、わたしの護衛をお願いできませんか」
「今ので俺らを信じる要素ありました?」
 思わず言ったメガネと共に、私も深くうなずいてしまった。
 あの時はフェアベルゲンの果実をうっかりむしった私に対して乗員乗客が口をそろえてアホアホ言ってきた記憶しかないし、今だってなんとかほめようとして言葉が出てこなかった感じしかしない。
 なぜそれで、我々に護衛を依頼しようと思った。勇気か。若さゆえの人目を気にしない勇気か。
 しかも我々冒険者としてDランクなので、信用とかもあんまりないの。せっかく声を掛けてもらったが、どうして声を掛けられたのか我々が一番解らないくらいだ。
 どうしたどうしたと戸惑いすぎて逆に若い商人を心配し始めた我々に、彼は少し恥ずかしそうな顔で言う。
「デカ足は足が速いし、あれ自体が肉食だから魔獣に襲われる事は滅多にないと聞いていたんです。なのに、あれでしょう? 砂漠の集落を行商に回るつもりでしたが、一人では絶対回れないと思って」
 そうでなければ案内人を雇ったり、足の速い魔獣を借りるだけでもいいかなと甘いことを考えていた。いやあ、参った。護衛を雇うにも外したくはないし、その点、あなたたちならフェアベルゲンの討伐を目の前で見ているから間違いはないはず。
 そんなふうに言いながら、若い商人は人なつっこくはにかんで笑う。
 やめて。まぶしい。圧倒的コミュ力で押してくるのは本当にやめて。
 そんな素直に信用されたり期待されたりされたこと、たまにはあるはずなんだけどすぐにはちょっと思い出せないの。
 受けてあげたい。気持ちとしては。でもダメだ。我々は、少なくとも今は、その依頼を受けられる状況にない。
 しどろもどろに依頼を断る我々の、理由の一つが冒険者ギルドの罰則ノルマであると知り、彼はそのぶんの罰金を出すとまで言った。そんなのさ、超助かるじゃん。
 より一層の勢いで彼の依頼を受けたくなったが、行商で砂漠を回ると言うならこの街を離れることになる。
 さすがに奴隷の身分になってしまった状態で、テオをそこまで無防備に置いては行けない。いや、今もうすでにブーゼ一家の屋敷に置いてきてるけど。それはほら……ねえ? 闘技会までは……三つ巴のナワバリコロシアムまでは大事にしてくれるらしいから……。
 そんなふわっふわした事情をふわっふわにぼかし、この若い商人からの申し出を我々は丁重にお断りすることになった。
 この話はそれで終わって、残念そうにしながらも彼は引き下がってくれた。別れ際、ご縁があればまたいつか、などとまで言う若いのによくできた人だった。商人のコミュ力。
 恐らく、彼は善良だった。
 悪気はないし、なにかまずい発言があったとも思えない。ただそのほかの人間が、彼とは違ったと言うだけで。
 若い商人が身を引いて、窓口の職員はまだ戻らない。その場にぽつりと残されて、ギルドの空気が変わっていると気が付いた。
 今の会話の内容によって、我々がフェアベルゲンを討伐したとギルドに居合わせたほぼ全員に知れ渡ってしまったらしい。
 ではそれが知れるとどうなるか?
 人生初のモテの嵐が吹き荒れるのだ。
「ねえ、すごいのね。あちらで一緒に飲みましょうよ」
「アンタなんかと一緒に飲んで一体何が面白いのさ。ね、アタシの方が絶対いいよね?」
 タイプは違うがばいんばいんと胸元が豊満な女性がぞろぞろと現れ、互いを牽制しながらにお色気たっぷりにメガネに迫る。
 圧が強いその様を、私は腹がよじれるほどに笑いながら見ていた。ダメだ。めちゃくちゃおもしろくてもうダメだこれ。
 完全にハニートラップじゃねえか。

つづく