神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 347

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お家とじゅげむと輝かしき推し編

347 全身で感謝

 自らの力不足を痛感し、食券を消費する旅からミオドラグは身を引いた。
 付いてきたのは本人の意志だが、ずいずいとこんな所まで連れてきたのは我々だ。
 さすがに自重しエルフの里にこそ向かわなかったものの、もっとゆっくりした行程で、もうちょっと安全そうな場所を選んで食券が尽きるまで付き合ってもよかった。
 ミオドラグは周りに優しくて、虫好きで、ぴかぴかした好奇心でいっぱいだった。
 こちらの毒気を抜かれるくらいに無邪気で、一緒にいるのを嫌だとは思わなかったのに。
 しかし実際の我々は特に配慮することもなく、大森林の結構奥まで彼らを連れてきてしまった。にも関わらず、じゃあここで、と別れてしまうのもどうかと思う。危ないし。
 そこでメガネが張り切って最近買った船を出し、休息地まで最速で送り届けることにした。
 まあ、それはいいのだ。
 だがこの数日を一緒にすごしごはんを食べて互いに明かしていない秘密はあるもののいくらか打ち解けたミオドラグ一行からは、どこからともなくいきなり出てきた隠し持つには大きめの船とその船での移動速度の短さに「ここ数日歩いて移動した苦労は一体なんだったのか」みたいな、なんとも言えない表情を向けられることになる。
「いや、でもほら。移動するだけが旅じゃないから。そう言うんじゃないから」
「そう、情緒? 情緒って言うの? 高速移動ですぎ去って行く風景だけが旅の思い出ってわびしいじゃない? 大森林の探索を旅と呼ぶかは知らんけど」
「リコ、黙って」
 ものすっごいなんか言いたげなミオドラグたちの顔面にメガネと私は耐えられず、なんのフォローにもならない言い訳をついべらべらと並べてしまった。
 そうして、木々の合間に休息地がすぐそこに見えている、しかし人のいない適当な場所で別れと下手くそな弁明をしていた時だ。
 幼いながら、もうこれ以上は話が進まないと察したのだろうか。
 向かい合った大人たちの間に、ちんまりと小さな人影が進み出た。
 じゅげむだ。
 彼は小さな片手でなにかをにぎり、もう片方の自由なほうの手でミオドラグの袖を引く。
「あげる」
 そう言って、開いた子供の手の平に小指ほどのなにかが見えた。
 細長い円筒の体に、よく見るといかつい顔の付いた頭からびよんと伸びる二本の触覚。昆虫らしい細い脚は折れ曲がり、古びた針金のようだった。
 背中は左右の羽が真ん中で合わさり殻のように硬く、明るいターコイズとくっきりとした黒がぐにょぐにょと入り混じり色あざやかな柄を見せている。
 じゅげむはこの色の綺麗な甲虫を、どうやら金ちゃんからもらっていたようだ。
 金ちゃんはその辺で見付けた虫をスナック感覚で食べようとするので、我々は気付き次第必死で止める。生の虫はダメよ……。
 そんな我々の必死な姿で学んだらしく、じゅげむも今では金ちゃんが虫を食べようとすると止めるようになっていた。
 そしてなぜか金ちゃんは、じゅげむが止めに入った時には虫を譲ってくれることがある。
 金ちゃんは鷹揚な大人のトロールなので、子供がお腹を空かせたためにおやつをねだっているとでも思うのかも知れない。優しい……。
 そう言うことがありながら意図せずストックしていた色の綺麗な甲虫を、じゅげむは虫好きのミオドラグにあげたかったようだ。餞別的な感覚だろうか。
 別れをおしむかのような、じゅげむのその行動にミオドラグははっとした。
 丸い体をさらに丸めてじゅげむの目線に合わせると、色あざやかなターコイズの虫を大切に受け取る。
「これは……いいのかい?」
「うん。ぼく、このむしはたべられないから……」
「わたしも、食べはしない……よ……?」
 虫を食べるか食べないかで最後の最後に戸惑わせはしたが、じゅげむのお陰でミオドラグたちとの別れはなんとなくほわっとしたものになった。

 それから。
 たもっちゃんお気に入りの帆船でいつものメンバーにエルフを添えて、広い森をずんどこ移動して念願のエルフの里へとやってきた。
 右を見てもエルフ。
 左を見てもエルフ。
 エルフを信仰する変態に取っては聖地とも言うべき、大森林に守られたエルフの隠れ里に我々は再び戻ってきたのだ。
 エルフの里は視覚や方向感覚をあざむく特殊な魔木で囲まれて、魔獣や外部の人間をことごとく弾く。
 その内側に許され招き入れられたメガネは、里の広場みたいに開けた場所で大地に両手両足と額を突いて崩れ落ちるように全身で感謝を表わした。
「サンキュー世界!」
 完全に様子がおかしいが、いつものことなので大丈夫だ。多分。
 土下座の格好で感激に打ち震えるメガネは捨て置いて、集まってきた里のエルフにじゅげむを紹介して行く我々は森の外から一緒に戻ったエルフたちの好意と案内でここにいる。
「あ、こんちは。これうちのじゅげむです」
「おっ、人族はすぐに子供産むねぇ」
 いきなり訪ねるのも悪いと思いはしたのだが、間際の町に調味料や日本酒を売りにきていただけのエルフらはなりゆきで我々を拾ったために帰りの日程がずれ込んでいた。
 戻るのが遅くて里では心配しているかも知れないし、とりあえず最速で帰って迷惑だったら我々だけ外で待っててもいい。
 そう言うつもりで平身低頭押し掛けてみたら、普通に里に入れてもらえた。
 ありがたい。そしてなんか申し訳ない。
 あと、エルフにしたら人族は寿命が短くてぽこぽこ子供を生む感じに思えるし赤ん坊もすぐに成長するように見えるのかも知れないが、さすがにこの前の春に一回顔を見せている我々が秋までに子供を産んで幼児と小学生の間みたいな大きさに急速に育てるのはムリがある。
 おっ、じゃないんだと説明はしたが、長命であるエルフの時間感覚が違いすぎるためかあんまりピンとはきてなさそうだった。思わぬところでエルフと人族の溝を感じる。
 町から戻ったエルフらが里長の所へ行くと言うので我々も、まだ世界に感謝しているメガネを回収してそのあとに続く。
 里長の家は、エルフの里の少し奥まった場所にある。
 これまでに通りすぎてきたほかの建物よりいくらか大きく、春とは違い花の代わりに葉を落とす二本の大木にはさまれて建つ。
 その家はまるで、茅葺屋根の古い民家だ。
 大森林と調和して生きるエルフらの、植物を素材として活用する技術が住宅として集約されるとなぜか日本的な古民家になるのだ。
 いまだになぜなのか意味がまるで解らなかったし、日本でもこんな茅葺屋根の家に住んだことはない。
 それなのに、全力でノスタルジーをかもし出す里長の家を目にするだけで、どこかほっとする自分を感じる。恐ろしい。遺伝子にでもなんか刷り込まれてんのか。
 エルフたちに伴われ、どことはなしに懐かしい茅葺の家に近付いて行くとこちらが声を掛けるより前に縁側の向こうのガラス戸が開いた。
 そして年を取るのがゆっくりなエルフの中では少数の、壮年の男が現れる。
 里長だ。
「戻ったか」
 これは町から戻ったエルフらにまず掛けられた言葉だが、里長は色素の薄い貴石のような二つの瞳をすぐに我々のほうへ移して「そちらも」と言った。
 どうやら、歓迎されないと言うことはないようだ。
「またきました!」
「ゆっくりするとよい」
 はあはあとふらつきながら進み出てメガネが無意味に里長に迫るが、里長はゆったりうなずきそれに答えた。対応が大人。
 しかしそれから長い髪をわずかに揺らし、「そちらは?」とテオやじゅげむのほうを見た。
 じゅげむは解る。
 この子は確実にエルフの里は初めてだ。
 しかし、テオ。
「あれっ? テオ、前ん時いなかったっけ?」
 私がおどろきすぐそばのテオを見上げようとすると、彼はなぜだか今急に秋晴れの空が見たくなったとでも言うようにばっと顔を頭上へ向けた。そして大木の枝から落ちてくる枯葉を、ぱらぱらと何枚も顔面で受けた。
 ほとんど同時にメガネが「あっ」と声を上げ、「いなかった! 前に里にきた時、テオちょうどいなかった! 別行動で受けた依頼で行方不明になるかならないかくらいの頃だ!」と大声で大体全部説明し、荒野を渡る護衛依頼から奴隷落ちを経てシュピレン闘技会の流れを完全に思い出したレイニーと私が「あー」と図らずもしみじみと声を合わせる。
 そんなこともあったと変に盛り上がる我々の横で、当事者であるテオはこの話題が終わるまで断固として頭上の空を見ていた。思いのほか色々とごまかすのがヘタクソ。

つづく