神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 381

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ラーメンの国、思った感じと違う編

381 脂質と糖質
(※本作品はフィクションであり、実在の人物、団体、地域などとは関係ありません。他意はないです。)

 朝から思わぬ事態に遭遇したが、きてしまったものはしょうがない。
 トルニ皇国が不案内であるのは事実だし、刑罰を受けている最中であろうとガイドは一緒のほうがいいような気がする。
 そんな気持ちで我々は、とりあえずラウンジで簡単な朝食を済ませた。
 トロールの筋骨隆々とした重みに耐えられそうなイスがないので金ちゃんは床に座ることになったが、メニューは同じものを多めに用意してくれる宿側の気遣い。ありがたい。
 朝食ついでにサラダに付いたフルーツ的ななにかの切り身をガイドたちにあーんってやって食べさせてあげると、彼らは「うああ」と若干震えて小さくうめいた。
 いつから食べてないのかは知らないが、脳細胞に果糖が沁みたみたいな二人の様子にメガネと私は悪い顔でほくそ笑む。思う壺。ちょっとしたことからコツコツと恩に着せて行くシステム。
 そんな陰謀うずまく朝食を終え、帝都見物へ出掛けようとすると呼び止められた。
 お客様、と声のした宿のフロント辺りを振り向くと、昨夜我々を受け入れてくれた京都人。ではなく、なんとなくそんなおもむきのある女主人がそこにいた。
 艶やかな長髪をゆったり編み込むように結い上げて、きらきら揺れるかんざしは華美になりすぎない程度。しっとりと光沢のある皇国の服は、上半身がタイトであるのに袖や裾は端へ行くほどふんわりと広がる。
 高級宿を取り仕切るおかみはまるで唐渡の絵巻物から抜け出してきたかのようで、結構いい年っぽいのだが自分が何歳であろうとも着飾ることに容赦はしねえみたいな力強さがあってよかった。
 そんな頼もしい宿の主人に呼ばれて行くと、一人の男性を紹介される。
「これから帝都見物だとか? 案内に下男をお付けしましょう」
 そこにいたのは簡素だがアイロンの効いたパリッとした服の男性で、見た感じ四十絡みと言ったところか。
 彼は猿股みたいな短めのズボンと雪駄の足で進み出て、黙ったままで膝を曲げつつ頭を下げる。
「いや、でもガイドもいますし……」
 そんなに案内はいるだろうかと当然思い付くことを言いながら、たもっちゃんは遠慮しようとしたが最後まで言わせてももらえなかった。
「それはもう、お国の案内人が御一緒で不便と言うことはございませんとも。けれど、お役人様は、真面目でいらっしゃるから。わたくしどもは気楽に楽しんで頂きたいのですわ。これもおもてなしと思って、どうぞお連れくださいまし」
 ひらひら薄い袖口で赤い唇を隠しつつ、おかみは膝から体を屈めるように軽く頭を下げて言う。
 いやあ~、ご立派なお役人様に気の利いた遊びができるんやろか~。心配やわあ~。
 みたいな感じに聞こえたが、これは私の中の京都が雑なせいだろう。煽りが全然隠せていない。これでは京都失格である。京都ってなんだ。
 まあとにかく、そんな感じでほぼほぼ観光だけが目的である我々に宿屋の下男が案内として加わることになる。
 なんとなくだがこのおかみの言うことは逆らわず聞いといたほうがいい気がしたと、まあまあ早めに遠慮をやめたうちのメガネはのちに語った。
 女主人に自信を持って送り出された案内の下男は、こう言った仕事に慣れているようだ。
 とにかくラーメンが食べたいと我々から希望を聞き出すと、彼はこちらの歩調に合わせながらに、しかしささっと道を歩いた。
 帝都は朝から人波であふれ、誰にもぶつからずにいることでさえ難しい。
 それなのに、六角形の連続の冷えた石畳を雪駄で歩く彼のあとにくっ付いていると、不思議とすいすい進むことができた。
 恐らくまだ若そうな、蛍光色の刑罰服にくるまれたガイドの二人は圧倒されて目を白黒させていたほどだ。
 そうして宿屋を離れて真っ直ぐに、我々が案内されたのはなんとなく格式高げな食事処だ。
 やはりつんと反り返った屋根の下、漢字のようで漢字とは違うトルニ皇国の文字を掲げた看板がある。
 軒の下で横向きに、高い所へ堂々と飾られたその文字に私はなにかを思い出しそうな、引っ掛かっているような、もやっとした感覚に襲われた。
「なんかこれ見たことあるような気がする」
「いや、普通に教えてもらった店だよ」
 たもっちゃんに横から言われ、マジかよとレミのメモを取り出すと確かに看板と同じ文字が書かれてあった。
「ホンマや」
 なんと言う偶然。と思ったら、違った。
 迷わずここまで案内してきた男性が、腰と膝を屈めて曲げて頭を伏せるようにして言う。
「主人から、まずはこちらに案内せよと言い付かっておりました」
 昨夜、高級そうな宿屋の雰囲気にあわて、どうにか泊まりたいアピールをするために我々はフロントでこのメモを見せていた。
 おかみはしっかりそれを覚えてて、気を利かせてくれたのだろう。
「さすが京の美人おかみやで……」
 観光客が起こす数々の殺人事件の謎とかを二時間で解いてきただけあると、その気遣いに雑に感心している私をよそにみんなはさっさと店に入ってしまった。
 もうちょっと相手にしてくれてもいいのよと思ったが、そんな中、京おかみの概念が唯一通じるはずのメガネが最後まで残る。
 そして店の敷居をまたぎつつちょっと振り返るようにして、「リコ。多分だけどその京都、リコの中にしかないからね」と、私の中で暴走している仮想京都をたしなめた。
 たもっちゃんはたもっちゃんでありながら、たまにめちゃくちゃ正しいことを言う。
 ミステリードラマで探偵役をする妙に鋭い宿屋のおかみは非実在なんだな……。
 そんなことを思いながらにメガネに続いて店内へ入ると、レミのメモに名前の書かれた食事処もやっぱり格調高かった。
 店内は歴史を感じさせつつぴかぴかに磨き上げられて、飾り彫りの施された柱や、職人の技術で向こうが透ける木彫りの仕切りがいい感じに空間を演出している。
 なぜだかバイーンとドラが鳴り、北京ダックやフカヒレ料理が出てきそうな雰囲気である。実際には鳴らないし出てこないけども。
 その代わり、どこまでも澄んだスープにミントブルーの麺がひたったあっつあつのラーメンが出てきた。
 具はシンプルに細切りにした白ネギっぽいものを麺の中央にわずかに載せて、またさらにその上にひょろりひょろりと細長い赤い薬味が飾られているばかり。
 食べる側の健康や血糖値のことなんて、一ミリも配慮してくれない厳しさだけがそこにはあった。
 けれども、一口で解る。
 これ以上はなにもいらない。
 食物繊維など美食には無用。
 脂質と糖質があればいい。炭水化物が祝福の鐘を鳴らすのだ。
 澄み切ったスープをひとさじ含めばおどろくほど豊かな滋味が口いっぱいに広がって、舌の付け根の辺りからどばどばとエンドルフィンがほとばしる。あくまで主観です。
 えげつない量と種類のおダシの味が凝縮していながらに、見た目はほんの少し色付いたお湯にしか見えない。
 このシンプルなスープだけ取っても、どれほどの努力と研鑽が秘められているのか。
 感極まったような思いでスープにたゆたう麺を一束引き上げてみれば、丹精込めて打ち上げられた極限に近い極細麺だ。
 毛細管現象により麺の一本一本がみっしりと濃密なスープを吸い上げて、夢のようにきらめいている。
 いくらかそれをぼうっと眺めてはっとして、あわてて口へと運び込む。
 いっぱいに広がる旨味の中で咀嚼に歯と歯を合わせれば、ほのかに、しかししっかりと。
 ざくりざくりとほどよい硬さの極細麺の束を噛み切る感触があった。
 そうする内に麺はするする胃の中へと消え去って、スープと麺が味覚に残す豊かな余韻がもっともっととむさぼるような食欲を誘う。
 思うさまに細麺をすすり、麺が尽きれば両手で持ってもまだ余る大きなラーメンどんぶりを持つ。そしてなみなみそそがれたスープをゆっくり味わい全て飲み干す。
 全てを終えて満たされたような、泣きたいような気持ちで空のうつわを置くと、ああ、と口から嘆息にも似た声が我知らずこぼれる。
「私、トルニ皇国さんちの子になる」
 いつでも何度でも食べたいと、そんな心の叫びしかない願望に、トルニ皇国勢の宿屋の下男と蛍光色のガイドたち。そしてこの美食に厳しいラーメンを供する食事処の女中や厨房辺りから顔を半分出している料理人らしき男らが、誇らしそうなドヤ顔を見せた。
 なお、これは余談になるが、ラーメンには箸とレンゲのようなさじが付いていた。
 箸は宿の食事にも付いてはいたのだが、ここのは麺をつかむことに特化して先だけざらりと加工されている。間違いない。文明はラーメンに最適化されて進化するのだ。
 やはりプロの仕事は完成度が違うとメガネもうなり、お箸いっぱい買って帰ろうぜなどと言いつつラーメンをお代わり。

つづく