神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 320

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


右の靴だけたずさえて編

320 水源の村

 自分で言うのもどうかと思うが、我々の察する力はゴミカス以下だ。
 だが、今回に限ってはさすがに解った。
 なぜ解ったかと言うと、びっくりするほどめちゃくちゃ解りやすかったからだ。

 シピとシピが差し出すおみやげにアルットゥはやっぱり困っていたが、我々が一緒になってうなずいたためかあきらめることにしたらしい。
 では、遠慮なく。と言いながら、頭と共にあざやかな瞳を伏せるようにして両手で丁重に品物を受け取る。
 そして、その姿勢のままでシピに向けて静かに告げた。
「だが、無用な気遣いはこれまでに。あれも、婚儀を控えた身。わざわざ今より話を複雑にする事はない」
「ですが」
「シピ」
 どこか苦いようなアルットゥに対し、食い下がろうとするシピの名前をミスカが呼んだ。それ以上の言葉を阻むためだろう。
 そう言えば、アルットゥたちの集落に行って欲しいと行商途中のエミールに頼んだのはシピだったな。とか、それはこの集落が辺境すぎて商人もより付かないのを気遣ってのことだったよな。とか、それは果たしてただの隣人としてだけの感情なのかしら。とか。
 あと確か、アルットゥが亡くなった弟さんに代わって育てた姪がもうすぐ結婚するはずだったな。と、彼らの会話を聞きながら私はぼろぼろと思い出していた。
 て言うかこれもう、シピ好きじゃん。
 絶対アルットゥのところのお嬢さん、好きじゃん。
 しかも今の会話からするに、結婚する相手はシピじゃない。
 おっ、泥沼か。
 みたいな感じで我々は、さすがに察してちょっとだけそわそわしてしまう。

 水源の村と呼ばれるアルットゥたちの集落は、砂漠の端の鋭利な岩壁のふもとにあった。
 鋭く白い刃物をぎゅっと束ねて連ねたような背の高い岩壁と、砂漠に面する村の間に谷はない。ただし小さなせせらぎが流れ、それが下の村へ近付くごとに勢いと水量を増してやがて深い谷となる。
 だから水源の村での暮らしは、ほかのハイスヴュステの集落のものとはかなり違っているそうだ。
 その原因の最たるものが清冽ながらに少々頼りないほどのせせらぎであり、そしてそのわずかな水の流れる手前、褪せたベージュの砂粒に熱く乾く砂漠との間にどかりどかりと密集し転がる巨石群の存在だ。
 人の背丈を優に越し、角が取れて丸みを帯びた巨大で白っぽい岩石。
 その白さは水源の向こう、高く鋭利な岩壁と似ている。けれども巨石は鋭さを持たず、手の平で触れてもただざらりとしているだけだった。
 なめらかに波打つベージュの砂漠と鋭利にそびえる岸壁の間に、無造作にばら撒いたような巨石の群れはどこからきたのかと不思議なほど異質だ。
 そして水源の村に属するハイスヴュステのの民たちは、その不可思議な巨石を巧みに利用し住まいとしていた。
 その家の丸みを帯びた巨石と巨石の白いすき間に床はなく、たき火の跡の見られる砂地は奥に向かって細長い。
 厚く硬い魔獣の革をつなぎ合わせて壁とした、巨石の間の入り口をくぐってすぐは吹き抜けのように高さのある空間だった。
 見上げると、ねじくれた枯れ木を骨組みに薄い石を巧みに重ねた屋根の内側が見えている。すごい。
 奥へと長いワンルームとでも言うのか、基本は大きな一部屋と言った感じだ。
 ただ、巨石にはさまれた空間の向こう半分は、ロフトのように梁で上下に分けられている。またその二階部分の横手に、巨大な石がもたれ合い偶然できたと思われるちょっとした小部屋のようなスペースもあった。
 岩と岩のすき間と言ってもそもそものスケールが大きくて、広さも強度も住むのに不足はないようだ。なんと言う超自然派住宅。
 たもっちゃんが屋根の辺りを「ふええ」と見上げ、私も同じく「ふええ」と見上げ、そしてレイニーやじゅげむやテオまでも割と「ふええ」となっている。
 これは仕方ない。今この瞬間まで知らずにもいた異文化に、圧倒されつつなぜだか胸がときめいてしまう。
 なお、金ちゃんはすんすんと鼻を鳴らして人様のお宅の居間を掘り、砂の中からブブブブと細かく震え続けるサトイモのようなよく解らない虫を見付け出していた。ちょっとうれしそうだった。
 そんな巨岩の間に見え隠れする集落で、我々が招き入れられたのはアルットゥの家だ。
 今は年頃の姪と二人で暮らしているらしい。
 これがそうだとアルットゥから紹介されたのは、手の甲まで隠す長袖につま先まであるワンピースと飾りの付いた薄布を頭からかぶった恐らく若いと思われる女性だ。
 全身をほぼほぼ黒に隠したその人は、伯父が急に連れてきた客にも嫌な素振りは少しも見せず、ていねいな挨拶とお礼を言った。
 それはアルットゥが我々を、大森林の間際の町で世話になったと説明したからだろう。
 そして、――薄布に表情が隠されているので多分だが。
 礼を言った時の彼女が、どこか申し訳なさそうにしていた理由も。
 あとから思えば、我々とアルットゥが知り合うきっかけになった素材が自分の花嫁衣裳のためのものだと気が付いていたのだ。
 対して、一緒にいた二匹のネコやミスカ、そして複雑なようでシンプルに泥沼をかかえた若者のシピには、彼女は素っ気ないほどあっさりとしていた。
 ごゆっくり、と薄布の下で頭を伏せて礼を取り、しばらく友達の家にでも行くと伯父に告げて出掛けて行った。どうやら、席を外すと言うやつである。
 その後ろ姿にふらっとシピが付いて行きそうなるのを、ミスカがすかざすしっかり止めた。なんとなくだが、慣れている。
 しかし、そのすぐそばで。
 うちのメガネが「あっ」とあわてた声を上げ、そして実際あわてた様子で岩間の家を飛び出して行った。
 何事かと見ていると、アルットゥの姪に追い付いたメガネは取り出した手頃な大きさの両手鍋を渡そうとしていた。だが、多分不審すぎたのだろう。
 首を振り何度か断られた末に、たもっちゃんは勢いよく振り返りアルットゥを呼んだ。ちょっと泣いていたかも知れない。
 メガネに泣き付かれた伯父の口添えで姪がやっと鍋を受け取って、男たちは少し悲しげな、そして申し訳ないような空気をそれぞれかもしながらに戻った。
 私が気が付いたのはそれからのことだが、よくよく家の中を見回すと、たもっちゃんがあわてた理由がよく解る。
 屋内の砂地で直接燃やす方式らしいたき火は今は消されていたが、まだ熱を持っていた。
 それにテーブルめいた小さな台には湯気を立てるスープと、まだあたたかな薄いパンのようなものもある。
 どう見ても、昼食が今から。
 友達の所へ行くなら一緒にこれでも食べて欲しいと、料理の一つも持たせたくなる。気持ちは解る。解るが、それを毅然と断った姪にアルットゥとメガネの空気が気まずい。
「……済まない。あれは、少々頑固なところがあって……」
「まぁ……うん……。俺は平気だから……」
 二人は重い足取りで、そんな会話を交わしつつ戻る。しかし、それに私はいやいや待てやと突っ込んだ。
「知らんおっさんからよく解らん料理渡されそうになったのに、ちゃんと断るのえらいでしょうが」
 この発言でただでさえ微妙な空気が致命的に凍り付いた気はするが、アルットゥの姪はえらいし、私もなにも間違えていない。

 それから、ブブブブと細かく震えるサトイモ形態の虫をワイルドにそのまま行こうとしている金ちゃんを、わあわあ言って止めるなどしながら我々もとりあえず昼食とした。
 生きた虫をそのままはダメよ……。
 まだ熱いたき火の跡を囲む形で砂の上に車座になり、我々がどうしてここにきたのか、そしてどうしてシピやミスカと一緒だったのか。あとは、砂漠に巨大建造物を作って新しく人が住み始めているのでどうぞよろしくお願いしますと、すきあらばカレーを出そうとするメガネと布教に加勢するミスカを押しのけ、お昼ごはんを食べながらに伝えた。
 すると、アルットゥはそれに、なんとも言えない表情を浮かべた。
「つまり、人を呪うためにきたのか?」
「うん、そう」
 力強くうなずく私に、アルットゥの表情の苦みのようなものが深くなる。
 だが我々はこの村にいると言う、人を呪うのが得意なおばばに用があるのだ。
「だってひどくない? ねえ、ひどくない? もうさ、あんな奴らは永劫にくり返す尿路結石の呪いにのた打ち回ればいいんだよ」
 ことの起こりは結構前で、その発端であるエレ、ルム、レミの三人はもうクマの村で安全に暮らす。が、それはそれで絶許なのだ。
 絶許は絶対許さないの略なのでよろしく。

つづく