神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 121

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エルフと歳暮と孤児たちと編

121 不吉な声

 王子率いる視察とは名ばかりでほとんど遊びにきただけの団体は、二泊三日で王都に帰った。
 冬は税金の季節であると同時に、貴族たちには大切な社交のシーズンでもあるのだそうだ。王子にも、外せないパーティー的なものがあるらしい。
 帰りたくないよう。みたいな感じを全身で表現しながらにしぶしぶ王都へ続く転移魔法陣に乗り、王子は別れの挨拶に言った。
「師匠、この街の神殿がもんくをつけてきたそうですね。さいわい、中央神殿の長はせいれんな、話のわかるかたと聞きます。わたしにまかせて、どうぞご安心ください」
 のちにクレブリの街にある神殿の神官が総入れ替えになったと聞いた時、この、いつの間に覚えたのか知らないがビシリと力強く親指を立てた王子の姿をしみじみと思い出すことになる。
 街を去る王子たちの一団と一緒に、割とマジメに視察にきていた事務長も帰った。
 ローバストと王都をつなぐ転移魔法陣はどうとでも理由を付けて使えるっぽいが、クレブリの街は別の領地だ。ローバストの文官が、適当な理由で魔法陣を使うことはできないとのことだった。
 それでも、事務長はローバストから王都経由でクレブリの街まで転移魔法陣を使用したいと申請しておいた。我々の孤児院がどんなものか、一度は見ておきたかったらしい。
 当然本人はローバストにいて、その内に許可を取り付けるくらいのつもりでいたそうだ。
 そうしたらちょうど視察する気まんまんだった王子から、じゃあ一緒にきちゃいなよ。そして僕の代わりに報告書書きなよと誘われて気付けばクレブリの街にいた。らしい。有無を言わせぬ権力と機動力のたまものである。
 まあ、あれでも王族だからな。本人見てると、そんな感じしないけど。
 王や王妃は我々がローバストと縁があると知ってるし、身分的にはローバストの領民だ。
 もしかするとじいや辺りが気を利かせ、身辺調査もしているかも知れない。なににしろ、ローバストの文官が我々と関わりのあることは、かなり簡単に解ったはずだ。
 むしろローバスト領にいる事務長が、どうして別のお役所に申請しただけの孤児院建設の計画書を素早く確認できたのかと言うことのほうが疑問だし、それを言うと視察の日程を考えてみれば王子の耳に入るのも相当に早かったような気がする。
 ……監視。
 されてんのかな……。
 まあ、それはいい。よくないような気もするが、深淵を覗き込みすぎると自らも深淵にどうたらこうたら言うらしいじゃん。
 なので、簡単にまとめるとあれ。
 事務長は王子に同行すると言う条件付きで、転移魔法陣を使用してローバストから最速の日程で視察にくることができたってことだ。
 そのために帰りもきた時と同じく、王子たちと一緒でないと魔法陣が使えない。それがなければ、もう少し滞在したかも知れない。
 たもっちゃんに作らせたまな板みたいな通信魔道具の片割れを持ち、事務長は「連絡する」とだけ言ってさっさと魔法陣に入って行った。とてもドライ。
 あっさりしすぎて逆にすぐ呼び出されるんだろうなと予感させる文官と共に、ローバストの騎士たちも帰った。
 奥手なりにアプローチしていたようだがなんの手応えもなくしおしおとした赤銅色の髪と目の騎士や、そんな上司をなんも言えねーと言う顔で不器用に気づかう部下たちだ。
 隠匿魔法と言うものは恋する男には関係ないのか、レイニーに対する彼の態度は変わらなかった。しかしアプローチの相手はレイニーだ。なんとなくだが手応え以前に、男の純情が伝わっていない可能性を私は感じる。

「あっ」
 ――と、たもっちゃんが今思い出したと言うように不吉な声を上げたのは、三ノ月がなんだかんだでそろそろ終わると言う頃のことだ。
 その時、我々は朝食の席でこれからのことを話し合うなどしていた。
 たもっちゃんは悩んでいた。私もだが。主に、孤児院の人員不足について。
「やっぱ、男手は欲しいよなぁ。騎士さん達も帰さないといけないし」
「料理人は? たもっちゃんがいない時困るでしょ」
「あー、うん。それと、あとは教師かな」
「読み書きとマナーならわたくしが」
「いやー、でもユーディットほかの仕事もあるし。あ、子供の上着どうなった?」
 冬服は街の古着屋でどかどかと買って適当に着せたが、どうせだったらコートはおそろいで作ろうぜと言う話になっていた。
 その辺の手配はユーディットがしてくれていて、「仕立て屋に裁断させたものを、今縫いに出しておりますよ」と彼女の侍女のモニカが答えた。
 ユーディットとモニカは、我々の雑なところをよくサポートしてくれている。
 運営費用はこちらで出すし、なにかあれば駆け付ける。しかし普段の管理は任せたいと、彼女らにはすでに話してあった。
 ユーディットには、孤児院の院長ポジションに就いてもらうつもりだ。モニカはその補助になるだろう。
 たもっちゃんによるとかつては教師を夢見たこともあり、ユーディットのやる気は充分。夫と息子の不祥事はあったが、そのことで今はクレブリの街に一心に尽くそうとしている。この孤児院でも誠実に、そして馬車馬のように働いてくれるっぽいとのことだ。
 我々に取っては、ありがたい人材である。でも、ほどほどに休息は取ってくれていいのよ。
 あんまり一ヶ所にいられない我々の体質については明かしてないが、その辺は根なし草のような冒険者だとなんとなく納得してくれたようだ。
 そうか、我々は根なし草だったのか。多分違うと解ってはいるが、大森林の溶岩池で見た自走する草のことを思い出してしまう。
「やっぱさあ、計算得意な人は欲しいよ。帳簿の付けかたとか教えてもらったら将来的によさそうじゃない? 子供らの就職の時とかに」
 そんな私のざっくりとした意見に、帳簿付けと計算はまた別の話じゃないかと言いながら「まぁ解るけど」とメガネがうなずく。
「探すかぁ。数字に強いってだけなら、商人ギルドで引退した事務方とか紹介してもらえないかな。もうすぐまた渡ノ月だしさ、ほかの街行くついでにでも……」
 いい人いないか探してみようか。
 と、たもっちゃんは言うつもりだったのだと思う。この間の渡ノ月はこの海辺の街ですごしているので、次は別の土地へ行かなくてはならない。
 転勤を嫌がらない人がいるなら、ほかの街から連れてくるものいいだろう。
 しかしそれを言う前に、「あっ」と不吉な声を出しメガネは思い出したのだ。
 一度ガタンとイスから立ち上がり、数秒そのまま固まって、またおとなしくゆっくりと座る。そして、なにもない天井の隅を見ながらに、たもっちゃんは言った。
「忘れてたよね。ギルドのノルマ」
 私も思わず、天井を見上げた。

 ギルドに所属する冒険者には、仕事の日数にノルマがあった。いや、仕事の日数と言うか、正確には、仕事を終えてから次の仕事をするまでの日数に規定があった。
 これは冒険者のランクによって日数が違い、一番下のFランクとその一つ上のEランクは三日。DとCが九日。BとAが二十七日。これはこちらの世界で一ヶ月に当たる。
 我々は棚ぼたながらDランクなので、ノルマの猶予は九日だった。対してテオは二十七日。Aランク冒険者様なので。
 ただしこれはソロの場合だ。パーティを組むと、誰か一人が仕事をすればパーティ全体の仕事とみなされ全員がノルマを達成したことになる。
 そしてこの免罪ルールがある半面、どんなに高ランク冒険者が仲間にいてもリーダーのランクが低いとノルマの日数はそこに準拠することになっていた。
 例えば我がチームミトコーモンのリーダーは一応うちのメガネだが、これだとメンバーにAランクのテオがいてもノルマの日数はDランクのものになるのだ。例えばって言うか、このまんまなんだが。
 なので、我々はDランクのパーティであり、やはりノルマの猶予も九日だ。
 やべえやべえとあわててクレブリの冒険者ギルドに駆け込むと、なんで今さらあわててきたのみたいな感じで窓口のおっさんが罰則三つねと言ってきた。
 我々は、ほとんど丸々一ヶ月遊んでいたことになる。
 マジか。いや、正直忙しかったのもある。
 孤児院作りの難しいところはメガネとかユーディットがほとんど全部やってたが、子供がいるとなんかそれだけで一日が溶けるの。
 つまり私は子供と一緒にカニを食べたりしてただけなのに、いつの間にかまた渡ノ月がきてしまい本当に意味が解らない状態だ。
 あと、なんとなく仕事中みたいな気持ちにもなっていた。ギルドの依頼を受けてる間は、ノルマのカウントも止まる。
 ただ孤児院作りが我々の趣味で、冒険者ギルドにはそんなの関係なかっただけだ。
 世の中ってしょっぱいなと思った。

つづく