神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 348

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お家とじゅげむと輝かしき推し編

348 家

 思わぬところでテオの新しめのすねの傷をえぐることになったが、そんなのはすぐにどうでもよくなった。
 そんなのて。言いかたが悪い。
 里長に改めてテオとじゅげむを紹介すると、我々はまたすぐ別の場所へと案内された。
 同じエルフの里の中だが特に木々が鬱蒼としていて、足場も悪く、ほかの家から絶妙に離れたなんとなく薄暗い場所である。
 我々がわざわざそんな場所に連れてこられた目的は、そこに建った一軒の家だ。
 屋根は樹木の外皮を敷き詰めたもので茅葺でこそなかったが、それ以外は里長の家とつくりのよく似た古民家ふうの家である。
 真新しく頑丈な梁や柱が家屋を支え、外に面したぬれ縁の奥には四枚ほどのガラス戸が並ぶ。その向こうにあるのは十畳そこそこの板敷きの部屋だ。
 部屋の真ん中辺りには板張りの床を切り取った、すでに灰の入った囲炉裏。
 そのふちは敷居のようにわずかに高く厚い横木で囲ってあって、天井からは鍋などを吊るす金属のかぎが垂れ下がっている。
 たもっちゃんと私は叫んだ。
「日本!」
「むかしばなし!」
 異世界では誰も解ってくれないが、叫ばずにいられないこともある。
「気に入ったか?」
 よろこび走り回る駄犬のように取り乱している我々に対し、別に気にした様子もなく問うのは案内してくれた里長の息子だ。
 ぶんぶんと首をタテに振って答えると、彼はそれでやっとほっとしたようにほかにも付いてきてくれた数人のエルフと笑い合う。
 べたべたと床に頬ずりする我々は縁側から家の中を覗いていたが、当然ながら縁側は正しい家の出入り口ではない。
 居間に当たる囲炉裏の部屋は三方向を壁と戸板に囲まれて、収納やちょっとした部屋、廊下などとつながる。
 そして残りの壁も戸もない一方は、一段下がった土間に向かって開かれていた。
 台所をかねた土間は細長く、板の壁には顔の高さに格子の建具をスライドさせて開け閉めできる窓がある。
 玄関は、その横に長い土間の端にちゃんと別に作られているのだ。
 少し特殊と言えるのは、土間の足元が巨大な一枚岩と言うところだろうか。
「なあ、この奥も見てくれ。注文通りに造ったが……本当にこれでいいのか? 浴室だろう?」
「うん。あのね、五右衛門風呂って言ってね。でっかい鍋みたいな浴槽作ってね、それをここにはめ込んで煮られる様に入るんだ!」
「えぇ……?」
 土間から囲炉裏の部屋を突っ切って、壁一面に四枚連なる引き戸を開くと横向きに真っ直ぐな廊下が伸びる。
 それを奥へ向かって行けば、未完成ながらに風呂場とおぼしき小部屋があった。
 たもっちゃんがテンションを上げすぎて気持ちの上でエルフに引かれているのを横目にしつつ、覗いてみると浴室はつるつるの丸っこい石をタイルのように敷き詰めた四畳程度の長方形だ。
 その奥の三分の一ほどが膝くらいの段差で高くなり、段の上の真ん中に丸く穴が開いている。ここに、大鍋みたいな浴槽をはめ込む予定なのだろう。
 家の中を一通り見て回った我々はぞろぞろと一回外へ出て、改めて真新しいが古民家づくりのその家を眺めた。
 そうして見ると、家は直接地面に建ってはいない。土間の足元と一続きになった、平たくみがいた一枚岩が巨大な基礎の代わりとなっているのだ。
 この岩、春に我々が運んどきました。
 そう、ほかならぬ我々が。
 だからこの新しく作られた家こそが、もう固定資産って地面に固定されてる資産って意味じゃないのは知ってるけれど地面に固定されてさえなければ家だってアイテムボックスにしまえる気がする。
 そんな私のアホな気付きと、エルフの作った家に住みたい変態の野望。そして我々に対してなんかさせろ、いや、しなければ。と、張り切るエルフたちの要望が変な感じに合致してこの世に生み出されることになった、我々のためだけの持ち運び式の家なのである。
 いや、持ち運び式って言うか、独立した一枚岩の上に建ててもらったお陰でデタラメなアイテムボックスに収納できるってだけだが。
 本当は切り出した木材をきっちり乾燥させるだけでも普通なら年単位で時間が掛かるのを、エルフたちがうまいこと魔法を駆使して時短で建ててくれたとのことだ。ありがたい。
 この家があれば、もう野宿なんてしなくたって……いいんだぜ……。
 やったあうれしいと気分的にむせび泣いた私だが、えっ、お前エルフが建てた神聖なる殿堂を普段使いするつもりなのかよ。などと、ドン引きみたいにして言ったメガネとばちくそになってもめるのは、もう少し時間が経ってからのことになる。
 使うわ。家なんか、普通に使うわ当たり前だろ。

 そうやってエルフの里に到着してからまあまあすぐにわーわー言ってもめたりはしたが、我々の間に特別深い遺恨が残ったりはしなかった。
 たもっちゃんも私も普段からあんまりなにも考えてないと言うか、ちょっと時間が経ってしまうとどうでもよくなりがちと言うニワトリみたいな生態が理由の一つ。
 そしてもう一つの理由は、ここがエルフでいっぱいのエルフの里だと言うことだ。
 ちょっとなんかもめてるとすぐにエルフが様子を見にきてまあまあと仲裁に入るので、エルフの波動にやられたメガネが大体ふにゃふにゃになってこだわりを投げ出す。
 あいつ、ホント……今さらだけど。あいつ、ホントあいつだな……チョロい。
 信仰心があつすぎるメガネが夢見心地でエルフの里を満喫する内に数日がすぎて、私は私でせっかく森にいるからとせっせと草をむしったりしてすごした。
 諸事情あって借金を背負ってるテオも、大森林の里を拠点にエルフたちと連れだって日々魔獣を追い掛け回してなかなか荒稼ぎしているようだ。よく素材を預けにくるので。
 レイニーは基本私と一緒に草をむしりに出掛けたりするが、ただいるだけで絶対に手伝ってくれたりはしない。いつも通りだ。
 だから今、ちょっと私を困らせているのはじゅげむについてのことだった。
 里に滞在する間、我々はエルフたちがつくってくれた持ち運び式の古民家で寝泊まりしていた。
 家があるのは日の当たらない村の端っこで、立地がいいとは言えなかったがそれはどこで建ててもどうせ持ち運ぶ訳だしとテキトーに選ばれた場所だったからだ。
 そこへなにも考えてない我々が、里に滞在する間だけならどこでもそんなに変わらんだろとそのまま入居してしまっただけだ。これを本当に入居と言うのかは解らない。
 私はその家の土間の、端に作られた玄関の木戸を注意深く細く開くと外に向かって足から体を滑り込ませた。
 外に出ようとしている割に、どこか忍び込むかのような行動だ。
 実際、私は人目を忍んでもいる。
 しかし運命のいたずらか、単に私が自分で思うより豊満なのか。おいやめろ。
 尻の辺りが木戸のふちに引っ掛かり、ガタガタと普通に扉を開くより大きな音が辺りに響く。
 すると、ぺたた、と板間を走るはだしの子供の足音がして、じゅげむがぱっと土間に飛び下りてきた。
 そして私の胸の辺りにひらがなで「にゃ~ん」と書かれた心底ふざけたTシャツの裾を、小さな両手でしっかりとつかんだ。
「ぼくも」
 困る。
 あとかわいい。でも困る。
 私はぐっと顔を天井へ向けた。
 じゅげむの後ろでは土間から一段高くなった板間から、たもっちゃんが「えぇー」と声を上げながら顔を覗かせる。
「寿限無、俺といんのやなの?」
 ねー、一緒に水で煮た豆をペーストになるまですり潰そうよー。などと、メガネは巨大なすり鉢をかかえて謎の勧誘をしていたが、しかしじゅげむはふるふると頭を横に振る。
「くさ、むしりにいく。おてつだい」
 口をきゅっと引き結んだじゅげむから、このセリフを聞くのは初めてではない。具体的には、昨日からしっかり予告されていた。
 だからこそ私はエルフの里を満喫するメガネにじゅげむと金ちゃんの二人を任せ、こっそり森へ柴刈りに向かおうとしていた。
 だって、大森林だから。
 危ないから。大森林だから。
 そもそも、これまでも誰かがじゅげむと人里に残ることはあったのに、今日に限ってどうしたと言うのか。
 そこのところを改めて問うと、タモツおじさんが料理を始めると里のエルフが興味津々に集まって自分にできるお手伝いがほとんどなくなってしまうとじゅげむは語った。
「えっ、まさかのやりがいを求めて私に付いてこようとしてんの?」
「くさむしるう……おてつだいするうう……」
 じゅげむは仕事をよこせとまるで子供らしくない要求を、私のTシャツにぶら下がりやたらと子供らしく突き付けてごねた。

つづく