神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 217

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回収続行シュピレンの街編

217 肌色とは

 いや、最近は肌色を肌色とは呼ばないらしい。それでは代わりになんと表現するのかまでは、当然私が知るはずもない。時代の流れに戸惑うばかりだ。
 集合住宅一階の、大家の部屋の扉が開いて人族だ人族だなにしてんだ人族だとわらわら出てきた裸のネズミは、しかし膝の辺りまであるクリーム掛かった生成りのシャツをめいめいに着ていた。
 じゃあ着てる。そんなのしっかり服着てる。裸とは言わない。
 自分でもそう思ったし、実際全然裸ではない。なのにどうして裸だと、反射的に思ったのだろう。
 それは彼らの全身に、産毛以外の毛がないからだ。
 黒目がちの丸い目に、ぴろぴろ薄く丸い耳。しかしピンク掛かったベージュの皮膚がむき出しの、大小様々なサイズの毛のないネズミがそこにいた。
 普通にびっくりしてしまう。たかだか毛がないだけで、多分だけどなんらかのげっ歯類だと思う。くらいに全然印象が違った。
 出てきたネズミの全員が同じく素肌がむき出しだから、元から毛のない種族なのだろう。毛根は本人の責任ではないが、なんと言う業を背負わされているのか。
 かわいそうにな……みたいな気持ちをうっかりいだき、そしてすぐにはっとした。
 自分やメガネの服からはみ出た手や顔の、この見慣れた肌色はなんなのかと。肌だよ。
 そうだった。動物としては人族も毛は少なめなほうだった。いや、生えてる人もいる。胸毛とか。でもそれは人にもよるし、髪の毛についても悲しみの深い個人差はあった。
 毛皮がないのがかわいそうなら、人族もほかの獣族たちから内心同情されていてもおかしくはない。
 それに髪の毛に関しては、裸のネズミたちだって頭の上にはモヒカンめいた短めの毛が生えている。
 なるほどね、と私は一人でうなずいた。
「たもっちゃん、生き物の本質なんて突き詰めて行けばきっとそんなに差なんてないのよ。種族の違いがなんだって言うの? 毛の話はもうやめておきましょ」
「……俺、何も言ってないからね」
 と言うか誰もなんにも話してないし、私も誰とも話していない。ただ単に、私が一人で勝手に同情し、一人で勝手に人族だって動物的にはハゲなんだなと納得しただけだった。
 だがそんなことを考えていたとは、さすがにメガネも知らないはずだ。
 それなのに、巻き込むのはやめてとばかりに危険な会話を回避した。さすが炎上しやすいSNS時代を生きてきたネット住民だなと思った。
 ただ、そんな会話を目の前でしていたこともあり、なにかを察した裸のネズミの大家さんから「人族はオレらをハゲだハゲだっつうけどよ。オメェらも大概ハゲてんからな」と大体思っていた通りのことを言われた。
 テオをブーゼ一家に置いて、燃料コンロとランプの店に行ったのが朝。それも若干迷惑なくらい早かったのに、店の主人にいいように転がされて時間を食った。
 この集合住宅にきたのは、あと一時間もすればお昼の時分と言う頃だ。
 早く掃除に取り掛からないとまた暑い時間になってしまうし、なんならすでにそこそこ暑い。
 外で実際の清掃場所を見ながらに詳しい希望を聞くことになって、大家さんたちと移動する。それには丈の長いシャツのネズミが、子供も一緒にぞろぞろ全員で付いてきた。
 このネズミの集団が今回の代表依頼主、大家さんのご一家なのかなと思ったら、大家なのは背丈が私の肩ほどの老夫婦だけがそうだった。
 そのほか大人の半分ほどもない子供や育ちすぎた小型犬くらいの小さな子供は、隣室に住む大家さんの娘夫婦の子供を含めて仕事に出ている住人の子を昼間預かっているものらしい。
 いや、子供だけでも十人くらいわらわら出てくるからなんなのかなと思ったんだよ。
 今回の清掃依頼は大家と入居者がお金を出し合い、大家さんが代表としてギルドに依頼したそうだ。
 大家のおじいちゃんが小さい子供をあやしながら言う。
「まさか人族がくるとは思わんかった。獣族のギルドに頼んだんだしよ」
「そんなんあるんですか」
「あるに決まってんだろうよ。こん辺はハプズフトの旦那のシマで、住んでんのも流れてくんのも獣族ばっかなんだから」
 なんとなく口調が雑な気がするが、これは私の印象が最初から悪いせいかも知れない。おじいちゃんとは実質的に、ハゲと言い合った仲なので。
 確かにおじいちゃんの話の通り、獣族と人族を一緒にまぜると嫌がる奴もいると聞く。気にせず働くいい雑さの人たちもいるが。
 昨日我々が足を運んだ冒険者ギルドは、仕切る一家が二年ごとに変わる四つ目の区画に建っていた。大家夫婦が今回の依頼を出したのは、それとは違うギルドのようだ。
 建物と場所が離れていても同じ組織に違いはないから、預かった依頼の情報は互いに共有している可能性は高い。
 この集合住宅の清掃は特に、受け手がなかなか現れず罰則ノルマに組み込まれた依頼だ。我々もペナルティをかかえてなければ、多分選んでいなかった。
 色々と、回り回ってきっと今。みたいな感じがとてもする。
 大家のおじいちゃんも私も、最初は、そんな話をする余裕があった。
 だが、長くは続かない。
 見慣れない大人への好奇心と警戒で、ネズミの子供はおとなしいようで騒がしい。押し合いへし合いして騒ぎ、すきあらば無意味に走ってあっちこっちに散らばろうとする。
 なぜなのか。
 全然言うことを聞いてくれない。やめてと言うほどきゃあきゃあ言ってテンションが上がる。そして無意味に駆け回る。その無尽蔵の体力はどこからくるの? 永久機関かなんかなの? こっちの体力はもうゼロよ。
 クレブリやベーア族の村などで多少は子供に慣れていると思っていたのに、なんか全然勝手が違う。そして集めても集めても、子供は集めた端から逃げて行く。私、解った。この作業、多分永遠に続く。
 気まぐれな子供を必死になってかき集めていると、うちの子も金ちゃんの肩から地面におりて一生懸命子供集めを手伝ってくれた。優しい。すぐそばでヒマそうにしているレイニーは全然手伝おうともしないのに。うちの子は優しい。
 しかしその優しさは、恐らくむくわれることがなかった。
 散らばる子供を追い掛けているうちの子を、さらに金ちゃんが追い掛けて、のしのし付いて歩くのでそこだけ特にネズミの子供がものすごく逃げる。
 仕方ない。トロールに追い回される小さい子供は、リアル鬼ごっこ感がある。あれは逃げる。仕方ない。そして外聞がものすごく悪い。
 この集合住宅の近所には、やはりよく似た規模の小さなアパートのような建物が多い。その二階や三階の、板戸の窓が薄く開いてあちらこちらで色んな姿の獣族たちが心配そうにはらはらとしていた。
 これはいけない。大家のおじいちゃんが一緒のためか、かなり心配そうではあるが今のところは見守られているだけだ。地域で子育てする社会。素晴らしい。個人的には、事案になる前になんとかしたい。
 たもっちゃんは大家の奥さんと一本の日よけの傘を差し、清掃予定の建物の前で足元や屋根の辺りを身振りで示してなにかを話し合っていた。なにかと言うか、多分清掃の範囲と計画とかだろう。
 我々はそれを、一秒でも早く帰ってきてと強く念じてじっとりと見守る。場所は退避した建物の中。階段ホールもかねている、建物全体の入り口の所だ。
 日光を避けて影の中に入りつつ外も見られる位置取りで、レイニーに頼んで入り口に障壁を張ってもらえば無尽蔵の子供といえども脱走は不可能。完璧だ。上に伸びる階段の途中に金ちゃんを抜かりなく配置して、小型犬一匹通さぬ強固な守り。
 そして忘れてはいけない最も重要なアイテムが、子供のおやつにばらまいたプリンだ。
 しばらくすると清掃の打ち合わせを終えて、大家の奥さんとメガネが相合傘で戻った。
 そしてレイニーがエアコン魔法で冷やしてくれて、甘い香りのただようその空間になんだか微妙そうな顔をした。
「何してんの?」
「課金」
 たもっちゃんの問いに尽きた体力を振りしぼり、しかしきっぱりと私は答える。
「私、思い出したんだ。クレブリの子供たちとかも、お駄賃とかごはんとかおやつなんかを出す前は対応が塩でしかなかったことを」
 そう、私たちがあいつらに慣れたんじゃない。あいつらがぐっと大人になって我々に合わせてくれていたのだ。
 単純な事実だ。研修中のバイトよりも使えない、こんな独身が子供をまとめられるはずがない。そうした深い納得と共に、私は使える手段は全て使った。
 レイニーの障壁とトロールによる封じ込め、そして課金と言う名の最終兵器の投入である。みんな大好きプリンはやっぱり強かった。

つづく