神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 62

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大森林:間際の町編

62 連れてく

 こいつ連れてくの、やだな。
 そう言ったのは、たもっちゃんだったか私だったか。ちょっと記憶があやふやだ。
 しかし、どちらでも構わない。我々の意見が完全一致していることに変わりはなかった。
「もうさぁ、あいつ村に捨ててきちゃおうよ」
「そうね、それがいいかもね」
 たもっちゃんが言って、私がうなずく。
 辺りは夕暮れ。大森林の間際にある町の外側で、夕食には早すぎる食事を終えたところだ。
 原っぱには、アイテムボックスにこれでもかと死蔵した圧縮木材のテーブルをいくつもくっ付け並べてあった。その中の一つで、我々は頭をよせ合いひそひそと話す。
 悩ましげなメガネに、難しい顔のテオ。頭に巻いた布のすき間にホットケーキを吸い込むレイニー。それから私と、私の持った鎖の先でヒマそうなトロール。
 トロールを除く四人がテーブルで額を突き合わせ、話しているのはリンデンのことだ。
 彼が奴隷になったのは完全にギャンブルで作った借金のせいだが、明らかに一切反省していなかった。そんなお金にだらしない系のクズを連れ歩くのは、なんとなく嫌だ。
 なにより、彼には家族がいるのだ。三年放置してるけど。特になにもない小さな村で、刺激はないけどおだやかで小さな幸せ的なものをかみしめさせてやろうぜ。
 そんな善意でコーティングしたこちらの都合で、リンデンのヴィエル村送りは決定した。
 あとのことは、リディアばあちゃんに責任取ってもらおう。保護者として。大変だな、保護者って。
 しかし、と。デザートが残るばかりのテーブルで、難しい顔のテオがささやく。
「その村はローバストにあるんだろう? 送るにしても、ここからは遠い。行って戻れば冬になる」
「それなぁ」
 困るよね、と悩ましそうにメガネがうなる。
 大森林に入るなら、秋を逃すのは痛手だそうだ。魔獣も草も、そのほかの素材も。質、量共に秋が一番のピークになるので。
 ローバストにあるヴィエル村まで、リンデンを一人で戻す手もなくはない。だが、不安だ。
 あれを野に放ってはいけない気がする。野って言うか、賭博系の娯楽がある社会に。
「それにさー、リンデンだけじゃないんだよね。あっちもさ、街まで送んないと」
「あっち?」
 たもっちゃんが顔を上げ、残りの三人がその視線を追う。
 少し離れた所には、実家への強制送還が決定しているとも知らずホットケーキにかぶりつくクマがいた。
 のんきなものだが、たもっちゃんが言っているのはこいつではない。
 そのクマのそばで、また別にいくつかくっ付けたテーブルを囲む八人の奴隷。選民の街の元住人たちである。
 彼らは奇跡でも目の当たりにしたかのような顔付きで、ホットケーキを見詰めながらに少しずつ大事に口に運んだりしていた。
 大丈夫だよ。お代わりあるよ、お代わり。
 もっと思い切って食べていいのよと、アイテムボックスから作り置きのホットケーキをお皿に出してあちらのテーブルに置いてくる。
 その時の彼らの表情は、まるで神を見るかのようだった。いつの間にやら、ホットケーキに信仰めいたものが発生している。ご神体は、やはり酵母菌だろうか。
 どうでもいいことを考えながら、メガネと剣士と天使のいるテーブルに戻る。彼らが続ける話の中身は、変らず選民の街の元住人、八人の奴隷たちについてのことだ。
「急いだほうがいいと思うんだよね」
「そうだな。調査の役人が街にいるなら、早く戻して証言させるのが良いだろう」
 たもっちゃんが言うと、テオが同意を示してうなずいた。
 不正にまみれた選民の街で、彼らはまさに被害を受けた証人たちだ。
 王都の調査が入ったはずの街に戻って、そこでなにが行われていたか証言する必要があった。そして、自分たちを含めた被害者の救済を訴えなくてはならない。
 そうなれば、彼らの身柄は国が保護することになる。はずだ。と、メガネは言った。
 ならば、仮にも一応奴隷を買った主人としての我々の役目は、そこで終わりになるだろう。それは助かる。奴隷とは言っても、人間を八人もかかえるのは正直重い。
 だが、これにも問題があった。と言うかなにも解決していない。私たちを困らせるのは、リンデンの送還方法同様に八人の奴隷をどうやって輸送するかと言うことだ。
 食料といくらかのお金を持たせ、謎馬の引く乗り合い馬車に乗せるのはどうだ。でも、奴隷だけで旅するってありなのか。
 もしも途中でなんかあったら、我々の責任になりそうな気がする。放棄する気はまんまんだったが、一応まだ奴隷たちの所有権は我々にあるのだ。
 責任はさー、やだー。とか言って。
 もはや議論でも相談でもなく我々がぐだぐだ話していると、そこへ天使が現れた。
 いや、嘘。違った。本物の天使は布のすき間からおやつを吸い込み続けるだけで、あんまり役に立ってない。
 現れたのは、ノラだった。
「あのっ……あの、それ。送るの。ボク……じゃ、ダメでしょうか」
 自分の仕事は、我々を送り届けることだった。それはすでに達成している。帰り道は少し遅くなっても構わない。元々、あの街のことは気になっていた。帰りに立ちよるつもりでもいた。だから、八人の奴隷たちを送り届けるのはついでだ。
 思い切ったように。勇気を振りしぼるように。
 大きな帽子のつばをぎゅうぎゅうにぎりしめ、少年のような姿の御者はおどおどしながらも懸命に言った。
 百点である。
 我々に気を使わせないように、必死に考えているのが解る。それに、彼女は話すことがとても苦手だ。
 そのことを知っているので、余計にえらい。
 とりあえず、プリンを多めに出しておく。おこぼれにあずかる奴隷たちの間で、プリン教がめきめきと頭角を現した。
 それから一夜明け、翌朝のことである。
 えらいねえ、えらいねえ。途中で困ったら、騎士さんたちに相談すればいいからねえ。
 そんなことを言いながら、孫を初めてのお使いに出すジジババのように我々はノラたちを送り出した。
 出発に際して、貴族仕様のドラゴン馬車にかなり強引に連結したのは中古の荷馬車だ。うちのメガネが夜なべして、張り切って魔改造したものである。
 荷馬車には重量軽減の魔法陣が焼き付けてあって、八人乗っても大丈夫。ドラゴンの負担も最小限で済むらしい。
 魔法陣を起動するには毎日魔力を込める必要があったが、これは騎士たちが引き受けてくれた。アーダルベルト公爵家の騎士たちも、なぜかノラたちと一緒に出発したので。
 彼らも、王都に帰る予定ではあった。
 我々が選民の街についてをチクッた相手がアーダルベルト公爵だと聞き、帰りに様子を見てみよう。みたいなことも言っていた。
 目的地は同じだ。ノラたちに同行するのも解らなくはない。解らなくはないが、しかし、確実にそれだけではなかった。
「若い娘に一人で旅はさせられぬ」
 ノラの性別を正しく知って、騎士たちは使命感に燃えるイヌのように背筋を伸ばした。そして、きりりと表情を引きしめて言った。
 婦女子に優しいタイプの紳士か。
 厳密に言うと、選民の街までは別に一人ではない。男女合わせて八人ほどの同行者がいる。奴隷だが。
 ちなみに、荷馬車に乗った奴隷たちの服装はボロ布から普通の古着になっていた。騎士たちが食事の礼にと買ってきてくれた。
 しかし、彼らが一緒なのは選民の街まで。
 そこから王都に帰る道は、ノラ一人になる。我々もそれはちょっと心配で、だから、騎士たちの申し出はありがたかった。
 ただ、信用ってこう言う時に出るよね。
 騎士との間になんかあったら容赦なく使えと、うちのメガネは少量の魔力でえげつない魔法が展開する板を何枚も何枚もノラに渡した。孫を思うジジイの気持ちが強すぎる。
 たもっちゃんはほかにも、買い込んだ布に保存と冷却の魔法陣を描いてパンや干し肉をこれでもかと包んで一行に持たせた。
 包みの中にはいまだ実験中のフリーズドライ食品もあったが、残念ながらイマイチのできらしい。乾いた謎のかたまりにお湯をそそぐと味がしみ出し、ひしゃげた野菜や肉のスープになるのがせいぜいとのことだ。
 それでも騎士たちの食い付きはよかった。
 この世界での携帯食と言えば、干し肉やものすごく固い試練パンくらいだそうだ。……あれな、つらいよな。特にパン。
 お湯を用意する必要はあるが、この謎の乾いたかたまりならば野外でも調理の必要なくあたたかいスープが飲める。
 騎士たちは三人そろって顔を近付け、公爵様に報告して軍備に実用化してもらおうなどと密談のようにひそひそしていた。
 そうして過半数の同行者を送り出し、残されたのはメガネとテオと、レイニーに私。そして隻腕のトロールや、ギャンブルさえしなければいい人なのにとご近所で噂されそうなリンデン。いかれたパーティメンバーである。

つづく