神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 367

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過去を訪ねてラーメンの旅路編

367 ツーブロック

 素朴で優しき若様の、長めに伸びてそのまま垂らした髪の毛は頭の上下で二色に分かれ、上は涅色、下半分はほとんど白い。
 この涅色は茶色掛かった黒を指し、まあギリギリ茶色と言って差し支えない色だ。
 つまり、テオの見知ったズユスグロブ侯爵の頭と酷似した色合いを持っている。
 たもっちゃんは宿屋の部屋でテオの話を聞かされて、座っていたベッドに勢いよく倒れ込み両手で顔を隠してわめいた。
「絶対身内じゃん! そんなの遺伝子のなせる技じゃん!」
「いや、待ってたもっちゃん。まだそうと決まった訳じゃない。だって若様って地主さんのとこの子じゃん」
 また望みはあると思い込もうとしている私を、たもっちゃんはベッドの上に転がって顔を押さえた手の間から悲しげに見た。
「でもね、リコ。確かに俺達地主の屋敷だって連れて行かれはしたけど、若様がそこの子だとは聞いてないんだよ」
「えっ、嘘……きったな」
 正確に言うと我々が勝手に地主の屋敷に主っぽい感じでいる若様を地主のご子息だと自主的に勘違いしてるので、向こうはそんなに汚くはないのかも知れない。
 が、とりあえず今は自分たち以外の誰かを責めたい。そう言う時ってあると思うの。
「いや、でもまだ状況証拠だけだし……髪の色が似てるってだけで、他人の空似ってことも……」
「ないだろうな。色だけでなく、分かれ方も同じとなると」
 ごにょごにょと一縷の可能性にすがり付く私を、どこか憐れむように、しかしきっぱりとテオが切り捨てた。
 茶色の髪は、どこにでもいる。
 白っぽい髪も、年齢層を選ぶかも知れないがよく見る髪色ではあった。
 けれども、その二色が一つの頭でナチュラルボーンツーブロックヘアカラーをなしているとなると話は違ってくるらしい。
 二色に分かれた若様の髪は地球人の我々からするとめずらしいように思えたが、異世界人の感覚としてもまあまあめずらしいものだったようだ。マジかよ。
 つまり若様はどうやらその辺の地主の息子ではなくて、ズユスグロブ侯爵のご子息と思って恐らくは間違いなかった。
 いや、でもズユスグロブ侯爵はズユスグロブ領を治めている訳だから大体の感じでざっくり分類してみれば地主みたいなものと言えなくもない。かも知れない。
 そもそも若様は地主の息子と名乗ってはおらず、使用人たちも明言はしていないと今しがた判明したばかりでもある。
 嘘はついてない。嘘は。
 ただ大事なことを全然言わなかっただけで。あいつらは普段の我々か。
 なお、貴族が病弱な子供を隠すのはよくある話とのことだ。
 ほかの貴族に知れたら弱みになるし、万が一なにかあった時にも誰も顔を知らないのなら別人と入れ替えることだってできる。
 なんかさらっとえぐい話を聞かされたような気がするが、とにかくそう言った事情があって若様は地主の屋敷に身分を秘して隠されていたものと思われた。
 嘘でしょの気持ちとちっきしょーの気持ちがいっぺんにきてぼーっとしてしまう我々に、最後にテオが言い含めるようにして告げる。
「だからな、気を付けろ。頼むから。これからもあの屋敷を訪ねる事はあるだろう? それは良い。若様に薬湯が必要だと言うなら、見て見ぬふりはできない。しかし、侯爵本人がいないかどうか、よく注意する事だ。お前達だって、わざわざ鉢合わせしたくはないだろう?」
「アッ、ハイ」
 確かにそれはなんか、ものすごく嫌だ。
 よく考えたらいまだにズユスグロブ侯爵と顔を合わせたことはないのだが、イメージだけで普通に恐い。
 そんなところまでご心配いただきなんか心底サーセンと、たもっちゃんと私はベッドの上とイスの上からそれぞれテオに向かって深く深く頭を下げた。

 そして、これはテオから忠告を受けたのと同じ夜。
 しぶしぶ、ものすごくしぶしぶ、アーダルベルト公爵の所へ会いに行きこんなことになってしまいましたと土下座の勢いで報告した時のことである。
「あぁ、やっと気が付いたんだ」
 公爵、なんか全部察してた。
「ズユスグロブ侯爵はねぇ、とっくに成人した跡継ぎがいるのに社交の場に連れて出ないから何かあるのではと言われてはいたんだ。そこへ、君達の話だろう? 十中八九そうかな、と。どう転ぶか解らないからできれば関わって欲しくはなかったけど、あちらが慎重になってくれたのは運がよかった。まぁ、そうだね。こうなった以上は、着かず離れずで恩を売って行けば良いんじゃないかな」
 公爵家の寝室に急になだれ込んできた我々に、アーダルベルト公爵はそれでもきらきらしくにっこりと笑う。
 この「どう転ぶか解らない」と言うのは、強靭な健康が付与された薬草が必要な息子のためにズユスグロブ侯爵が我々を捕えて馬車馬のように働かせると言う可能性を加味した上での表現だそうだ。めっちゃ恐いじゃん。
 そう言うの知りたくなかったなとしみじみしながら思い出したが、若様と出会った話を全部白状させられた時にアーダルベルト公爵はなんか遠い目をしていた気がする。
 それ、あれか。こう言うのを全部ひっくるめて察した時の表情か。
 その場で言ってよとは思ったが、公爵も多分と言うだけで確証などはなかったらしい。そしてそのやり取りも、もう結構前の話だ。
 だから公爵の中ではすでに決着と言うか、これからも要注意ではあるものの一応納得済みの案件と言う位置にあるらしい。
 ズユスグロブ侯爵がどう見ても我々とおぼしき冒険者について調査しているって話もあったし、それでいてチームミトコーモンには手は出さず様子を見ると派閥内に通達もしている。
 そのことを合わせて考察するに、ズユスグロブ侯爵は息子の所に現れて訳の解らないお茶などで若様の呪いと体調をそこそこ整えて行った冒険者たちが我々であると、恐らくは完全に承知しているだろうとのことだ。
 この予想はアーダルベルト公爵のものだが、我々は以前、不安がる使用人のご婦人たちをなだめるためにギルド証を提示してあった。
 だから若様に薬草を届ける薬屋みたいな我々と、領主ともめてるパーティが同一であるとはすでに認識されているのだ。
 にも関わらず息子とおそろいの髪を持つツーブロック侯爵は、メガネの男とやたらと草を持った女ともう一人印象に残らない女と片腕だけの顔に傷のあるトロールの奴隷を連れた冒険者パーティと言う、わざわざ解りにくい検索設定で我々について調べた。
 この話もアーダルベルト公爵から聞いたが、テオはその時うっかり奴隷落ちの真っ最中で、じゅげむとはまだ会う前だった。彼らが検索条件に入ってないのはそのためだろう。
 かなり以前に交わした会話を、公爵はちゃんと覚えていたらしい。
 魔石のランプを小さく一つ灯しただけの豪華で薄暗い寝室の、天蓋付きのベッドの上で公爵はしたたるような蜜色の髪をとろりと揺らし、首をかしげてその件にも触れた。
「君達が誰かを承知の上で、敢えて伏せる意図はきっと候にしか解らないだろうね。けれど、白砂糖で知られてしまったチームミトコーモンの名前は出さず君達を密かに調べたかったとしたら、筋は一応通るかな」
 ご子息の状態を隠したいのならば、耳目を集めるのは避けたいだろうし。
 公爵はなにかを思案するように淡紅の瞳をわずかに伏せたが、それもほんの少しのことだ。一応の説明が付いたので、一応気が済み結構あっさり話は終わった。
 たもっちゃんが公爵のために発注しているスウェットはいつできるのか、寝てて連れてこられなかったじゅげむは元気にしているかなどと、そこからはまあまあの雑談に移行する。
 テオは港の宿屋で寝てるじゅげむを見てくれていて、公爵家の寝室になだれ込んだ中にはいなかった。
 子守りは普通にありがたいのだが、アーダルベルト公爵が寝ている夜の寝室に勝手に押し掛けると言う非常識事案と、もっと長引きこじれると思われたお説教からなんかうまいこと逃れたとも言えた。
 最近はあんまり思わなかった感覚ながら、常識人のちゃんとしたとこと危なげのない手堅さを感じる。

 忘れてたことを思い出し、埋め合わせ、我々は晴れて自由の身となった。別に囚われていた訳ではないが。
 そして二ノ月二十日、いよいよトルニ皇国への船が出港する日を迎えた。
 待ってる間にあっちこっちに行っていたせいか、結構すぐだったような気さえする。しかし、元々が月に一回の運行だ。
 しかも乗客がいっぱいになれば予定より数日早く出港したり、あまりに客が少ないと出港しないこともあるそうだ。
 今回は予定通りに出ると聞いてめちゃくちゃほっとしているが、帰りも似たようなものらしいので全然なにも安心できない。
 異世界、ちょっとこう言う雑なとこある。

つづく