神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 380

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ラーメンの国、思った感じと違う編

380 国選ガイド
(※本作品はフィクションであり、実在の人物、団体、地域などとは関係ありません。他意はないです。)

 牢にまで入っていることを思えば恐らく笑っている場合ではないのだが、三国志の腹黒策士みたいな官吏がご婦人ににこにこ見詰められポンコツになるのはおもしろすぎた。
 なんとなくだが某ブルーメのクマの村にいる赤銅色の髪と目の隊長さんや、砂漠の村のアルットゥとその姪の前でだけ挙動不審なハイスヴュステの青年のことを思い出す。
 なぜ人は、特定の人物の前でだけ急にテンパってしまうのか。
 またもや男のこじれた純情を見てしまった気がすると同時に、今回は性格の悪い官吏の弱みをにぎっちゃったなと言うような心地だ。
 あれとちゃう?
 これ、このご婦人に泣き付いてあることないこと吹き込んでみたらこの官吏に限っては大体なんとかなるんちゃう?
 そんなよからぬアイデアが浮かんでしまうし、それに、その弱みの原因である女性を見ていたら彼が弱くなってしまう気持ちも解る。
 官吏がちゃんと謝ったので「ほらね!」みたいな感じで胸を張る、笑顔のぴかぴかとしたご婦人のことは私だってなんだか好きだ。ずっと優しいんだよ我々に。
 もうなんか、全面的にありがたい。
 お団子を丸めるのも手伝いたくなるし、あわよくばほめてもらいたい。
 じゅげむとレイニーがせっせとお手伝いしてるのにまざって私も私もと思ったら、今ちょっと忙しいのでとレイニーだけでなくじゅげむにもやんわり断られてしまった。
 正しい判断力が育っていてなにより……。
 不器用すぎてお手伝いがジャマにしかならない私を放置して、じゅげむとレイニーが丸めた団子は野菜と魚の入ったスープに投入されて団子汁に仕上がった。
 あとは兵舎に運んでもらい。配膳などもそちらでやると言う。
 ご婦人はできた料理をちょっとだけじゅげむにも味見させてくれ、ありがとうねえ、とほんわり笑って礼を言う。
 その様はこれぞ慈愛と我々をうならせ、ガチ勢である男性官吏は顔を隠した扇の下で「んんっ」と変な声を出していた。自重してくれよな。
 金ちゃんがつまみ食いした食材は実費で支払い弁償することで話が付いて、ムリな謝罪が尾を引いているのかさっさと追い出したい様子の官吏とやたらと別れをおしむ一部の兵に見送られ、我々は諸事情あって引っ立てられたお役所的な建物をやっとあとにした。
 なお、ガイドがいない状態なので、まだ決まっていない今夜の宿までレイニーの素顔を知らない兵に監視をかねて送られた。
 我々がうっかり起こした騒乱は本来罪に問われるべきものだが、その原因を作ったのは皇国の民、それも旅行者をみちびき保護すべきガイドであることをかんがみて不問とされるとのことだ。
 ただしその条件として、ガイドに対して責を問わないこと、と付く。そしてこれはすでに了承の書類にサイン済みなので、ごねても仕方ないらしい。
 お役人ってきたねえな、とそこはかとなく思いながらに一夜明け、翌朝。
 トルニ皇国に上陸したその日からずっと一緒にやってきた、そして我々の天真爛漫な奔放さに辛抱堪らず三文芝居を仕組んだと聞く、
男女のガイドが普通にそのまま現れた。
 そのままと言うのは、顔ぶれが、と言う意味である。
「嘘でしょ?」
 こんだけもめたら交代とかあんじゃないのかと、宿の部屋からラウンジに下りたらすでにそこで待機していたガイド二人に思わずそんな本音が出てしまう。
 我々は昨夜兵士たちに付き添われ、レミお勧めの帝都の宿に無事たどり着いていた。
 周辺からして煌々と明かりが灯された街の、中でもなんだかすごく高そうな宿。
 それが第一印象だった。
 表からぐっと見上げると二階三階と高いのに、それより横に広いのでなんだかどっしり安定して見える。瓦の屋根は下へ行くほど台形に広がりながらに反り返り、その角が軒先でつんととがって上を向く。
 そんな一階部分の屋根の下、黒く塗られた柱や梁に支えられ立派な看板が掲げてあるのがなんとなく絢爛なお寺のようだ。
 そしておそるおそる入っても高級そうな印象は変わらず、重厚で、でもぴかぴかと。
 どこもかしこも磨き上げられた建物に、お客を選んだりするのかなと不安になったしトロールいるけど大丈夫かなとそわそわ思わずにいられなかった。
 けれどもどうにか勇気を出して、シワになったメモを示してここに泊まるために大陸からきたんですと訴えてみたらなんとかなった。
 フロントに呼ばれて奥から出てきた女主人が目を丸くして、いやあ、大陸。それは鄙からようおこしやす。みたいな感じで受け入れてくれたのだ。
 これは我が心の京都人が勝手にそう受け取らせているだけなので、実際にそんなことは言われていない。
 人数も多いし、スイートがよろしおすやろ? と、高い部屋を用意されたがそれはそれだしやっぱりそんな言われかたはしていない。
 さすが帝都。さすが高級な宿屋。商売がお上手。私の中の雑な京都が止まらない。
 いや、それはいいのだ。
 都の宿屋がとても京都と言うだけの話で。
 だから、朝ごはんを食べようと我々が下りたラウンジは、やはり重厚にぴかぴかとして高級な空気で満たされている。
 そんな中、ガイドたちは待っていたのだ。
 我々もバックパッカーみたいなものなので人のことは言えないが、ガイドの男女はなかなかの異彩を放ちつつあった。
 さすがに気まずい思いがするのか彼らはどんよりしている気がするし、それでなくても二人は奇妙な服を着せられていた。
 いやあ、なにしはったんやろ。かなんわあ。と、ひそひそ響く宿屋の客のさざめくような話し声によると、どうやらその服を着ること自体がなんらかの刑罰になっているらしい。
 あと、どうでもいいのだがもうダメだ。私の中では宿屋の客まですっかり雑な京都になっている。深刻なバグ。
 でも本物の京都をな、知らないんだよ私は。あるのは大体のかたよったイメージだけで。
 そんなことを思いつつ、どうしたどうしたとわいわいしながらガイドたちに接近すると、その服自体が刑罰と言う意味がなんとなく解った。
 なんとなくって言うか、まず色がショッキングピンクと黄緑の蛍光色の太いボーダーである。服の形はトルニ皇国でよく見る袖の長いガウンに近いが、その袖口は体の前ですき間なく左右が縫い合わされていた。しかも胸元で重ね合わせた襟や裾もしっかり縫ってあり、ベルトの金具には鍵穴がある。
 絶対脱がせないし自由に手を使わせないと言う強い意思を感じ、我々はドン引き。
「それ、ごはんとかどうすんの?」
「食べません」
 たもっちゃんが問い、蛍光色の服に反して顔色の悪い男が答える。
 いやムリだろと思いながらにその横で、私が蛍光色の服を着た女のほうへどうしても気になることを問う。
「トイレとか……」
「……困ります。とても……」
 困るのか……。
 こうなってるのが完全に昨日の騒ぎが理由としか思えず大変複雑ではあるのだが、今この瞬間に私の同情はものすごく深い。トイレは困る。
 さすがのレイニーも苦い顔をして、テオがリアクションに困る中、たもっちゃんは「異世界で手鎖見るとは思わなかった」と変な感慨を呟いてこぼす。江戸時代の刑罰にちょっと似たのがあるらしい。
 知れば知るほど引いてく心が止まらない。
 国選ガイドの仕事とは、こうまでしてなさねばならないものなのだろうか。
 お家でおとなしくしていてはダメなのか。家ならさ、ほら。トイレとかまだマシな感じするじゃない……。
 しかし、これは私の考えが甘かった。しょせん平和ボケした現代人である。
 ガイドである彼らにしても、どうしてもきたかった訳ではなかっただろう。しかし。
「案内役は、外からのお客が帰るまで専任なので……」
「聞いたわ……なんかそう言うの前に聞いたわ……」
 どちらかと言うと、途中で投げ出すのが許されなかったと言うべきのようだ。
 どんより語るガイドの二人に、我々もそう言えばそんな話もあったねと、うっすら思い出してきて「うわあ……」と同情めいた声が出る。
 この専任システムがあるためにほかのガイドに引き継ぎもできず、蛍光色のボーダー服に身を包み泣く泣く仕事にきたらしい。
 そんな思いをしながらに、ちゃんとお仕事にきてえらいなと。
 我々はそんな気持ちになり掛けていたが、よく考えたら気のせいだった。
 見せ付けられる罰にドン引きと言うだけで、元はと言えばただの自業自得なのである。
 チンピラ使うて三文芝居くわだてんかったら、こうはならんかったんや。
 危ないところだった。忘れそうになっていた。あれからごはん食べて寝ちゃったからな。めんどくさいこととかね、忘れちゃうよね。
 普通は一晩経ったくらいで忘れたりはしないとテオはじっくり首を横に振ったが、なんかもうあれだね。不思議だよね。

つづく