神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 124

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罰則ノルマとリクルート編

124 知的生命体

 我々が宇宙からきた訳の解らない知的生命体などではなくて、ダンジョン目的の冒険者と依頼主の一行と知って、声を掛けてきた冒険者の男はあからさまにほっとした。
 どうやら恐がる村人たちにせっつかれ、偵察役を押し付けられていたらしい。
 いけにえにした冒険者の後ろから様子を見ていた村人たちは、なんだただの客かよと緊張を解いてその辺の小屋やら柵やらの陰からぞろぞろと出てきた。そして、おどかすんじゃねえとちょっと怒った。
 我々はそれに、びくびくしながら謝った。
 出てきた村のおっさんやご婦人たちはそれぞれモリやナタや包丁などを持っていて、明らかにやる気いっぱいだったので。
 穏便に誤解がとけて、本当によかった。
 ダンジョンに近いこの村もまた、海に面した位置にある。
 ただ、魚を獲りに海に出るには村から少し離れた入り江の、せまい浜まで歩かなくてはならない。ほかの海岸線はほぼ全て、二時間ドラマの謎解きシーンに出てくるような切り立った断崖になっていた。
 そして目的のダンジョンがあるのは、その断崖の海側に開いた巨大な洞窟の中だった。
「え、下りるの? これを? 恐くない?」
 断崖を上から見下ろすと、ごつごつと垂直に切り立った岩の壁だ。だいぶん下ではその壁に、波がざぶざぶぶつかり白く砕ける。
 下りると言うのは、はしごのことだ。ただし断崖の割れ目に木の棒を打ち込み、そこに縄で結んで固定してるだけの。
 素材は近くの森で切ってきた、若いフラウムの木だそうだ。
 恐くない? と、なんで一応聞いたのか。自分でもちょっと解らない。
 フラウムの木と縄を組み合わせただけの手作り感がものすごいはしごは、上から見るとひょろひょろとゆがみながらに継ぎ足し継ぎ足し遠い海面まで伸びる。
 年に一度は村人総出ではしごをかけ替えているらしい。
 だから少々見た目は悪くても、朽ちてはいないし作りもしっかりしたものだ。
 村人は妙に自信まんまんに言うが、強い波でも打ち付けたのだろうか。切り立った断崖の下のほう。遠く波打つ海面に、はしごの一番下の部分が取れてぷかぷか浮いていた。
 私的には、もうすごく恐い。
「やだやだやだムリムリムリムリ。落ちそうとかどうこうじゃなくて、多分途中で動けなくなるから。どうにもならなくなっちゃうから。これは本能だからしょうがない。しょうがないの。お留守番ってことで」
 あと、その巨体と防寒のための毛皮のせいで新種のUMAみたいな金ちゃんもやめたほうがいいだろう。こっちは普通に、はしごが折れそう。
 私はごねた。そこそこ必死に。
 ダンジョンの村に到着し、翌朝のことである。
 村の集会所で一晩泊まり、たもっちゃんとテオが作った甘い玉子焼きとしょっぱい玉子焼きで朝食を済ませると、さあ行くかとこの断崖に連れてこられた。
 昨日村人にいけにえにされていた冒険者は、すでにダンジョン探索を終えていたらしい。
 一晩一緒に雑魚寝して、我々の幸運を祈りつつ玉子焼きをつまみながらに朝早く去った。甘いほうの玉子焼きだった。
 村には宿屋もギルドもなかった。
 ダンジョン目当てにちらほらとやってくる客は、村の集会所みたいな広めの建物に雑魚寝で宿泊。ダンジョンで得たアイテムは、村人が委託されている窓口だけの冒険者ギルドで売ることになっているらしい。
 しかし、それも金額の小さなものだけだ。買い取り額が銀貨一枚を超えてしまうと、近くの町のギルドまで自分で売りに行かなくてはならない。
 効率は悪いが、ダンジョンの規模がそれでこと足りる程度なのだそうだ。つまり、小さい。それに、そもそもここには冒険者が少ない。
 シーズンによってはダンジョン目当てのお客も増えるがほとんどは冒険者ではなくて、入手したアイテムを自分で使う釣り人などだ。
 だから冒険者ギルドを作っても、恐らく採算が取れないのだろう。
 断崖と手作りのはしごに心底不安をつのらせる私に、たもっちゃんはとてもいい顔で笑って見せた。まるで期待の新作エロゲが宅配で届いた時のようだった。
「まぁ、落ち着いて。俺もそこは考えてある」
 たもっちゃんはいかがわしい笑顔でそう言うと、おじいちゃんと孫を両手にかかえて崖の上から海に向かって飛び下りた。
 あー。
 また説明もなくそう言うことするー。
 ――当たり前だが、おじいちゃんとザシャは安全に飛行魔法で運ばれていた。
 私は私でレイニーにがっしりかかえられ、そのあとを追うように崖の上から海に向かってダイブ気味に運ばれた。もっとていねいに扱って欲しい。
 たもっちゃんとレイニーが二人で輸送を何度かくり返し、おじいちゃんと孫のザシャ、ユーディットに送り込まれた男子二人に、たもっちゃんとテオ、レイニーに金ちゃんまでがやる気いっぱいにダンジョンのある洞窟の入り口に移動した。
 私はすでに帰りたかったが、断崖の海面近くにある洞窟からはざぶざぶと波の荒ぶる海しか見えない。
 つまりここから脱出する方法はあの長くうねった頼りないはしごをえんえんとのぼるか、たもっちゃんたちの気が済むのを待ち飛行魔法で連れて帰ってもらうしかないのだ。
 つらい。
 これはオージンジ案件やでえと異世界では通じず、日本人でも世代によっては通じないクダを巻きながら、私はずるずると洞窟の奥へと引きずり込まれることとなる。
 そうして始まったダンジョンの探索は、私の想像を超えていた。
 海に近いせいなのか、漁師が最初に入ったのだろうか。
 出てくるモンスターは海の生物の姿をしていた。タイやヒラメの舞い踊りである。それらを倒すと落として行くアイテムは、釣り針や疑似餌、クジラ漁に使えそうな巨大なモリまで色々あったがどれもこれもが実用的な漁具ばかりだった。
 なるほどなあ。これは、攻略するのも一部の人たちに限られるだろう。漁師とか。
 だとしたら、漁がヒマになる時期を外せばそんなに混み合うことはないのかも知れない。
 久しぶりのダンジョンは、小さくても楽しいようだった。
 ここなら殺戮の限りを尽くせるとばかりに張り切ったレイニーを筆頭に、たもっちゃんや金ちゃんもぼっこぼっこと出てくるモンスターを残らず綺麗に片付けて行く。
 私はおじいちゃんや子供たちと一緒に、洞窟内に散らばったドロップアイテムを拾うだけのお仕事だ。
 ダンジョンのテイストが海っぽいためか草的なものはあんまり生えてなかったが、たまに長く細い竹みたいな植物が群生しているポイントがあった。これは釣り竿の素材になると言うので、ミスリルの鎌でぱきぱきと採集しておいた。
 漁具ばかりがドロップされるダンジョンは、どうやら一階層しかないようだ。
 ダンジョンに飢えた天使の前には半日ももたず、うっかり完全攻略してしまう。こうなると、二、三日休ませないとモンスターが出てこないとのことだ。
「不便じゃない? そう言うもんなの?」
 断崖から生還し、村まで歩きながらに問うとゲームの知識でメガネが答えた。
「場所にもよるよ。攻略したら二度と復活しないダンジョンもあるし」
「貴重なアイテムを出すダンジョンなどでは、完全攻略が禁じられている場合もあるな」
 知識ではなく経験から補足するテオは、今回のダンジョンではあんまり遊べていなかった。
 おじいちゃんや子供たち、ついでに私がふらふら危ない目に合わないようにぴったりと見張っていたからだ。相変わらず、損ばかりする性格をしている。ありがたい。
 おじいちゃんとの取り決めで、ダンジョンのドロップアイテムはまず孫のザシャによさそうな漁具をいくつか選んでもらい、残りは我々が受け取っていいことになっていた。
 恐らくこれは、冒険者を雇うには少ない報酬を補填する意図もあったのだろう。
 私にはよく解らなかったが、これがなかなか盛り上がっていたようだ。
 村の集会所でダンジョン探索の戦利品を広げ、ああでもないこうでもないと釣り針やら疑似餌やらを吟味するのはおじいちゃんや、なぜかまざって横から口を出している村のおっさんたちだった。熱量。
 一ミリも付いて行けない世界にあきて、私はレイニーや金ちゃんと広めの掘っ立て小屋感のある集会所から外に出た。そして村の端に行き、断崖の向こうの海を眺めた。
 胸の中では、超帰りたいの一心である。
 そうしたら、いつの間にかザシャが一緒に外にいた。集会所の中ではおじいちゃんが彼のためにいい漁具を選んでいるはずだったが、本人はあんまり釣りとか解らないらしい。
 でもおじいちゃんはよかれと思って連れてきてくれたんだし。と子供なりの気づかいをぽつぽつこぼす少年に元気出せよと付き合っていると、人が通れる幅だけできた雪を踏み固めた道を小走りに近付く子供たちがいた。
 よく見ると、うちの男の子たちだった。

つづく