神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 112
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エルフと歳暮と孤児たちと編
112 クレブリの街
たもっちゃんとテオ、レイニーに金ちゃんにそれと私は、転移魔法で見知らぬ街に送られた。
それにはエルフの軍団や、王と公爵家が出してきた騎士や兵などが同行していて全部合わせると結構な数だ。
多分、我々をここへ送ったあとで、転移魔法陣の向こう側では公務員と言う名の魔法使いが何人もぶっ倒れているのだと思う。
「じゃ、魚とか買って市場でうろうろしててくれる? こっち終ったら迎えに行くし」
見たい映画が別々だから、またあとで合流しよう。みたいなノリでメガネは言った。
変態の村を焼きに行くにはノリがポップすぎる気がする。
いっつもこんな感じなのかと疑うような気持ちになったが、エルフの救出作戦はとりあえず今回で最後のはずだ。あれだな、これは。もうちょっとで終わりだと思って、油断してやらかすフラグだな。
ただの買い出し班である我々は、エルフを助けに行く一団を生ぬるく見送っておいた。
大きな漁港と市場があって、足元はこぶしほどの石が敷き詰められた石畳。それが街全体に広がっている。
ここをクレブリの街と言う。
多くの海産物が水揚げされるためだろう。海の近くや市場などでは足元がいつもぬれていて、油断するとものすごく滑った。私が。
うちのトロールの金ちゃんは、それにイライラをつのらせていたようだ。
金ちゃんの首輪には太い鎖が付いていて、基本、街中で離すことはない。奴隷とは言えトロールだ。ノーリードではいけないらしい。
だから私がつるんつるんとすべるたび、金ちゃんは首輪に付いた鎖の先に私をぶら下げることになる。すると首輪のはまった金ちゃんの首もぎゅっとなってしまうので、まあイラつくのもムリはない。でも。
「できれば、街中でこれは勘弁して欲しかった……」
私は片方しかないトロールの腕に荷物のようにかかえられ、市場の中をぶらんぶらんと運ばれると言うはずかしめを受けた。
しかしまあ、仕方ない。こうなると、金ちゃんの気が済むまで下ろしてもらえないことは大森林で知っていた。
「あ、この辺のください。ほかにもよさそうなとこください。なんかもー大体一通り」
ぶらんぶらんと運ばれながら、目に付いた端から食材を手当たり次第に買って行く。
市場と言っても、それは広場のようだった。通路を残して並んだ店も専用の建物がある訳じゃなく、魚の入った木箱を並べて屋根の代わりに布を張ってあるだけだ。
支払いは財布を預けたレイニーに任せ、購入した魚介類を木箱ごともらってアイテム袋にしまうと見せてアイテムボックスに放り込む。私は女優。
そんな感じで市場を一通り見て回り、荷物のように運ばれながらに首をかしげた。
「なんか、甲殻類いなくない?」
「まだ何か探してんのかい」
あんたたち、よく買うね。と、横から声を掛けてきたのは近くの店のご婦人だ。
ひしめくように店を広げて、市を立てるのはよく日に焼けた海辺の住人たちだった。男も女もお肉が多めの力強い体付きをしていて、我々が行くと一様に戸惑うようなあきれるような、なんだこれはみたいな顔をするのが印象的と言えなくもない。
まあ、解る。市場に並んだ店の全部に立ちよって、箱で魚を巻き上げて行く上に連れはトロール。しかも、一人はそのトロールにぶらんぶらんと運ばれているのだ。
ごめんな、こんな訳の解らない客の相手とかさせて。
でも魚は普通に売ってもらえたし、あっちの店にまだ買ってない魚あるぜとか言って声を掛けられることが何度もあった。よくも悪くもかなり目立っていたせいで、色々と余分に構ってもらったような気もする。
がっしりとした鮮魚売りのご婦人が気安く話し掛けてくれたのは、多分その続きなのだろう。助かる。あきれ半分ではあるが。
多分魚なんだろうなってレベルでうっすら魚のおもかげを残すばかりの魚っぽいものや、ウミガメの手に似ていたりやたらと渦巻いている貝などならばいくらでもある。
しかし、市場のどこにもエビやカニが置いてないのはなぜなのか。
私が問うとご婦人は、日に焼けた顔をなんだか微妙な感じでしかめて見せた。
「どうすんだい、あんなもん」
「えっ、食べる」
「えっ」
えっ。と言い合ったあとで、まあ……いいけど……食べるのかい? あれを? と、ご婦人は不気味なものでも見るような感じで若干体ごと引きながら、だったら浜辺で漁師に直接話すといいと教えてくれた。
「食うってのかい? エビを?」
浜辺で見付けた漁師らしいおっさんは、赤茶に焼けたしわくちゃの顔をぐんにゃりと不審げにゆがめた。
市場で教わりすぐに海のほうへと行くと、海岸は砂ではなくて五ミリ程度の石の粒でできていた。
今日の仕事は終わったのだろう。小さな石粒の浜辺には漁船がいくつも上げられて、伏せた状態で置いてある。
船はちょっと大きめの、手漕ぎボートと言った感じだ。オールを立て掛け休ませた船に近い所で、漁師たちは投網やモリを海岸に広げて手入れしていたようだった。
大きな網にうもれるようにちょこまかと、子供たちが見え隠れするのは親の仕事を手伝っているのかも知れない。
明らかに不審がるおっさんに、私は首を横に振る。
「いや、できればカニも。むしろメインに」
「食うってのか? カニまで?」
なに言ってんだみたいな顔で、おっさんはものすごく不可解そうだった。でも、私はがんばった。くじけずに踏みとどまった。全てはエビとカニに出会うためなのだ。
まあ、買うっつうなら売るけどよ。と、おっさんは浜に座り込んだままその辺にあった深めの桶を引きよせた。そして「ほらよ」と中身を見せる。
こちらに向かって傾けられた木桶には、オレンジ掛かった黄色い物体がうごめいていた。
それは表面がぼこぼこしていて、なんだか映画に出てくる怪獣のようだ。いや、怪獣と言うよりは、大きさも形も熟れすぎたゴーヤーにとても似ている。
「……エビ?」
「エビだよ」
「エビかあ」
おっさんに問うと、おっさんが答えて、私はなるほどなあとうなずいた。これはちょっとインパクトがある。
「食べれるよね」
「食えるけどよ、食わねえな。臭いがきつくてよ」
だから売れないし、自分でも食べない。なんの得にもならない割に、体の裏側にわしゃわしゃ生えた細かい足が漁具の網に絡み付き、それを外すのに手間ばかり掛かる。だから漁師はエビが大嫌いだそうだ。
思ったのと違ってちょっと訳が解らない見た目だが、食べられるならなんとかおいしくするだろう。メガネが。
買うかと問われてあるだけ買うと答えると、海岸に伏せて並べた漁船の間と言う間から日焼けして見分けが付かないおっさんたちがぞろぞろと増殖するように現れた。
手にはもしゃもしゃと投網をかかえて、まあうちのも買ってけよとぽいぽいゴーヤーエビを網からむしる。
それを手伝うのが子供たちだが、その手慣れかたがすごかった。
投網を傷付けないように、しかしエビが暴れる前にささっと外して桶の中に放り込む。この熟練した感じ、紙の木の葉っぱで紙を作る子供たちを思い出す。
聞くと、この子供たちは別に漁師の子供ではなかった。街で暮らす孤児たちらしい。確かに汚い格好はしているが、漁師のおっさんもなかなかに小汚いので違和感が少ない。
それがまた、結構な人数だった。孤児たちは漁船の間や漁師たちのすき間に、二十人近くがちょこまかとしていた。
彼らはこうして漁師の雑用を手伝って、魚や食事を分けてもらっているそうだ。だからこれはお手伝いなんかではなくて、彼らが生きのびるための立派な仕事だ。
孤児たちは、本当に小さい幼児から十歳くらいまでの年頃だった。それより上の子供になると、別の仕事がもらえるからだ。ただそれも下働きや荷物運びのきつい仕事で、今より楽になるかどうかは解らない。
こう言うよる辺ない感じの子供って、多分探せばもっといっぱいいるんだと思う。
なんかそれってしんどいし、気に入らねえなと思ってしまう。と、大きめの桶を一緒に持って二、三人の子供が近付いてきた。
子供たちは、端的に言った。
「カニ」
「えっ、カニ?」
マジかよやったあと桶の中を覗き込んだら、そこにいたのは完全なる岩石だった。ゴツゴツした赤土色の甲羅にはコケや貝がこびり付き、洗面器を伏せたくらいの大きさだ。
しかし爪とか足が見当たらないなと思っていると、不意に視界が暗くなる。
「危ない!」
悲鳴のように聞いたのは、私や子供の頭の上に硬いひづめが振り下ろされる直前だった。
つづく