神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 218

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回収続行シュピレンの街編

218 だがしかし

 おやつで子供を釣るなんて、と眉をひそめる者もあるだろう。
 みだりに糖分を与えると、子供によくないとお叱りの声が上がるかも知れない。
 だがしかし、そんなの知ったこっちゃねえ。
「今! この瞬間に! とりあえず子供を静かにしたい。そう言う時ってあるでしょ多分。今だよ、今。私には今なの」
「いや、知らないけどさ。よその子に勝手に食べ物あげると怒る人とかアレルギーある子とかいるからさ、一応相談してからにして」
「はい」
 今さらのマジレスをメガネから受け、私は無意識に胸と胃の中間辺りを両手で押さえた。なんか、きゅってした。きゅって。
 確かにここは、ローバストの村でもクレブリでもない。縁もゆかりもない我々は、何者とも知れない流れ者の冒険者なのだ。
 それが、勝手に子供に食べ物を与える。
 なにそれ恐い。
 大家のおじいちゃんにはいいかと聞いたが、素肌ネズミの子供らを見てるとおじいちゃんはあんまり頼りにならないような気がする。
 おやつは、奥さんのほうに聞いてから与えるのがベストアンサーだったのだろう。
 反省した。
 そしてその深い反省とは方向性が真逆ではあるが、次からはアレルギーリスクの低いなんらかのおやつを備蓄してもらおうと思った。

 こちらの仕事が始まる頃には、子供たちはプリンを食べ終え大家さんの部屋へと戻った。
 外にはいつもの我々だけだ。そして作業開始から早々に、たもっちゃんは消えた。
「あの、建物と建物の間の所に細い隙間あるじゃない? あの足元のとこも溝が通ってるんだけど、結構深いのに蓋ないの。俺さ、やなの。そう言うの」
 だからちょっと砂漠まで行って、砂でも固めてフタ作ってくるわと。
 そんな説明をキリリと済ませ、メガネが消えてしばらくするとアイテムボックスの通知がポップにどんどん視界で新着を告げた。
 溝のフタ。溝のフタ。溝のフタ。――と、溝のフタが何十と続き、最後のフタが収納されるとぱたりとその通知が途絶えた。
 そして最後の通知から、しばらく経って忘れた頃にぽこりぽこりと新着があった。
 アイテムボックスのアイコンはドットが粗くて砂色の物体と言うことしか伝えてこないが、名称は石窯。しかも、一つではなく二つ。
 溝のフタを作る過程で魔法で砂を固めるのに慣れて、ついでにこれなんかこう、がんばれば石窯とかも作れんじゃねと思い付いたメガネがはあはあしながら試行錯誤に熱中する姿がまるで目に浮かぶかのようだ。
 それがなぜか二つあるのは、試しに一つ作ったあとでもうちょっとうまくできそうな気がして二つ目の石窯を作ったが、それはそれとして最初の石窯にも愛着があるのでとりあえず両方持って帰ることにしたのに違いない。
 私には解る。自分なら絶対そうするからだ。
 理屈ではなかった。いるとかいらないとかではないの。へーきへーき。アイテムボックスならかさばらないしと、異世界が捨てられない精神を助長してくるの。ただの性格って気も、とてもする。
 とりあえず、たもっちゃんが戻ってきたら石窯でピザかグラタンを焼いてもらいたい。
 こうして所用と趣味でメガネが席を外した間にも、清掃作業は同時進行で続いた。
 その主体となったのはレイニーだ。
 あの。
 いつも。
 なにがあってもさりげなくそっと距離を取り、ヒマそうにしているレイニーが。
 今回の清掃に限っては、なんかすごく働いていた。
「掃除なら、生き死にには関係ない様ですし」
 などと。
 そんなことを言いながら、優雅そうに日傘を差してちょいちょいと指先からくり出す魔法で側溝のゴミをさらうレイニー。
 細かい砂を多く含んだそのゴミをまとめ、道の隅に山積みにするレイニー。
 隣の建物とのニ十センチほどのすき間の、大人は入れそうもないその足元に通った溝も同じく魔法で清掃するレイニー。
 気だるげに「ふう」と息を吐くレイニーに気付き、すかさずイスを用意する私。そのイスのかたわらに片膝を突き、そそいだミルクにハチミツを溶かして陶器のカップを低頭平身に捧げるように差し出しておく。
 イスに腰掛け鷹揚に、レイニーはミルクを受け取る前にくるりと指先で円を描いた。
 カップを捧げ持つ自分の両手にひやりと冷気を感じたかと思うと、一瞬にしてミルクのカップがキンキンに冷える。
 さすが先生。さすが一家に一台。
 地面に片膝を突いたままへらへらへつらう私の姿に、帽子をかぶったうちの子がどうしたのかと完全に戸惑いおろおろしていた。
 仕方ない。気持ちは解る。私がレイニーを気づかう姿など、一度も見たことがなかっただろう。当然だ。自分でも、気づかった記憶がちょっとない。
 だが、今は話が別だ。レイニー先生はお疲れなのだ。早急に休憩を取っていただかねばならない。
 じゃないとこの炎天下、私がスコップとかでえっちらおっちら地道に溝を掃除することになるのだ。
 その、体力的に不安しかない労働を回避するためと言う、そこそこ最低な理由のためでも五体投地くらいまでなら全然できる。そんな自分を、私は愛する。
 食べ物を出すならなにかよこせとぼよんぼよんと頭を連打してくる金ちゃんの猛攻に耐えながら、アイテムボックスの中から見付けたなんでむしったかすでに忘れた謎の巨大な葉っぱであおぐなどして私はせっせとレイニー先生のお世話を焼いた。
 その打算ありきの真心が、きっと色々通じたのだろう。
 一休みを終えたレイニーは集合住宅の屋根にたまったゴミも取り、建物の外壁の角の所に陶器の筒を埋め込む形で作られた雨水を流すタテの雨どいも掃除した。
 地面に近い排水口の所から小さな竜巻みたいな魔法を送り、といの中に詰まったゴミを吸い出して行くサイクロン方式。
 すると、ぼきぼきに折れた枯れ枝や、かっさかさの謎の草。ぞうきんのようなボロ布の切れ端。どこからきたのか小さな筒状のコルクのフタみたいなものも出てきたし、原型もよく解らない小動物の死骸もあった。
 できの悪いミイラみたいな死骸が出てきてうちの子と私は瞬時にびょんっと飛びのいていたが、レイニーは「動物が中に巣を作ったせいで詰まっていたのかも知れませんね」と、ただ冷静に分析を述べた。
 すでに死骸になっているから、逆に気にしないシステムらしい。
 罰則ノルマとして受けた、この清掃作業はレイニー先生の魔法ゴリ押しの活躍により割と早く片付いた。
 さすが先生。仕事がお早い。
 物理で腰を低くして揉み手で天使の機嫌をうかがう下っ端感あふれる生き様の私に、お昼を一緒にと誘ってくれたネズミの大家さんや子供まで微妙に残念そうな態度になったがそんなのはささいなことなのだ。
 大家さんのお宅に全員でぎゅうぎゅうおジャマさせてもらうと、リビングは見た感じ五、六畳。テーブルはなく、床に広げた敷き物に食器や料理が用意してあった。
 つるりと硬い植物で編んだ、丸い敷き物は食事用のものらしい。この端にみんなでぐるりと直接座り、真ん中のトレイに載せた食事を囲む。
 ネズミの子供が走り回ってきゃいきゃいと、「おばちゃんはここ! ねえちゃんはここ!」と座る場所を指定して、金ちゃんはレイニーと私の間の位置に押し込められた。
 先ほど間接的に追い掛け回されたこともあり、トロールに対するネズミの子供の距離感はいまだ微妙なものがある。まだワンクッションが欲しいのだろう。
 これは仕方がないことなのかも知れない。今でこそ金ちゃんの膝にちょこんとおとなしく座るうちの子も、最初はゼリーのようだった。細かく震えると言う意味で。
 でも、きっと大丈夫。うちの子をただもんじゃねえなみたいな感じで見ている君らも、恐らくすぐに慣れるから。私知ってる。金ちゃんが鷹揚だと解ってからの、子供のなじみかたすごいって。
 大したものはないけどと、大家の奥さんが私たちにも自分の料理を勧めてくれた。
 敷き物の真ん中に並ぶのはじっくり煮込んだ謎肉や、輪切りで蒸した紫のイモ。と、思ったらその物体はなにかの果物だそうだ。
 あまりにめずらしがる私のために大家の奥さんが調理前の実物を見せてくれたが、紫色の金属バットのような物体がごろんと出てきて「でしょうね」と言う感想しかなかった。
 思ったよりは大きいが、イモと言うイメージがあるので形状としては細長くても違和感がない。これが春と秋の年二回、木の枝からにょきにょきぶら下がって実るとのことだ。
 調理すると見た目は完全に紫イモだし、ほくほくした食感で甘味はほんのり感じるくらい。この街では貴重だと言う塩を少し振り掛けて食べると、これはこれでよいものだった。
 イモじゃないけどイモごはんにすると合いそうな気がする。
 たもっちゃんが作った料理をこちらからもいくらか出して、お昼ごはんはにぎやかに始まり、そしてなかなか終わらなかった。
 その途中、思わぬお客がやってきたからだ。

つづく