神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 371

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ラーメンの国、思った感じと違う編

371 出島

 さすがに渡ノ月のウミウシほどに巨大で大量の魔獣にはそうあわないが、外洋に出ると船は結構襲われるらしい。
 なぜなら海にも魔獣は普通にいるので。
 大陸から船で約八日ほどの位置にある、補給地となった島からトルニ皇国まではさらに十日前後の時間が掛かる。
 そのトルニ皇国側の向こう半分が特にやばい海域との話で、実際船が普通の魔獣に遭遇したのも全部その辺りでのことだ。
 渡ノ月の魔獣は我々のせいで現れたと言っても、船員たちのリアクションがびっくりするほど鈍かったのはこのためらしい。
 我々の体質と渡ノ月がなくても魔獣には普通に襲われるので、船員がケガをするのはしょっちゅうだったしどうにか浮くなら壊れた船で航行するのも日常らしい。
 そら船の修理も慣れとるわ。
 今回は停泊中で船は一応修理できたし、たもっちゃんがあわてて出した高い薬でケガも治った。それに幸い乗客や荷物は被害を受けず、出てきたウミウシはほとんど我々が始末したと言うこともある。
 だからまあ、別にいいんじゃねえの。と、海の男らは豪快と言うにもあまりに雑に片付けて、そしてその代わりと言うか、トルニ皇国に近付くにつれ普通に魔獣が出てくると「頼むわ!」とポップに我々を駆り出した。
 弱みがあって断らなくてめちゃくちゃだけどゆるふわと魔獣をなんとかできる我々がいると、航海がいつもより楽だったそうだ。
 海の男ってたくましいなと思った。

 最後のほうには船を襲ったでっかいイカを食べられないかと言い出したメガネが色々試して色々試食されられて、硬いゴムみたいで口の中にいつまでもいるのと独特のにおいが全部ダメだと悲しい結論が出される頃に船は目的地へ着いた。
 イカ、食べられるなら肉厚の身に切れ目を入れてバターで焼いて欲しさはあったが、それはそれとして。
 ウミウシ襲撃の贖罪の意味で、ケガ人にはいいお肉を食べさせていたし魔獣が出たらこれ便利に使われてんなと思いながらもせっせと、主に男子たちが駆除したりして、まあまあの献身を尽くしたと思う。
 ただ、よく考えたら負傷者以外の船員と迷惑を掛けた乗客に対してなにもしていない。
 そう気付いたのが船をおりる前日で、人に恨まれるのがムリすぎる我々はすぐさまお肉の放出を決めた。強制焼肉パーティーである。
 具体的には甲板でメガネが無限に肉を焼き船の乗員乗客がなにも知らずに食ったが最後、色々あったけど許してくれよなとなにも説明しないまま心の中で祈るだけの会だ。
 事情を知らない乗客の中ではなぜかお肉を振る舞いたがる食い倒れ冒険者みたいな印象で記憶に残るような感じはするが、この先いつかなにかの拍子に巨大ウミウシの襲撃と我々の関連に気が付いた時、でもお肉食っちゃったしなと怒りの鉾を穏便に収めてくれるのを願う。
 そんな一方的に祈る会ののち、我々はほかの乗客と共に帆船をおりた。
 この頃になると体にいいお茶をごりごりと飲ませたかいあって男子たちの船酔いも改善されていて、ずいぶんと船ですごせるようになっていた。
 と言うか、魔獣が出ると当然のように呼び出されるのでドアのスキルで陸に避難するのもいかがなものかとなったのだ。
 魔獣が出るとさすがに向こうもあわてるらしく、ロクにノックもせず、しても返事を待たず、船員がいきなりがばっとドアを開くのでいかにレイニーのセンサーがあろうとごまかすのにも限界があった。
 レイニーが「あ、きました」と言ってからメガネがドアを出して開いてばったばたで飛び込んで船室の床にぐちゃっと折り重なってなだれ込みギリギリのタイミングで船員がドアを開く、あの悪い意味でムダにドキドキする感じ。僕はね、もう嫌です。
 船室にカギはあるのだがフック状の留め金を引っ掛けるだけの簡単なもので、まあカギ掛けてますし多少はね? と余裕かましてた初回の呼び出しで「あれ? 開かねえな?」とむきむきとした海の男たる船員が外からドアをガタガタしただけで壊れた。
 世の中、悪いことはできないようにできてるのだ。あのカギほんと意味ないな。
 だから、そんなこんなで船酔いを克服した男子らは、一度船をおりはしたものの税関のような手続きを終えたらまた別の船に乗り換えてさらに二日ほどの船旅があると知っても、動揺したりはしなかった。そんなには。
 こうして、我々が上陸したのは島である。
 ただし、小さい。
 上陸した場所から対岸までせいぜい百メートルほどで、ここも一応トルニ皇国の一部であるが外部との出入りを管理するためだけの出島のようなものらしい。
 島は深く青黒い海に囲まれ、そしてその周囲には不規則に立ち並ぶ石柱があった。
 青黒い海面のあちらこちらににょきにょきと、やたらと真っ直ぐそびえる柱は一本一本がひとかかえほど。そして上から見ると断面がきっちりとした六角形になっていた。
 それが特によく解るのは足元だ。
 石畳を敷き詰めたかのような黒っぽく硬い地表は六角形の連続で、改めてじっくり観察すると大体同じ高さの石柱の頭が少しでこぼこしながらにすき間なく集まり地面を作っているのが解る。
 つまりこの端から端まで百メートル前後の島そのものが、海から突き出す石柱が密集し形作られているのだ。
 そして、この島はトルニ皇国の本土へアクセスするための唯一の経由地でもあった。
 トルニ皇国は島国でありながら、海と、海から突き出す無数の柱に囲まれた天然の要塞であるらしい。この出島がそうであるように、そしてもっと大きな規模で複雑に。
 そのため唯一安全が保障されている出島と本土をつなぐ以外のルートから、密かに入国しようとしてもほぼ確実に船が座礁する。なぜなら石柱がそこら中にあるので。
 しかも皇国を取り巻くのは危険な海域で、その海で船を失えば生身の人間はすぐに襲われ魔獣のエサだ。幸いと言うべきか乱立する石柱にはばまれて巨大な魔獣は入り込めないが、小型で狂暴な魔獣だっている。
 私としても冬の海に落ちるのはもう嫌だったし、できれば普通におとなしく正規のルートでトルニ皇国に入国したい。
 金ちゃんには悪いが、乗り換える船の大きさによってはまたゴリラのように障壁のケージに入ってもらうことになるだろう。
 そんな思いをいだきつつ、我々は他の渡航者たちがそうするのに習い列に並んで税関職員の審査を待った。並んでいるのは税関と言うか役所らしきお屋敷で、担当するのも職員ではなくトルニ皇国のお役人だそうだが。
 島は本当に審査のためだけにあるらしく、実に殺風景なものだった。屋敷の外まで続いた列にぼーっと並んで周囲を見ても、ヒマを潰せるものがない。
 六角形の石の柱が集まった島を見回し目に付くものは、役人が詰めているらしいお屋敷に、大陸からの荷物をおろす帆船と船員。そして防風林の松みたいにのたくった、大きめの木がちらほらと数本生えているだけの姿だ。
 ただ、不思議なことにその木の下にはしっかりとした石の水槽が設けられ、よく見るとそこに木の枝からぽたぽたと絶えず水がしたたり落ちていた。
 税関手続きの順番待ちをしながらに、あれなんだろうねと話していると、帆船で顔見知りになった乗客が「島ではああやって水を確保するんだよ」と教えてくれた。
 あの木は海水を根から吸い上げて枝から真水を落とすので、水源のとぼしい島国においてはなくてはならないものらしい。
 真水を木の外に出してしまってなにを栄養としているのかは知らないが、実に便利なものである。
 すごいねえ、と感心しながらやっぱりぼーっと時間を持て余し、やっと列が前に進んで役所の建物に入る。と、列を整理していた役人にちょっとちょっととやんわり押され、気付くとなぜか別室にいた。誘導があざやか。
 その室内に来客用のイスはなく、我々は大きなデスクの前に立たされた。その向こうには役職付きの文官なのか女性が腰掛け、机の書類と我々をなにやら厳しく見比べる。
 完全に、役人のお調べである。
 なぜだ。なぜ我々が怪しいと解った。
 ほかの渡航者はギルドの窓口みたいな所で身分証を提示して、簡単な質問いくつかされて雑な感じで通されているのに。
 なぜ我々だけが別室に。まさかこのトルニ皇国から命からがら逃げだした元王族のエレの知り合いだとすでにバレ――。
 ――てんのかなと思ったら、大きな机の向こうに座る、ガウンを何枚も重ねたような、それか三国志みたいな服を着た三十前後とおぼしき女性が疲れたように口を開いた。
「ここにある来訪目的についてだが、ラーメンを食べるためと言うのは……本気か?」
 その女性が示すのはさっき列に並んでいる間に別の役人に渡されて、適当に書いて出した紙だった。そこには入国目的や人数、滞在予定などが記されている。
 そしてそこに目的として、ラーメンうんぬんと書いたのは私だ。いや、適当でいいって言うから……。私に実装されたお手本付きテキスト翻訳の出番かと……。
 しかしメガネとテオとレイニーが一斉にものすごい顔を向けてくるのを見ると、目的がラーメンではいけなかったのかも知れない。

つづく