神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 116

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エルフと歳暮と孤児たちと編

116 逸材

 海に面したクレブリの街に、嵐のような雪が降る。
 冬である。
 いや、とっくに冬にはなっていた。それがいよいよ本格的に冷え込んできただけだ。つらい。
 さらわれ囚われたエルフの件にも、この街で一応の決着が付いた。
 その後の処理や孤児院建設の準備のために王都とクレブリを行ったりきたりしながら、そしてその間にあった渡ノ月を海辺の街でやりすごすなどする内に、すでにこよみは三ノ月になっている。
 この件で罪に問われた内の一人に、クレブリの街を取り仕切る城主であった青年がいた。
 城主とは城とその周辺を領主から預かり管理する役目で、彼の身分は領主の家臣だ。だから通常、罪を犯せばその処遇を決めるのは領主の裁量となるらしい。
 だが、今回は違う。エルフに関する犯罪は国を揺るがす大罪であるので、その身柄は王都に送られ処罰されることとなる。
 そうなれば、もうこっちのものだった。
 裏工作はばっちりなのだ。アーダルベルト公爵を通じて、王様辺りに頼んだだけだが。
 あちらとしても渡りに船と言った様子で、それでエルフが手打ちにしてくれるなら安いものだと色よい返事をこそこそともらった。
 罪を犯したのがその父であることも考慮して、元城主の青年は奴隷の身分に落とされた上で人族の国を追放。エルフたちに引き渡される手はずだ。そして青年を受け取るエルフの中には、彼の美しい恋人がいる。
 もう故郷にも人族のどこの国にも戻ることはできないが、なにを捨てても恋人と共にいることを彼は奇跡のようによろこんだ。
 もしかするといつの日か、失ったものの多さに気付いてこの選択を後悔することもあるのかも知れない。
 でもまあそれは、正直我々の知ったこっちゃない。自分らでなんとかして欲しい。
「この街を頼みます」
 青年は言った。クレブリの街から転移魔法陣を使用して、王都へと送られて行く前に。
 生きる道をはっきりと決めたからなのか、その表情は生き生きと光り、しかもなぜだか私たちに向ける顔にはどこか信頼のようなものが見えた。
 いや、ごめん。我々定住に向いてないので、頼まれても困る。孤児院も多分、作るだけ作ってお金とか出して、維持管理は誰かに任せることになる。
 そう伝えても、青年のぴかぴかした感じは変らない。ただ少し、慚愧の念を思わせるような雰囲気はあった。
「わたしは何も解ってなかった。見えていなかった。孤児達は神殿に任せておけばよいと思っていた。カニだって、厄介者だと聞いていたのがこんなにエルフに受けるとは」
 この地を預かる城主であれば、そのことをもっと気づかい活かすことができたはず。
 後悔の仕方が一部分おかしいような気がするが、今まで自分はなにをしていたのかと青年は反省を深めているようだった。
「この街を頼みます。子供や、街に住まう者達の事。母も。どうか、頼みます」
 彼は縄で一つにしばられた両手で、たもっちゃんの手をしっかりとにぎった。そして、まるで救いの主にすがるように願った。
 さりげなく、頼まれた内容が増えているとあとから気付いた。
 母ってなんだ。
 いや、母は母だ。青年の。
 今回は一族の当主である青年が奴隷となって追放の処分を受けたので、親族に対しては役職や財産の没収などで済んだとのことだ。
 巻き添えで仕事もお金も持って行かれた人たちにしたらたまったものではないのだろうが、恨むならエルフに手を出した身内のことを恨んでほしい。やった本人、事故かなんかでもういないけど。
 だからこのクレブリの街を管理する城主の地位には、ほかの一族の者が就く。当然、それまで住んでいた元城主の関係者たちは城から立ち退かなくてはならない。
 そこでゴネたのが、青年の母だ。別の言いかたをしてみると、先代城主の妻である。
「わたくしは、城主に嫁いできたのです。この街の他に骨を埋めるつもりはありません。増してや、もう亡いとは言え夫の不始末を贖いもせず、逃げ出す無様ができるものですか」
「武士なの?」
 侍女を一人だけ伴ってさあ償わせろといきなり現れた貴婦人を、そんなことを言って我々は迎えた。いや、なんか。圧がすごくて迎えるしかなかった。
 身分的な位置だと、城主は領主の下にある。王の臣下のそのさらに家臣だ。陪臣と言うのかも知れない。王に直接仕える訳ではないが、だがこれも貴族に違いはないらしい。
 そして貴族の結婚は早い。身近にアーダルベルト公爵と言う生え抜きの独身貴族がいるが、あれは悲しみの例外なので別とする。
 なので、二十歳そこそこの青年の、その母親もまだ三十代なかばほどの年齢だった。
 て言うかそもそも、あの青年も実年齢は十七らしい。数々の実年齢を見誤ってきた我々の目は、例によって節穴だった。むしろ二十歳そこそこと十七だったら、まだ近い。
 貴族の男の十七と言うと、そろそろ嫁でも取らせようかと周りが準備している年頃だそうだ。青年の場合は人族の嫁を取らされる前にこうなって、結果としてはエルフの恋人と逃げ切ったような格好になる。
 やったなあ、あいつ。と、思わなくもないが、まあそれはいい。今は、その母親についてだ。
 彼女は未亡人である。
 そのためか、立て襟のドレスはシンプルなデザインで色合いも地味だ。そして髪を引っ詰めてまとめ、背中はゴルフクラブでも仕込んでいるように真っ直ぐだった。
 正しすぎる姿勢については、多分、定規でも差しているようにと言うべきだ。
 だがなんとなく彼女には、不届き者が目の前にいたら背中からおもむろにゴルフクラブでも取り出してぼっこぼこに成敗しそうな雰囲気を感じた。武士に対する偏見である。
 この貴婦人を、ユーディット・ハッセと言った。愛称はユッタだそうだが、今のところは誰も呼ぶのを見たことがない。
 彼女が我々の前に現れたのは、我々が街外れの廃倉庫を格安で買ったばかりのことだ。孤児たちの住まいとするためである。
 打ち捨てられた廃倉庫は赤茶色のレンガでできていて、建物自体は頑丈なものだ。しかし中に入ってみると柱や床は見当たらず、だだっ広い箱でしかない。
 取り急ぎ木材と大工を調達し、せっせと人が住める環境を整えているところでもあった。
 そこへ、孤児院を作り街に尽くすとは感心です。わたくしも仲間に入れなさい。みたいな感じで貴婦人がずいずいやってきたのだ。
 ちなみにだが、これは彼女の一人息子である青年が罪人として王都へ連れて行かれてからのできごとだ。
 あっ、頼むってこれか。と思ったし、なんかうまいこと押し付けられたような気もした。
 しかし、ユーディットは武士だった。メンタルが。
 決めたことは譲らない。そして努力と労をおしまない人でもあったのだ。
「どう言うつもりなのですか」
 ある日、我々は怒られていた。我々と言うか、たもっちゃんと私が。
 どうでもいい話だが、首まで隠す堅苦しいドレスでぴしゃりと厳しく叱られるなどすると、どうしてもロッテンマイヤーさんのことを思い出す。
 そんなユーディットと忠実な侍女が見下ろしているのは、我々と、我々が屈んで囲んでいる箱だ。それは三キロ入りのみかん箱みたいな大きさで、建物の中でありながらまだむき出しの地面に直接置いてある。
「どう言うつもりかと聞いています」
「いや……カニと言えばカニスプーンかなって……」
「正直あんまり使わないけど、あったら気分が上がるかなって……」
 箱の中身は街の鍛冶屋に作ってもらった、カニを食べるためだけに存在するカニスプーン三十本だ。
 いや、ほら。カニ、食べない人も多いが、妙に受けのいい層もいる。甲殻類を愛する派閥は、これから大きくなるんだと思うの。予備と思えば決して多すぎる数ではないはずだ。
 そもそも必要かどうかは別として。
「またその様な無駄遣いをして! 自覚をお持ちなさい。そなた等は、この子達の生活を預かっているのです。冒険者は浮き沈みのあるもの。万が一収入が途絶えた時にも耐え得る貯えを作らずにどうします!」
「経済観念のしっかりした貴族って何なのかな」
「家計簿を付ける侍なのかな」
 ぐうの音も出ない正論にメガネと二人でひそひそしてると、責任感が足りないと言ってまた怒られた。ロッテンマイヤーさんつよい。
 ユーディットはかつて、この街では一番えらい城主の妻で母だった人だ。正直、私くらいになんにもできないんだろうなと思っていたら、全然違った。なんか超しっかりしてた。
 実家から付いてきた侍女の話では、城主に嫁いでからはお飾りのようになにもさせてもらえなかったが元々頭のよい人で、昔の夢は教師だったそうだ。だから孤児院の手伝いも、彼女にはやりがいのあることらしい。
 逸材か。
 なんとなくだが運営資金と実権を渡せば、孤児院をきっちり回してくれそうな気がする。

つづく