神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 343

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

343 氾濫
(※溶岩による被害の描写があります。ご注意ください。)

「氾濫だ!」
 真夜中に、誰かの声が鋭く叫んだ。
 ただし、私はそれを直接聞いてはいない。
 真夜中だ。普通に寝てたので。
 だからその声を聞き、なにごとかと目覚めたのはテオだった。そしてあわてたテオにより、我々は若干乱暴に叩き起こされた。
 一ノ月になり大森林は秋に入っていたが、それでもまだすごしやすい気候だ。
 中でもこの溶岩池の辺りは特に、地熱が高くて真冬でもなければ寒くて困ると言うことはない。
 だから我々やほかの冒険者などは、手持ちの布を体に巻いてその辺でごろごろと野宿していた。
 テオに叩き起こされた私も、布にくるまりイモムシのように地面の上でうごめきながらなんだよもう朝かよと思う。
 なぜなら、周囲に生えた森の木々が赤く浮かび上がっていたからだ。
 しかし、その光景は赤すぎた。まるで炎に包まれているかのようだ。
「て言うか燃えてる」
 自分で言って、イモムシの私もさすがに目が覚めた。
 赤く燃えているのは溶岩池を取り巻く木々で、燃やしているのはその根元に迫った溶岩だ。
 溶岩池のフチの辺りは黒いアスファルトのように冷え、固まっているのが常だった。
 けれども今は池の形はとろけるようにして変わり、溶鉱炉の中身があふれたみたいに灼熱のマグマがじりじりと大地を飲み込み広がっている。
 池からどんどん流れ出てくる溶岩は、見ているだけで目が痛くなるくらいに熱い。
 重たく赤く飴のようにねばつくそれに、木や草がほんの少し触れただけで吹き出すように炎を上げた。
 地中に根を張り逃れるすべのない木々が、溶岩池に近い場所から順々にどろりと這いよる溶岩に飲まれて燃えて行く。
 その根元。背の高い木々の根元の地面では、もさもさ生えた一部の草が自らの葉っぱや根っこをくねらせ自力で土から抜け出そうとしていた。
 そして完全に自由になると、わーっと根っこで器用に走り間近に迫る溶岩から逃げた。シュールだが、そう言う種類の草らしい。なんとなく前にも見たような気がする。
 そうする間にも溶岩はどんどん範囲を広げ、燃え上がる森のあちらこちらでボンボンとブルッフの実の弾ける音が響き渡った。
 いや、確かに効率が悪いと思っていたのだ。ブルッフの木の生存戦略が。
 ブルッフの木から落ちる石のように硬い実は、溶岩に触れて弾けなければ発芽もしない。と、まあまあ最近聞く機会があった。
 それなのに、ブルッフの木は溶岩池から結構離れた場所にもあった。どうがんばってもブルッフの実が溶岩に触れることはなさそうなのに、そんな場所でどうやって発芽し木となって、どうやって実を発芽させるのか。
 誰かに問うほどでもないのだが、なんとなく胸の中にあった疑問が解けた気がする。
 それを裏付けるように、一緒になって避難した薬売りの男がうんざりと言う。
「運が悪いっすね、姐さん。溶岩の氾濫なんて、何年かごとにしかないんっすよ」
「姐さんはやめよう」
 しかし、やっぱり溶岩池は定期的にこうして氾濫するようだ。
 ならばブルッフの実は辛抱強く待ってさえいれば、いつか溶岩の熱に触れる可能性が高いと言えた。一見不合理でありながら、世の中よくできている。
 なるほどねえとうなずきながら、我々有志は氾濫するマグマから露天風呂を守るためその大きな浴槽と地中から湯を汲み上げるパイプの辺りを囲んで張ったメガネの障壁、の、上に乗って避難して、あぐらをかきつつ冷やしうどんをずるずるとすすった。
 溶岩池辺りで野宿していた冒険者などは、どうにか取りこぼしなく箱型に張った障壁の上へと避難できていた。
 赤くとろけた溶岩も大体の感じでメガネが張った障壁を破ることはできず、地表よりもずいぶん高い障壁の上まで届きはしない。
 なんかとりあえず大丈夫だなと思うと、今度は周囲にあふれる溶岩の熱で暑くてたまらなくなったのだ。
「おう。一杯くれ」
「こっちもだ」
 冷たいうどんを食べ始めた私やレイニーを見付けて、ベテラン冒険者らしきおっさんたちが銅貨や魔石を手にして集まりどかどかと腰を下ろしながら言う。
 冷やしうどんの会、勢力拡大期である。
 ミオドラグがそこへ覆面から小さな瞳をおどおどと覗かせ、たもっちゃんに売り付けられた食券をにぎりしめて参加。
 よく考えたら互いに避けるべき相手でありながら、ミオドラグは食券を全て消費してしまうまで我々と一緒にいるしかなくなっているのだと気付く。
 しかし食欲を擬人化したようなぽっちゃりボディとは裏腹に、ミオドラグは食料や食券を連れのひょろ長い従者や護衛に雇った冒険者にも惜しみなく与えているようだ。
 そのため思うより早く食券は尽きるかも知れないし、食料を仲間に分ける感じが心優しき食いしん坊と言った雰囲気でメガネだけでなく私まであいつかわいいとこあるなみたいな気持ちが出てきてしまう。
 そうして地面に開いた大穴みたいな溶岩池からとめどなくあふれる赤いマグマと燃え上がる森にあぶられて、しかしそれでも食欲を優先した業の深い我々は汗だくになりつつ夜食を食べるのをやめようとはしなかった。
 あと、いつの間にかレイニーは食べるだけ食べて離脱して、じゅげむやじゅげむを担ぎ上げた金ちゃんをまた別の障壁に入れて自分たちだけエアコン魔法で涼を取っていた。
 それはまあいつも通りだが、その障壁に触れるだけでも冷房の余波で冷たいのだろう。
 全然関係ない冒険者などが障壁の外からべったり貼り付き、不細工になりつつわずかばかりに涼んでいるのがかわいそうで仕方ない。
 ここは一つ情けを見せて、一回百円とかでエアコンの中に入れてあげて欲しい。
 一方、たもっちゃんはじわじわ動く溶岩を見ながらその熱をなんとか利用できないかと余計なことを考えたらしい。
 しばらくじっと考え込んで、やがてお皿に入ってあとは焼くだけのグラタンをそっと流れる溶岩の上に置いてみたりしていた。
 しかし溶岩は地味に流れるのが早く、どんどん移動して行くし陶器の皿がブスブス変な音を立ててるし、割と短時間で回収したのに料理はまんべんなく黒こげで皿の底には溶岩がこびり付いて取れなくなってしまった。
「悲しい」
「何で溶岩で料理しようと思ったんだよ……」
 地を這う溶岩から回収はしたが熱くて触れず魔法で浮かせた黒焦げのグラタンを前にして、嘆くメガネにたまたま近くにいただけの冒険者がドン引きだった。
 あとは、たもっちゃんが露天風呂をおおう形で平たく張った障壁の上にさえ避難してれば危険はないが溶岩が止まって冷えるまで移動もできずヒマを持て余した一部の冒険者たちと我々を泳がせるタイプの引率エルフが手を組んで、冒険者が一面火の海みたいな溶岩に手持ちのブルッフの実をボンボン投げ込みそれが爆ぜて打ち上がったところをエルフが風の魔法で回収する遊びが始まったりもした。
 遊びと言うかただの作業だが、エルフは爆ぜたブルッフを回収する手間賃としてイモ化した実の部分をもらっていたのでウィンウィンらしい。ウィンウィンって、もうなんかよく解らないけども。
 しばらくすると、周りの空気を読んだのと自分も熱さに参ったテオがメガネから自腹で買い付けたおやつを材料にレイニーと交渉。
 エアコン魔法のための障壁を避難している人数が全員入れる大きさにして、その快適さにぼう然とした冒険者やギルド職員などから深く感謝されることになる。
 夜食部の有志と甘い物を食べながらこう言うところに人徳の差が出るんだなと納得する内に夜が明けて、溶岩池からあふれ出すマグマの勢いもおとろえてきた。
 赤くとろけた溶岩が冷えて黒ずみ固まり始め、ぶ厚いアスファルトのように地表をおおう。そんな中、障壁で守った露天風呂の周りだけ四角くくぼむようにして残った。
 溶岩はもう動いていないから一時避難するために張ったメガネの障壁を解いても多分大丈夫なのだが、そうすると上に乗った人間が全員湯に落ちる。障壁の下は風呂なので。
 そこで冒険者ギルドに雇われた魔法使いが足元に障壁を張って橋にして、冷えたと言ってもまだ熱い、森を焼きすっかり見晴らしのよくなってしまった黒い溶岩の上を渡った。
 なんだかんだで数十人はいた冒険者たちが障壁の橋を渡り終え、溶岩に焼かれず残った森の地面へ移動を完了した頃である。
 なにかがひゅっと空を横切って、ずばん、と豪快な音をさせ障壁を解いた風呂の湯に落ちた。
 湯船のお湯が水柱のように飛び散って、溶岩にこもった熱でもうもうと白い湯気となる。
 その湯気が晴れるに連れて悠然と、広い露天に体を沈めるきんぴかの巨大なサルの姿が浮かび上がった。
「おっ……親分!」
 私は敬愛してやまぬグランツファーデンの久々の姿に興奮したし、無事な姿に安心したし、辺り一面に広がる溶岩を踏まず現れたサルのジャンプ力すげーなと思った。

つづく