神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 239

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


お祭り騒ぎと闘技場編

239 エンカウント

 具がタコじゃないタコ焼きをはっふはっふと食べながら、金髪タテロールの令嬢と天才幼女が口々に語る。
「少し前までローバストにいたのよ。勇者様がどうしてもあの冒険者パーティに会いたいって言うものだから。結局、すれ違った様だけど」
「それでな、せっかくだからな、近いし。シュピレンにも行ってみようって言ってな。きたんだ。これうまい! おかわり!」
 勇者さんたちはどうしてここに? と、先ほどの問いの答えがこれである。
 小さめの白菜を一枚はがしたかのような、幼女が差し出す空の皿を受け取って私は思わず遠い所を見てしまう。
「そっかあ、ついでにきちゃったかあ」
 勇者の連れの女子たちの話では、ブルーメ側から巨大なムカデの背中に乗って砂漠を渡ってシュピレンに入り、そして街を歩くとすぐに訳アリ美少女とエンカウントしたらしい。
 三つの一家のナワバリ争いで困っているのと美少女から事情を聞かされて、どこまでも主人公体質の勇者が自らやれやれと闘技会に出ることになったとのことだ。大体思った通りの展開だった。
 それから一家のボスのお嬢さんに近付くチャラい勇者を警戒し、あいつは信用できないとクレメル辺りがいさめるも、大丈夫。いい人よ。私には解るの。とか言って、全然相手にされなかった流れまでが見えるかのようだ。
 て言うかシュピレン、ローバストと近いってマジなの? 人買いに連れられた我々が、荒野を越えたムルデ砦を経由してツヴィッシェンを通ってやってきたのが遠回りだっただけだと言うの?
 なにそれやだと思ったが、たもっちゃんにあとから聞くとムルデ砦まで行くとツヴィッシェンに回ってもブルーメへ戻ってもシュピレンまでの距離としてはそんなに変わらないらしい。
 まあ、それに。人買いたちがテオを入手したいきさつもある。盗賊と砦の兵士が手を組んで、ブルーメ側からの旅人にやらかしたおこぼれって言うか。
 その結果で証拠のテオを連れ、ブルーメを通るのは人買いも気が進まなかったに違いない。
 とりあえず、勇者らがローバストにいたと聞いてひやっとしたが、かち合わなくて本当によかった。あと、タテロールの口ぶりからすると我々がチームミトコーモンだとはまだばれてないらしい。よかった。
 心底ほっとする一方で、ついでの感じで立ちよられたシュピレンでこうして再会を果たしてしまう。なんなの勇者。その引きの強さが勇者なの? ねえ勇者。いい加減にしろよマジ勇者。
 心の中で勇者をディスり、お代わりのタコ焼きを運ぶべく私は屋台を振り返る。
 相変わらず薄暗い、天井の低いトンネルの通路だ。その中に置いた屋台の周りは、寂しすぎた最初を思うと嘘みたいに多くの人であふれ返るかのようだ。
 勇者と勇者のハーレムと、勇者を闘技会に引き込み見事勝利したシュタルク一家の関係者。そしてそのシュタルク一家と勇者を憎むブーゼ一家とハプズフト一家の関係者がぎゅうぎゅうと通路を占領し、めちゃくちゃにらみ合っていた。色々と渋滞が起きててひどい。
 ただし身長と幅が人よりありすぎるジャンボメタボ体型のゼルマは、トンネルには入らず、入れず、外から様子を見ているだけだ。
 部下にタコ焼きを買いに行かせたり、小競り合いに参加させたりしているが。
 こんなことになったのも、やはり勇者のせいだった。
 勇者にくっ付き現れて我々の顔を見た途端、ごはんごはんと訴えた幼女がすぐそばのトンネルでひっそりとタコ焼きを作り続けるヨアヒムを発見。食べる食べると主張した。
 ついでにこのタコ焼きをプロデュースしたのが我々だと知った一行が、やあ、また変わった料理だと全員でどやどやと食い付いた。
 闘技会は終わったし、観客たちもぞろぞろと席を立って帰ろうとしている。だから屋台も店じまいのはずだが、勇者たちの食い付きに売り上げを稼ぐチャンスだとメガネもヨアヒムを手伝ってここぞとばかりにタコ焼きを焼いた。
 例え勇者一行が固定客には見込めずに今日だけのあぶく銭だとしても、仕込んだ食材が売れ残るよりはいいのだ。
 会場から外に出るためにこの通路を使おうとした観客がトンネルの入り口でぴたりと止まり、あせったように逃げて行くことが何度かあったがそれでもいいのだ。
 嘘だ。全然よくはない。普通のお客さんにもきて欲しい。
 しかし、勇者とチンピラがかもし出す殺伐とした混沌に巻き込まれるのが嫌すぎると言うのも解る。客たちが避けて行くのもいたしかたない。
 だからこの状況をまとめると、やはり全部なにもかも勇者が悪いんだと思う。
 いや、混沌をかもし出し客を逃がすのはチンピラのせいもある。だけどほら。チンピラはシュピレンの街に元々いるから。それもいっぱい。今さらだから。
 それにブーゼとハプズフトに関しては、闘技会の勝者たる勇者が気に入らないのだと全身で主張してもいた。
 いいぞ、もっとだ。その調子で勇者一行を追い返してしまえ。そんな気持ちに僕はなる。我々の、勇者に対する先入観と理不尽は留まるところを知らぬのだ。
 もちろんこの心境は、我々がチームミトコーモンだと知られたら面倒すぎると言う理由からくるものもある。
 しかしもっと重要なのは、今回彼らがタコ焼きの代金として出したのが普通にシュピレンのお金だったと言うことだ。
 今度はどんな特殊金属の農具出してくるのかな。楽しみだな。新作かな。
 そんな感じでわくわくと、ちょっとだけ胸おどらせた私の純情に謝って欲しい。
 それがシュピて。普通か。ひどい。
 いや、シュピレンのお金はギルドを通さず冒険者が受け取ってもいいことにはなっている。でもそこじゃない。そうじゃなくて、あるでしょうが。気持ちってもんが。
 農具出せよ農具。いい金属でできた農具を。持ってんだろ。知ってるんだからな。
 追いはぎのように荒ぶる私の純情はしかし誰にも理解はされず、普通にシュピの単位でタコ焼きは売られた。まあ、屋台だからな。そらシュピで取り引きするわな。せやな。
 頭ではそう割り切るが、裏切られたような心情は残った。どうしても勇者への対応が荒くなり、ブーゼ一家とハプズフト一家のチンピラを応援してしまう。
 それに勇者、ネコ蹴ってたし。ネコって言うか、獰猛なネコチャンタイプの魔獣だが。
 とにかく勇者許さんの一点だけで響き合う、私とブーゼとハプズフト――と言うかラスとゼルマだが、この三者の間では勇者に関してある密約が交わされた。
 内容は、我々がチームミトコーモンであることを勇者には絶対内緒にしとこうぜと言うだけのものだ。子供か。
 ブーゼ一家は我々を本部にまで住まわせているし、ハプズフト一家の区画には我々がTシャツ製作を依頼する仕立て屋があった。そのことで、よそ者である我々を多少調べていたようだ。
 我々が冒険者なのは最初に告げた。それに、パーティ名も隠してはいない。勇者一行と再会し、隠したほうがいいのではないかとものすごく思い始めているってだけで。
 そうしてにぎった我々の、ガバガバすぎて秘密とも言えないその情報を守ってくれるとラスとゼルマの二人は言った。
「知りたがっているからと、教える義理もないからねぇ」
「そうですよお。勇者様にはあたしらの助けなんか余計な事でしょうしねえ?」
 タコ焼きをせっせと運ぶ最中にトンネルから連れ出され、悪い顔のおっさんたちにどことなく生き生きと告げられる。
 なんだこれはと思ったら、完全に勇者気に入らないの一心だった。
 その、なんの得にもならない嫌がらせに積極的な性格の悪さ。今はどこまでも頼もしい。
 そんな裏取り引きを交わしつつ焼き上がるタコ焼きを延々運び、勇者とチンピラたちだけで屋台の商品は完売となった。ほくほくとしたメガネによると、予備にと仕込んだ余剰ぶんまで全部売れたとのことだ。
 勇者が祝勝会に引っ張って行かれ、その様にラスとゼルマの引き連れたチンピラたちが柄の悪い舌打ちをする。そしてぞろぞろ引き上げて、トンネルが我々だけになったのは夕方の、ほとんど夜に近い頃だった。
 私が手伝ったのは運ぶところだけだが、それでも妙に忙しかった。その訳が、屋台を片付け始めて解る。
「もう行きましたか?」
 そう言って、トンネルの外からレイニーがひょっこり戻ってきたからだ。なるほど、忙しいはずだ。もう一人いると思っていたバイト仲間が、いつの間にかばっくれていたのだ。
 なぜなのか。今こそ天使の力が必要だったのではないか。タコ焼きを運ぶ物理の意味で。
 いよいよ暗くなったトンネルで私は膝から崩れたが、レイニーはむしろほめろみたいな感じで堂々としている。
「だって、リコさんが仰ったんですよ。わたくしは勇者に近付いてはいけないと。だから子供と隠れていたのです」
 全然そんなの覚えてないが、内容の説得力だけはめちゃくちゃにあった。

つづく