神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 375

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ラーメンの国、思った感じと違う編

375 木刀を買う

 トルニ皇国のガイドたちが言う通り、内陸には広い農地があった。
 収獲の終わった冬の畑は寒々と冷たい土をさらしていたが、その平坦な農地にはぽつりぽつりとうねった太い幹を持った木が唐突に現れてはすぎて行く。
 走るソリの上から見ただけではあるが、あれが内陸で岩盤の柱を一本抜いて植えられた真水を落とす水源の木だろう。
 土を持った農地であってもその下はやはり六角形の石の柱があるようで、畑を取り囲むように、それか畑の中の浮島のように。足元に黒っぽい石が露出した、作物の作れない土地に固まる小さく質素な家々が見られた。
 そうしてうにょんうにょんと滑るように駆けるタコに運ばれて、向かうのはその農地に囲まれた街。首都である。
 まだ畑の間の道を走っている段階で、首都の姿を遠く見てやっと着いたと泣いたのは我々ではなく二人のガイドたちだった。
 この時点で上陸した港を出発してから八日ほどの日数が掛かっていたが、普通はタコソリを乗り継いで五日くらいで着くらしい。なぜだろう。不思議だね。
 我々がふらふら迷子になりすぎるのを除けばなぜそんなに時間が掛かってしまったのか謎だが、その三日のタイムロスのぶんガイドたちの苦労が増えたんだろうなと言うことは解る。
 入国と同時に自動的にガイドを割り当てられるシステムで、運悪く我々の担当になった彼らは完全にメガネや私を持て余していた。
 めずらしいものを見掛けたらあれなになにとやかましく、ちょっと目を離せば迷子になって、やっと探し出したと思ったらやだー、どこ行ってたの? と逆に言う。
 子供ですか! と、たまりかねた様子のガイドに叫ばれたこともあったが、まぎれもなく子供であるじゅげむがメガネや私よりも落ち着いていると言う事実にはっとして「すいません」となぜかじゅげむに謝っていた。
 男女のガイドはいつものお仕事と違うと連日嘆きに嘆いていたが、こちらとしても悪気だけはないのでどうにか勘弁していただきたいところだ。
「元気出して。あとは宿屋探して俺達を放り込むだけよ」
「そうよ。それとおいしいラーメン屋に連れてってくれればいいだけ」
 メガネと私はにゅるんにゅるんと農地の中の道を行くタコに引かれるソリの上、一生懸命にもうちょっとだけをアピールするが悲しみのガイドたちには届かない。
 いや、同じソリに乗っているので声は届いているのだが、そのなぐさめは全然事実ではなかったからだ。
「案内役は、外からのお客が帰るまで専任なので……」
 だから我々がこの国を去るまでは全然気持ちが休まらないと、ガイドの二人はどんよりとした空気を背負って肩を落とした。
 そんな彼らの消沈した姿に、骨身にしみた同情をにじませるのはテオだった。よく解らんがすごく解ると、理知的な灰色の瞳が大体の感じで雑に語り掛けている。
 まあそれは身に覚えがものすごくあるのでまだいいのだが、女性のほうには元気出してとか言いながらじゅげむがぴったりよりそっていた。
 あれはガイドたちがどんよりしてるから単純に心配しているだけで、共感が理由ではないと信じたい。

 乾いた冷たい風の吹く寂しげな冬の農地を進んで行くと、最初はちらほらと、やがて密集するように小さな家々が増えてきた。最初は畑を耕す農民の住まいで、そこをすぎると建物は比較的裕福そうなものになる。
 タコが入れるのはその辺りまでで、料金を払ってソリをおりるとぞろぞろ歩いて先へと進んだ。
 いくらか歩くと通りを濃くあざやかな朱色にふさぐ、けれども開け放たれた門がある。
 そこがなんらかの境界線になっているらしく、くぐると街は一気に雑多なにぎわいを見せた。
 じゅげむは当たり前みたいに金ちゃんがひょいっと肩へと担いでいたが、その首輪から垂れ下がる鎖を私がしっかり持ったのはこのタイミングでのことである。
 絶対に金ちゃんのほうが強いので、私が持ってもただ引きずられるだけと言うような気はする。しかしこの街のにぎわいを見ると、我ながら迷子になる予感しかしない。
「リコさん、いますか?」
 レイニーも不安になったのかそんな確認をしてきたが、声はすぐ隣から聞こえたしそっちを見たらレイニーもこちらを見てたので完全に目視されていた。
「さすがにいるよ……」
 見た感じからいるでしょと、戸惑いながらに弱々しく返事をしていた時だ。
 テオが叫んだ。
「タモツがいない!」
 にぎわう街の門をくぐって、わずか二分後のことである。
 マジかよと我々はざわつくが、意外にも落ち着いていたのはガイドの女性だ。彼女が私をマークしていたように、相棒の男性がメガネをマークしているらしい。
「こちらも姿がないので、恐らく一緒でしょう。動かず待っていれば戻ってくる……はず」
 最後のほうがちょっと自信なさそうだったが、彼女の言う通り待ってると十分ほどで元気なメガネとどことなく顔色の優れない男性ガイドが連れ立って戻った。
「いやー、ごめんごめん。これがさー、俺を呼んでてさー」
 と、たもっちゃんは特に反省の色もなくめちゃくちゃ軽い感じで言って、忍者が背中に刀をくくり付けるみたいに斜めに背負った細長くぎんぎら光る魚の干物を見せ付けてきた。
 一メートル以上もあってジャマなのでアイテムボックスにでもしまえばいいと思うが、テンション上がって木刀を買う修学旅行生のような気持ちでぶいぶいと持ち歩きたいとのことだった。ちょっとだけ解る。
「見て。この乾き切った光り物の皮の感じが伝説のワザモノ妖刀村正を思わせなくもなくない?」
「全然解んないし村正は絶対干物ではない訳じゃない? よくそんな例えが出せたね、たもっちゃん」
 現役の修学旅行生よりもテンションうざめの黒ぶちメガネとそんなどうでもいい話をしながらに、木造二階か三階建ての瓦ぶきの商家にはさまれた大きな通りを人の流れに押されて歩く。
 それを洗練されていると言うのか、お上品に小さめの肉まんなども売っていてついふらふらしそうになるが今は目的地へと向かうのが先だ。
 私はレミからもらってカバンに入れっ放しになっていた、ちょっとぐしゃっとなっているメモを取り出し問い掛ける。
「たもっちゃん、これさー、どの辺になりそう?」
「さー。俺も土地勘ないからなぁ。て言うかさ、あれじゃない? こう言う時に頼るべきじゃない? ガイド」
 たもっちゃんは私の手にした小さなメモを覗き込み、まあせやなと言うような普通のことを普通に言った。道くらいガン見しろやと思ったが、まあそれはいい。
 それよりも、そうして近付いてきたメガネをふと見たら気になることがありすぎた。
 その背中にはぎんぎらとした細長い干物。そしてその干物にかじり付く、子猫ほどの小さく白いふわふわのサルがいつの間にかいる。
「……たもっちゃん、めっちゃ干物かじられてるけどそれはいいの?」
「えっ、む、村正ぁ!」
 なんかすごい普通に放置してるから別にいいのかなと思ったら、単に気が付いてなかっただけで全然よくはないらしい。
 叫んだメガネに小さなサルがウキャッと鳴いて飛び上がり、服の上をするすると素早く器用に逃げ回る。
 自分の体をよく解らない生き物が這い回っている状況に、いやっ、嘘! やめて! とメガネがあわわと震えて騒ぐ。そのすきに、サルはするりと腰のカバンに飛び込んだ。
 そして再びひょこりと顔を出した時には、なんとはなしに見覚えのある小さめの革の袋をかかえるように持っていた。
 ちゃりちゃり硬貨の音がするそれは、たもっちゃんのお小遣いが入った大事な大事なお財布である。
 サルは腰のカバンを抜け出すと落ちるようにメガネのズボンを駆けおりて、さっと地面を走り去る。
 人間の両手の中に納まりそうなちっちゃいふわふわの生き物が、私たちにはそう大きくもない革の袋を一生懸命両手でかかえ後ろ足だけで駆けて行く姿は愛嬌があった。
 それでぼんやり見送り掛けてしまったが、白いサルがかかえているのは中身の入ったメガネの財布だ。
「えっ……あっ、……スられた!」
 一拍遅れてメガネが叫び、私はそれに首をかしげる。
「スリ? あれスリって言うの? 普通に強奪されてない?」
「そう言う細かい事はあとにしろ!」
 別に構わないのなら話は別だが、取り戻したいなら今すぐ追うぞと。
 テオが人ごみをちょろちょろ逃げるサルを追い掛け、たもっちゃんが素直に続く。そして我々と言う名の苦労を背負いし男性ガイドが、あわててうちの男子たちに付いて走った。

つづく